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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 さらにシャムの場合、あの体格で練習試合やバッティング練習で柵越えを連発することがあるのは法術を無意識に発動させ身体強化を行っているらしいということをヨハンから聞いていた。
「シャムさん」 
 シャワー室に行くわけでも、要を追いかけるわけでもなく呆然と立ち尽くしている誠を不思議そうに見つめるシャム。
「アイシャちゃんプロになるのかなあ」 
 ポツリとつぶやいたシャム。確かにお祭り好きなアイシャである。さらにそこいらのモデルも逃げ出すような流麗に流れる紺色の髪と切れ長の目。そして長身で長く伸びる手足。その本質を知り尽くされているので保安隊の男性陣はできるだけ距離を置くようにしているが、確かにプロ選手となればその美貌だけでも一躍人気選手となるのは間違いなかった。
「神前!早くシャワー浴びろ!火を落とすぞ」 
 ハンガーの入り口で叫んでいる巨体はヨハンだった。誠はそのまま全速力でシャムを置いて駆け出す。
「おい、あの真性オタクがプロに指名されるんだって?」 
 警備室の映像でも見たのだろう。ヨハンの後ろには整備部の面々が仕事もそこそこに誠に詰め寄ってくる。ヨハンも彼らを抑えかねたように誠を取り囲もうとする部下達に苦笑いを浮かべた。
「あれだろ、客寄せだよ。法術関連の情報開示が進んでスポーツ界は大騒ぎだからな。何人か法術を上乗せして成績上げてた選手が謹慎くらっただろ?そんな悪評を一応美女アスリート登場って持ち上げて客を呼ぼうって魂胆が見え見えだぜ」 
 ヨハンはそれだけ言うとハンガーを奥へと歩き始めた。
「客寄せですか……」 
 確かに冷静になって考えてみればそれが現実かもしれないと誠も思った。そのまま誠は事務所に続く階段を上った。管理部の明かりは煌々とともっており、中ではいつものようにシンが菰田を説教していた。そのまま廊下を歩き続ける。主を失った隊長室には明かりがない。そしてそのまま男女の更衣室の前を通り過ぎてシャワー室にたどり着いた。
 シャワー室に入ると明かりがついていた。
「神前か」 
 叫び声の主は吉田だった。
「はい、そうですけど」 
 そう言うと共用ボックスから新しいタオルを取り出す。水音は止まない。誠はそのまま練習用ユニフォームを脱いでいく。
「ああ、アイシャの馬鹿が大変みたいだな」 
 吉田の脳はこの部隊のあらゆる端末と接続している。警備部の入り口に取り付けられたカメラの映像も例外ではない。
「まったく迷惑だねえ。タコとリアナさんが出てって記者達と問答してるけど……」 
 そう言う吉田の声を聞きながら誠は裸になってシャワーの個室に入る。
「体育協会の法術規定の件ですか?」 
 法術の存在は軍や警察関係だけではなく、スポーツ界にまで影響を与えた。まず最初に動いたのがヨーロッパサッカーだった。遼州系の選手をすべて解雇したこの過剰とも言える反応は世論を大きく動かすことになった。
 当然住民のほとんどが遼州の現住民族『リャオ』の血を引く東和のスポーツ界も揉めている。法術適正検査はすべてのプロスポーツで行われ、一部のスタープレーヤーの去就についての雑談が話題のない取引先との間を潰すためのやり取りに使われていることは誠も知っていた。それ以外の深い部分での動き、吉田ならネット関連の情報でかなりのところまで知っているだろうと思いながら蛇口をひねる誠。
「まあ、あれだ。軍や警察と並んであおりを受けたのはスポーツ界だからな。ヨーロッパのサッカーリーグの遼州系選手の謹慎処分はやりすぎとしても今シーズン後に多くのプロスポーツ選手が引退させられるのは間違いないしな。特に東和の野球関連の団体はかなりもめてるみたいだぜ」 
 誠は頭から洗剤を浴びて体の汗を流す。吉田はただ打ち水のようにシャワーを頭から浴びているようだった。
「ゲルパルトの人造人間はアーリア人贔屓のお偉いさんの企画立案だからな。遼州人が嫌いで仕方なかった連中が遼州系の血は入れずに作ったわけだから法術なんて使えるわけもないというわけだ」 
 足元に流れていく白い泡を眺めながら誠はただ吉田の言葉を聴いていた。
「確かに身体能力は地球系の女性の比ではない、それに戦争の生んだ悲劇と言うことで脚色すれば客寄せとしては最高の材料になる……世の中面白いねえ」 
 吉田に言われるまでもなく、あの記者の群れを見たときからその思いはあった。そして自分が目指していた世界にアイシャが消えていくのがさびしいと言う思いがあることに気づいて誠ははっとした。
『僕はやはりアイシャさんが遠くに行くのが怖いのかな』 
 黙ったまま水の音だけを聞いていた。吉田は情報には精通しているが人の感情を察することでは中学生以下だと言っていたのはアイシャだった。そして無粋なことをばら撒かせたら銀河でも屈指の存在なのも知っていた。誠は悟られないようにどういう言葉をつむげばいいのか考えていたが、言葉がひとつも見つからなかった。
「さて、俺も上がるかねえ」 
 沈黙に耐えかねたようにそんな言葉を吐く吉田。彼の個室のシャワーの音が止んだ。
「でも、そうすると僕は……」 
 誠はようやく気づいた。自分も法術適正がある遼州系東和人であるということを。
「ああ、アマチュアの協会も動いてるぜ。いろいろ揉めてるみたいだが、公式戦の登板資格の剥奪くらいはあるかもしれないな」 
 立ち止まった吉田がそう言うとそのまま入り口で立ち止まって体を拭いている。
 自分の左手、誠はまじまじと見つめた。指のマメ、腕の筋肉、切り詰められた爪。そう言えばリトルリーグの時代から常に野球をしていた自分からそれが無くなる。事実としては理解できるが、どこかしらわかることを拒んでいるような気持ちがあるのは確かだった。
「神前。どうせカウラ達待たせてんだろ?急げよ」 
 そう言うと吉田はシャワー室を出て行った。誠はあわてて蛇口を閉めて全身の水滴をぬぐい始めた。
 シャワー室を出て私服に着替えた誠がハンガーを出ようとしたところに待っていたのはアイシャだった。
「ああ、神前君」 
 珍しく彼女が自分を苗字で呼んだことに不思議に思いながら、闇に消えていきそうな紺色の長い髪をなびかせている上司を見つめている自分に気づいて、誠は頬を染めてうつむいた。いつもなら軽口がマシンガンのように誠を襲うところだが、アイシャは何も言わずに、ただ暗がりに飲まれていくグラウンドを眺めていた。
「おい!オメエ等。とっととあがるぞ!」 
 秋も深まっていると言うのに黒いタンクトップ一枚の姿の要が叫んでいる。
「ああ、行かないとカウラがかわいそうよね。神前君、行くわよ」 
 心ここにあらず。そんな言葉がこれ以上ないくらい当てはまっているアイシャ。二人が歩き出したのを確認すると、振り返りもせずに歩いていく要。隊の通用門は先ほどまでの記者達の姿は無くいつもの静寂に包まれていた。
「明石中佐はどんな魔法を使ったんでしょうね。あんなにいきり立った記者があふれていたのに」 
「さあ、どうかしらね」 
 誠の横を歩くアイシャの声にはいつもの感情の起伏のようなものが消えて、彼女の本質である生体兵器としての顔が見え隠れしていた。