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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 そう言ってランはいかにも自然に男子更衣室に入ってくる。
「アイシャの分、カウラの車の席空いてんだろ?乗せてくれるように頼んでくれよ」 
「は?」 
 いかにもばつが悪いと言うように頭をかきながらつぶやくラン。
「別に良いですけど、直接頼んだらどうですか?」 
 そう言った誠に冷めた視線を浴びせるラン。
「そいつは正論だがなあ……アタシがアイツ等にものを頼むってのは借りを作るみてえで気持ち悪りーんだ。まあ、オメーになら頼みやすいからな」 
 そう言うランを後目にジャケットを羽織ってバックを掴んでロッカーを閉める誠。
「なるほど、頼みやすいのか。ふうん」 
 突然の声に振り向いたラン。そこにはランをタレ目で見つめている要とブリーフ一丁の菰田に思わず目を押さえるカウラの姿があった。
「いやいや、中佐殿、教導官殿を乗せることには自分は全く反対しませんよ。なあカウラ」 
 とりあえず更衣室を出た誠とランに声をかける要。
「まあ、そうだな。私の車でよければ」 
 そう言うと菰田に背を向けて車のキーを出して歩き始めるカウラ。
「すまねーな。オメー等も疲れてんだろ?」 
 引きつった笑みを浮かべるラン。それをいつものタレ目をさらにまなじりの下がった姿にして要が見下ろしている。
「いえいえ、アタシ等は中佐殿と違って暇を持て余していますから。明日はご予定は?」 
 そう言う要に、思わず釣られて携帯端末を取り出すラン。
「一応、今日じゃなく明日に嵯峨大佐に会うつもりでいたから明日の昼間はまるまる空いてるんだ。夜からは遼北陸軍第二十三混成特機連隊の夜間教導の予定が入ってるけどな」 
 そう言うとランは要の顔を見上げた。ランの顔は完全に『しまった』と言う顔をしている。
「それじゃあかなり付き合えそうですねえ」 
 まなじりが下がりっぱなしの要を見て、誠も不安を感じていた。だいたいこう言う表情を要が見せるときはろくなことが起きない。
「それと、コイツは酒の飲み方が出来ていないんでねえ。できればそちらの方を教えてあげて欲しいんですけど……」 
 やはりこちらに風を向けた要。誠が緊張しながら振り返るランを見つめる。だが、ランもどこかしら先ほどまでの自信にあふれた姿を失って不安そうに誠を見上げた。
 これでは本物の小学校二年生である。
「そいつは……教えてやならないといけねーな」 
 頬を引きつらせながらハンガーの階段をカウラに続いており始めるラン。西達夜勤組の整備班員がランの姿を見て敬礼する。軽く手を上げて答えるランだが、どこかしら不安そうな表情が口元に浮かんでいる。
「どう言う酒の飲み方……ってあの餓鬼酒を飲んだことがあるのかね」 
 階段を下りてハンガーを抜けもうすでに闇夜に包まれようとするグラウンドに出る。そらは隣接している菱川重工豊川の出す明かりで煌々と照らしだされていた。二人はそのまま本部前の駐車場に向かう。駐車場には茜の高級セダンと吉田のワンボックス。それにパーラの四輪駆動車が残っていた。
「パーラの奴、まだ残ってるのか」 
 そう言うとカウラは自分のスポーツカーの鍵を開ける。
「あいつ等だろ。どっかで遊んでるんじゃねえの?」 
 要はそんなことを言いながらさも当然と言うように助手席のドアを開けると狭い後部座席に乗り込んだ。
「なんだよ。アタシじゃねーのか?そこは」 
「いえいえ、中佐殿にはこのような狭い場所はふさわしくないですから」 
 そう言って笑う要を見てカウラは思わずこめかみに手を当てた。


 季節がめぐる中で 13

 あまさき屋のある豊川駅前商店街のコイン駐車場に着いたときは誠はようやく解放されたという感覚に囚われて危うく涙するところだった。予想したとおり、後部座席に引きずり込まれた誠は要にべたべたと触りまくられることになった。そしてそのたびにカウラの白い視線が顔を掠める。
 そして、明らかに取り残されて苛立っているランの貧乏ゆすりが振るわせる助手席の振動。生きた心地がしないとはこう言うことを言うんだと納得しながら、さっさと降りて軽く伸びをしているランに続いて車を降りた。
「おい、西園寺……」 
 カウラが車から降りようとする要に声をかけたが、ランのその雰囲気を察するところはさすがに階級にふさわしかった。手を要の肩に伸ばそうとするカウラの手を握りそのまま肩に手を当てた。
「カウラ。あまさき屋だったよな。案内しろよ」 
 そのランの言葉でとりあえずの危機は回避されたと安心する誠。
「つまんねえなあいつもあそこばかりじゃ。たまにはこのままばっくれてゲーセンでも行くか?」 
 そう言う要にちらりと振り返った鋭いランの視線が届く。要もその鋭い瞳に見つめられると背筋が寒くなったように黙って誠についてくる。
「相変わらず目つき悪いなあ……」 
「あんだって?」 
「いえ、なんでもございませんよ!教導官殿!」 
 要が大げさに敬礼してみせる。すれ違うランと同じくらいの娘を連れた要と同じくらいに見える女性の奇妙なものを見るような瞳に、舌打ちする要。あまさき屋の前で、伸びをして客を待っていた自称看板娘の家村小夏(いえむらこなつ)が誠達を見つけた。
「あ、カウラの姐御と……妹か何かですか?このちっちゃいのは。このゴキブリ女の」 
「おい!誰がゴキブリだ!それにコイツは……」 
 そこまで言ったところで要の顔を射抜くような目で見つめているランがいた。
「いいか良く聞けよ!このお方は、東和共和国陸軍特機隊の教導官、クバルカ・ラン中佐だ!まもなく明石中佐の後任として保安隊副長になられるお方だ!良く覚えておけ!」 
 そんな要の言葉に小夏は体が硬直した。恐る恐る小夏の視線がランに近づく。
「ああ、世話になるな。こいつ等の躾が甘かったのは許してくれよな」 
 そう言ってそのまま引き戸を開けようとするランを混乱状態の小夏がどうにか引き止めた。
「あのね、ランちゃん。ここは子供が入って良いとこじゃないのよ。カウラの姐御!またゴキブリ女と組んで私を担ぐつもりでしょ?ねえ、兄弟子も!」 
 パニックに陥ってカウラと誠に泣きつこうとする小夏。だが、何も言わずにカウラはランの襟の階級章を指差した。小夏の目が、一瞬にして正気を取り戻す。東和軍の特機隊志望の小夏である。階級章くらいは当然わかっていた。そこに有るのは実物の中佐の階級を示す金の二本の線と二つの星。そしてランも慣れた調子で懐から身分証を取り出した。
「別にこう言う扱いは慣れてんだよ。ちゃんと生年月日みろよ。なんなら国防省に問い合わせても良いんだぜ?」 
 身分証まで見せられた小夏は、ここで急に直立不動の姿勢をとった。
「申し訳ありませんでした!中佐殿!」 
 そう言って小夏は引き戸を開けて敬礼してランを迎え入れた。
「お母さん!」 
 小夏はカウンターで仕込みをしていた母、家村春子に声をかけていた。振り返った春子は、軽く手を上げているランを見ると笑顔を浮かべた。
「ランさんお久しぶり」 
 そう言ってカウンターから出てきた春子はランの手をとった。
「そうか、こいつが小夏か。ずいぶんとでかくなったもんだな」