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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 そう言いながら一発で後進停車を決めたカウラよりも先に助手席から降りるアイシャ。
「それにしても……」 
 誠と要の視線は駐車場の奥に釘付けになった。次々と出勤してくる隊員達も同じ心持なのだろう、次第に人垣ができ始める。
 熊がいる。昨日のグレゴリウス13世である。こちらは理解できる。しかし、その隣に同じ色の小さな塊に全員の意識が集中した。
 熊の着ぐるみを着たシャムが柿を頬張っている。目の前にはかご一杯の柿。シャムに付き合うようにしてグレゴリウス13世も柿を食べる。
「見なかったことにするぞ」 
 熊コンビに意識を持っていかれた二人の襟首を引っ張るカウラ。逆にアイシャはそのままシャム達めがけて歩いていく。
 グラウンドには一人ランニングをする大男、明石清海中佐。手で軽く挨拶をすると二人はそのままハンガーに足を踏み入れた。
「おはようございます!」 
 声をかけてきたのは西だった。隣ではレベッカがメガネを光らせながら、シャムの05式の上腕部の関節をばらしていた。
「早いな、いつも」 
 カウラはそう言うとそのまま奥の階段に向かおうとするが、そこに着流し姿の嵯峨を見つけて敬礼した。
「なにしてるんですか?隊長」 
 カウラの声で振り返った嵯峨は柿を食べていた。
「いいだろ、二日酔いにはこれが一番なんだぜ。まあ俺は昨日はそれほど飲めなかったけど……」 
 そう言って階段の一段目を眺める嵯峨。そこで下を向いて座り込んでいたのはランだった。
「あのー、クバルカ中佐。大丈夫ですか?」 
 そう言う誠を疲れ果ててクマのできた目で見上げるラン。
「気持ちわりー。なんだってあんなに……」 
 そう言って口を押さえるラン。
「こりゃ駄目だな。おい、ラン。俺の背中に乗れよ。話があるからな」 
 そう言って背中を見せる嵯峨。仕方が無いと言うように大きな嵯峨の背中に背負われた姿はまるで親子のようにも見えた。
「おい、カウラ。ちょっと吉田の馬鹿連れて来い。どうせシャムと遊んでるんだろ?」 
「ああ、そう言えば駐車場にシャムとグレゴリウス13世がいましたから」 
 そう言って敬礼をすると駆け出すカウラ。
「そう言えば昨日の報告書。出し直しだと」 
 嵯峨は無情に誠にそう言うとそのまま階段を上り始める。
「そんな……」 
「書式が違うじゃねーか。……アタシは……、はあ。東和軍の書式じゃなくてここの書式で書けって言ったはずだぞ」 
 虫の息でもきっちり仕事の話に乗ってくるラン。誠はランを軽々と背負って歩く嵯峨について階段を登った。管理部の部屋でいつものように殺意を含んだ視線を投げかけてくる菰田を無視してそのまま嵯峨と別れてとりあえずロッカールームへ向かう。
 ドアを開けるとキムが着替えを終えたところだった。
「お前、何やったんだ?昨日は」 
 そう言うとキムは誠の頭のこぶに手を触れる。
「痛いじゃないですか!」 
「ああ、すまんな。それにしてもあのちびっ子。本当に明石の旦那の跡を継ぐのか?」 
 ドアに手をかけたまま誠にそう尋ねるキム。
「そんなの僕が知るわけ無いじゃないですか」 
「いやあ、お前はクラウゼ中佐と一つ屋根の下に暮らしてるだろ?そう言う話も出るかと思って」 
 そう言ってニヤリと笑う。だが、誠は彼の顔から目を逸らして頭のこぶに物が当たらないよう丁寧にアンダーシャツを脱いだ。
