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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 そう言いながらタバコを吸い終えると、帯に手を突っ込んで財布を取り出す。目の前の自動販売機に小銭を入れて彼らの飲んでいたのと同じコーヒーを選ぶ。何度か軽く振ったあと、プルタブを開いた。そして鼻を開いた穴に近づけるが、眉をひそめた。
「なんじゃこりゃ?」 
 そう言いながらも買ってしまった以上もったいないというように渋々口の中にコーヒーを流し込んだ。


 季節がめぐる中で 19

 汗が流れ、埃が顔を覆う。
「ほんなら、しまいにするぞ!」 
 そう言ってノックを止めてバットを置く明石。マウンドからよたよたと降りる誠にはほとんど余裕が無かった。夕焼けが空を明るく染め上げている。
「お疲れ様!」 
 そう言って誠の肩を叩くアイシャ。投げ込みを続けていたカウラと、ランニングをしているヨハンを追い回していた要の視線が誠に突き刺さる。
「シュペルター……余所見とはええ了見じゃ!ワレはもう一周するか?」 
 明石のドラ声の届いた先で大きく首を横に振って倒れこむヨハン。気遣いではパーラと並ぶ西となぜか野球部にマネージャーとして参加しているレベッカが備品を集めて回っている。
「それじゃあシャワー……レディーファーストじゃな」 
 そう言うと誠と菰田を睨みつける明石。
「お先に失礼するわね」 
 アイシャはそのままハンガーへかけていく。
「やはり練習はええのう」 
 そう言いながらはげ頭を手ぬぐいで拭いている明石。気を利かせた西が彼にスポーツドリンクの入った水筒を渡す。
「ちょっと、明石さん」 
 そう言ってゲートの方から歩いてきたのは警備班のヤコブだった。いかにも自信が無さそうに明石に声をかけたがその視線が投球練習を終えてハンガーの中のシャワー室に向かうカウラに向いていることは誠にも分かった。
 『ヒンヌー教』の三使徒と呼ばれるヤコブ。出来るだけ関わらないようにと少し誠は距離をとった。
「ゲート前に……その……」 
 いまひとつ煮え切らないヤコブに首をかしげながら立ち上がって近づいていく明石。その迫力にヤコブは恐れをなしたように引き下がる。
「はっきり言わんかい。どこぞのスカウトでも来たのか」 
 その言葉にびくりと反応するヤコブ。
「スコアラーじゃないんですがね……すいませんが来て貰えますか」 
 その言葉を聞いて明石は誠の方を見つめた。
「神前、面かせ」 
 それだけ言うとヤコブの後をついて行く明石。誠も仕方が無いと言うように真っ直ぐに二人の後に続く。正面車止めの前の生垣を抜けた時、フラッシュが一瞬焚かれた。だが、それはすぐに収まり、カメラを向けていた報道陣に失望の色が見えていた。
「えらい盛況やな。それで何か……」 
 そのままゲートの外に群がる報道陣に向かっていく明石。その迫力に怯む報道陣。
「あのー、保安隊野球部キャプテンの明石清海中佐ですよね」 
 一人の女性記者がゲートから身を乗り出してマイクを明石に向ける。彼女の言葉ではげ頭の大男の正体を知った報道陣は再びいっせいにフラッシュを焚く。
「なんじゃ!ワシをどこぞの球団が指名するゆうとるんか?」 
 そう言って目の前の報道陣に睨みを効かす明石。さすがの報道陣も冷や汗を流しながら目の前の大男に愛想笑いを振りまく。
「いえ……、こちらのアイシャ・クラウゼ内野手なんですけど……」 
