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遼州戦記 保安隊日乗 3

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「ああ、マリアの姐さんのご一行も休みをとらなきゃならなくなるってことでな。それの穴埋めの人員の帳尻あわせの会議だよ。まったくいつもぎりぎりにこう言う話を持ってくるから泣きを見るのはいつだって俺等だ」 
 そう言いながら着ぐるみをたたもうとするシャムに手を出してははたかれている吉田。
「マリアの姐御が休み?どっかでクーデターでも起こす予定でもあるのかね」 
 そう言って要は誠の真向かいの自分の席に座る。
「あっ!」 
 急に誠が叫んだ。
「驚かすんじゃねえよ。なんだ?」 
「クバルカ中佐に報告書の再提出を頼まれたんで……。ちょっと冷蔵庫に入りますね」 
 そう言って立ち上がる誠。
「ああ、終わったらこのディスクの内容にも目を通しておいてくれねえかな。先日の実験のデータが入ってる」 
 そう言って吉田が胸のポケットから小さなディスクを取り出す。
「はあ」 
「おい、行くぞ!」 
 吉田から渡されたチップを見つめる誠の背を叩いたのは要だった。
「そうだな、私にもその実験結果を確認する義務がある」 
 そう言ってドアを開いた要の後ろに続くカウラ。
「待ってくださいよ!」 
 いつの間にか二人に挟まれるようにして廊下に出た誠。そこからは隊長室から出てくるキムとエダの姿が見えた。
「おう、お二人さん。なんだ?婚約の報告でもしてたのか?」 
 ニヤニヤと笑いながらキムを見上げる要。
「仕事の話ですよ。出張任務」 
 そう言い切るキムにがっくりと肩を落とす要。
「つまんねえなあ。神前、そのディスク貸せよ」 
「部屋に入ってからにしろ」 
 要とカウラに連れ込まれるようにして、誠は冷蔵庫と呼ばれるコンピュータルームのセキュリティーを解除した。


 季節がめぐる中で 17


 コンピュータルームには先客がいた。モニターを眺めながら腕を組む遼州同盟機構司法局法術特捜首席捜査官である嵯峨の長女、嵯峨茜警視正。指で何かを指しながら小声で彼女にささやくのはカルビナ・ラーナ捜査官補佐。
 突然の来客にも二人のささやきあいは止まる事がない。
「おう、楓と同じようにで禁じられた百合の世界に目覚めたのか?」 
 そう言ってニヤつく要を一瞥してそのまま画面を凝視してラーナの報告を受ける茜。無視されてた要は誠からディスクを取り上げると手前の端末のスロットにそれを挿入する。
「先に報告書あげないと……」 
 端末の前の席に座った誠は恐る恐る要を見上げるが、彼女はまるでその声が聞こえていないかのようにデータの再生のためにキーボードを叩く。
「出たな」 
 モニターに映されたのは先日の実験の時のコックピットからの画像。目の前には巨大な法術火砲の砲身があり、その向こうには森や室内演習用の建物が見える。次第に左端の法力ゲージが上がっていく。
「おい、神前。どのくらいで発射可能なんだ?」 
 誠の頭のこぶをさする要。誠は頭に走る激痛に刺激されたように彼女の手を払いのける。
「そうですね、だいたい230法術単位くらいでいけると言う話ですけど……」 
「違う違う。出力じゃなくてチャージにかかる時間だ」 
 そう言うと今度はカウラが誠の頭のこぶをさする。
「痛いですよ!そうですね、だいたい十分ぐらいはかかりますね」 
 そう言いながら背中の二人を振り返った誠。そこには落胆したような表情の要とカウラがいた。
「使い物にならないじゃねえか!だいたい非殺傷ってところが気にくわねえな。殺傷能力有りの干渉空間切削系の火器の方がコストや運用面で有利なんじゃないのか?」 
 そう言って再び誠の頭のこぶを叩く要。
「確かにそうですわね。でも私達は司法機関の職員ですのよ。破壊兵器の開発は軍の領域。私達にはどうにもできないじゃないですか」 
 横槍を入れたのは茜だった。彼女の口調が嫌いだと日ごろから公言している要が発言者を睨みつけた。
「確かに、我々の本分は治安維持行為だ。無用な死者を出すことは職域を越えている」 
 納得したように頷くカウラ。呆れたように手を広げた要の後ろのセキュリティーロックが解除されて嵯峨が入ってきた。
「おう、お仕事かい!ご苦労だねえ」 
 そう言いながら山のように積み上げられた雑誌がある真ん中のテーブルに腰掛ける嵯峨。
「お父様、手ぶらなんですか?お土産くらい……」 
 呆れたように着流し姿の嵯峨を見る茜。
「ああ、荷物なら別便でもう送ったからな。それにどうせ殿上会に着ていく装束はあっちの屋敷の蔵から引っ張り出すつもりだし」 
 そう言いながらも嵯峨の視線は誠達が再生している動画に移った。
「ああ、これか。しかし、非破壊設定だろ?制御系はどうなってるのかね」 
 嵯峨の言葉で一同は画面を見つめた。画面右上に地図が表示され、誘導反応にしたがって効果範囲設定が設定されていく。
「おい、指定範囲と範囲内生命体の確認画面?こんなのも必要なのか?」 
 呆れる要。腕組みしたまま動かないカウラ。
「とりあえず一射目はこれでやりましたよ」 
 そう言う誠の目の前で法術射撃兵器の周辺の空間がゆがみ始めた。
「俺がやるとこのまま空間崩壊が起きるなこれは」 
 そう言う嵯峨を無視して画面を凝視する誠達。桃色の光が収束すると、砲身が金色に光りだした。法術単位を示すゲージは振り切れている。
「ここです」 
 誠の声と同時に視界は白く染め上げられた。しばらく続く白い画面が次第に輪郭を取り戻す。
『第一射発射。全標的に効果を確認』 
 オペレータ役のヨハンの淡々とした声が響く。大きくため息をつく誠の吐息まで聞こえる。
『第二射発射準備開始。法術系バイパス解放』 
 誠の震えている声に要が思わず噴出す。
「笑うこと無いじゃないですか」 
「すまねえな。今度こそまともな射撃なんだろうな」 
 すぐにまじめな顔に戻った要が誠を睨みつける。
「ええ、機体の地図情報から効果範囲を設定。そこへの到達威力の測定がメインですから。一応成功しましたけど」 
 そう言って胸を張る誠のこぶを押さえる要。痛みに脂汗を流しながら誠は黙って画面を見つめた。
「ああ、いいもの見せてもらったよ。茜、留守は頼むぞ」 
「お父様、それは明石中佐におっしゃったらどうですの?」 
 鋭い切れ長の目からこぼれる視線に気おされるように身をそらした嵯峨はそのままテーブルから立ち上がる。
「じゃあ、お前等もちゃんと仕事しろよ」 
 そう言うと娘を無視して嵯峨は部屋を出て行った。
「……仕事って言ったって、模擬戦のデータ収集と豊川警察の下請けの駐禁切符切る以外に何があるんだよ」 
 そう言って要は再び今度は爪を立てて誠の頭のこぶを突いた。
「マジで勘弁してくださいよ!」 
 涙目で誠は叫んでいた。


 季節がめぐる中で 18

 東和共和国の首都、東都の湾岸地区。長距離旅客転移艦船の発着地である『湾岸ゲート』と呼ばれる地区に嵯峨は車を乗り入れた。時期的には観光客の多い季節ではないが、やはり空港の駐車場は混雑を極め、一時間かかってようやく駐車場に愛車のスバル360を停めた。