「アイシャさんはそう言うところはしっかりしていますから。守秘義務に引っかかるようなことは言いませんよ」 
 実は何度かアイシャの口からはランの配属の話は出ていたが、やぶへびになるのも面倒なのでそう言って誠はそのままジャケットを脱いだ。キムはつっけんどんに答える誠に意味ありげな笑みを一度浮かべるとそのまま出て行く。
「ったく。僕はアイシャさんのお守りじゃないんだから」 
 そう独り言を言いながらワイシャツのボタンをかける。誰も掃除をしようと言い出す人間のいない男子更衣室。窓にはプラモデルやモデルガンが並び、ロッカーの上には埃を被った用途不明のヘルメットが四つほど並んでいる。
「年末には掃除とかするのかなあ」 
 そう思いながら着替え終わった誠はドアを開いた。
 すぐにつかつかと歩いて扉を開けば実働部隊の詰め所。そこには誰もいなかった。確かにまだ九時前、いつものことと誠はそのまま椅子に座った。ガラス張りの廊下側を眺めていると、吉田が大急ぎで走っていく。そのまま誠は昨日の日報が机に置かれているのを見た。開いてみると珍しく嵯峨が目を通したようで、いくつかの指摘事項が赤いペンで記されていた。
「明石中佐も呼ばれているみたいだな」 
 いつの間にか部屋にはカウラが入ってきていた。そのまま彼女は誠の斜め右隣の自分の席に座る。
「休暇中の連絡事項なら昨日やればよかったんじゃないですか?」 
 そう言って明石と吉田の席を見やる誠。だが、カウラは誠より保安隊での生活に慣れていた。
「今日できることは明日やる。まあ、嵯峨隊長はそう言うところがあるからな」 
 そう言ってカウラは目の前の書類入れの中を点検し始めた。
「どわ!」 
 突然女の子の叫び声がしたかと思うと、シャムの顔がドアに押し付けられていた。
「いい加減大人になれよ、オメエは」 
 そう言いながらドアを開く要。突き倒されたシャムはまだ熊の着ぐるみを着ている。
「酷いよ!要ちゃん!」 
 そう言って要を見上げるシャムだが、カリカリしている要は残忍な笑みを浮かべて指を鳴らしている。さすがにその凄みを利かせた姿に冷や汗を流しながら後ずさるシャム。
「じゃあ、脱皮しようかな。誠ちゃん!背中のジッパー下ろして!」 
 そう言って誠に背を向けて近づいてくる。仕方なく立ち上がった誠だが、カウラの視線の痛みが涙腺を刺激する。ジッパーに手をかけたとき、誠はあることに気がついた。
「あの……、ナンバルゲニア中尉?もしかして下着しか着てないとかいう落ちじゃないですよね」 
 この言葉にカウラだけでなく要までもが視線を誠に向けてくる。その生暖かい雰囲気に誠は脂汗が額ににじむのを感じていた。
「早くしないと要ちゃんに食べられちゃうよ!」 
「アタシが何で出てくるんだ?」 
 そう言って拳を固める要を見て進退窮まったと感じた誠は、一気にシャムの着ぐるみのジッパーを降ろす。
「脱皮!」 
 そう言って現れたのは東和陸軍と同型の保安隊の勤務服を着たシャムだった。
「本当に驚かせないでくださいよ」 
「なんだ、オメエもロリコンだったのか?まあどこかの胸無しと仲良しだからロリコン入っていても不思議はねえがな」 
 そう言ってカウラを見下ろす要。カウラはそんな要を完全に無視して書類を読み続けていた。
「ワレ等、少しはおとなしくできんのか?」 
 ドラ声が響いて明石が入ってくる。運動の後という事で珍しくサングラスを外しているので、いつものはげ頭がさらに輝いて見える。その後ろに続く吉田は着ぐるみをたたんでいるシャムのところに行くと大きくため息をついた。
「叔父貴はなんか言ってたのか?」 
 要の言葉に一瞬言葉をためらう明石だが、それをさえぎるように吉田が口を開く。