 スポーツ紙の腕章をつけたカメラマンが恐る恐るそう言った。誠も初対面の明石には怖い印象を持っていた。初めて出会えば誰もがその鋭い眼光とその巨体、そしてその大きな態度に恐怖感を持っても仕方がないと誠は苦笑いで明石を見上げた。
「冗談じゃ。ああ、アイシャか。で、どこの球団が動いとるんじゃ」 
「レンジャーズとブレーブス……それにエンジェルスが獲得の意向を示しているんですが……」 
 とりあえず最初に声をかけた女性記者がそう言った。明石も誠も、はじめは呆然としていた。だが、考えてみれば自然な話だった。都市対抗予選で半分の打点を稼いだのがアイシャだった。特に菱川重工豊川戦では一番サードで打っては先頭打者ホームランを見せ、さらに好守と走塁で優位な試合運びを展開させた張本人である。
「アイシャがか?まあええわ」 
 そう言うと関心を失ったというように振り向いて隊舎に向かう明石。その動きにフラッシュを焚く報道陣。
「おい、ヤコブ。塩でも撒いとけ」 
 警備室に叫ぶ明石。
「でも、ルーナ・カルマの再来と……」 
 同じゲルパルト人造人間組で今や西川アストロズの名ショートの女性選手の名を上げるカメラマン。
「うっさいぞ!ワレ!」 
 彼の言葉に明らかに怒りを交えて答える明石。誠は彼を宥めるようにして生垣に連れて行く。
「いい話だと思うんですがね」 
 そう言う誠を睨みつける明石。
「あのなあ。ルーナ・カルマは天才じゃ。同じ人造人間の生まれやゆうても、それぞれ違いがある。確かにアイシャは一流の勝負師じゃ。度胸も座っとるし、ここぞと言う時、頭の切り替えが早い。だが、ワシが見る限り奴はカルマのようにはなれんわ」 
 そう言うと隊舎に早足で向かう明石。朱色に染まった畑とグラウンド。そこでグラウンドをならしているのは整備班の面々。
「ご苦労さんやのう。久しぶりにええ汗かかせてもろうたわ」 
 気さくに声をかける明石に含み笑いで答える整備員。明石はそのままハンガーに足を踏み入れた。
「タコ中!とっととシャワー浴びちまえよ」 
 タバコを口にくわえている要が頭にタオルを巻いた姿で現れる。その後ろにはスポーツ飲料を飲むカウラの姿も見える。
「おい、クラウゼはどうした?」 
「アイシャ?確かアタシ等より先に出たよな?」 
 要は話題をカウラに振る。ただ静かに頷くカウラ。
「さっぱりした!タコちゃん!シャワー大丈夫だよ!」 
 そう言って満足げな顔をするシャム。
「クラウゼは……」 
 そう言う明石から目を離してグラウンドに視線を移した誠の視界を、慌てるように駆け抜けるパーラの姿が目に入った。
「どないした!」 
 明石のどら声にさらにうろたえるパーラ。ここまでついていない体質があると同情したくなる。誠もあわてて声が出ないパーラを見ながら思った。
「あの!アイシャが……」 
「いきなり記者達を仕切って会見でも始めたか?」 
 明石の笑い声におずおずと頷くパーラ。それを見ると明石の顔から笑いが消えた。
「あのアホ、なにする気じゃ。まあこういう時は……。鈴木の姉さんまだおるかのう?」 
 パーラが頷くと、軽く暮れてきた濃紺の空を見上げた明石はそのまま正門の方に向かった。
「とりあえず鈴木さんと話してくるわ。誠、お前はシャワー浴びて来い。それとカウラ。クラウゼのアホを何とかしろ」 
 背中を向けたままそう叫ぶ明石に敬礼をするとカウラとパーラはゲートへと向かった。
「こりゃあ面白れえな!」 
 不謹慎な笑みを浮かべながら要はカウラ達を追った。一部のスポーツ誌では、法術適正者のスポーツの参加制限を設けるべきだと言う意見も出ていた。確かに誠自身、干渉空間の展開が許されるなら優位に試合を進めることができるのはわかっていた。だがそれが卑怯なことだという認識を持っていた。