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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 後ろからランに声をかけられて、カウラは驚いたように振り返って直立不動の姿勢をとる。
「おいおい、ここはお前等のホームだろ?アタシはまだただ立ち寄った客みたいなもんだ。それにあのおっさんのやり方もあるだろうからな。もっと力抜けよ」 
 ランは笑いながらそう言ってそのままスポーツドリンクのボトルを手に執務室のある階段を登り始めた。
「お疲れ様でした!」 
 そう叫んだのはアイシャだった。ランは口元を少し緩めると軽く右手を上げてそのまま階段を登っていった。
「あの餓鬼、いつかシメる」 
 そう言いながらハンガーの扉に拳を叩き込む要。アイシャはすぐに彼女に駆け寄ると要の拳ではなくそれが叩き込まれたハンガーの扉をさすった。さすがに手加減をしたらしくへこんでいないことを確認すると、アイシャは要の肩に手をおく。
「しょうがないじゃないの。一応あんなちびっ子でも私達の教官なんだから。それに腕は確かなのは一番気に入られていた要ちゃんが良く知ってるんじゃないの?」 
 アイシャのその言葉に、口の中でぼそぼそ聞こえない言葉を漏らしながら要はそのままグラウンドの外で熊と戯れているシャムと整備員達の方に向かって歩いていった。
「しかしあの人、なんであんなに……」 
「ちびっ子なのか聞きたいんでしょ?あの人は天仙だから」 
 アイシャの口にした『天仙』と言う言葉に誠は首をひねった。
「かつてこの銀河を支配した超古代文明の遺産がこの星の人々なのは知ってるでしょ?彼等の技術は人が望むあらゆることを可能にしようとした。そのくらいのことは中学校でも習うことよね」 
 その教え諭すようなアイシャの口調に誠は頷いていた。
「その一つ、不老不死。それを遼州の人々は手に入れることに成功した……まあ犠牲にしたことも多かったみたいだけど」 
「ちょっとアイシャさん。それは御伽噺の……」 
 誠がそう言い掛けたが、アイシャの顔は笑っていなかった。地球人がこの星に植民を始めて300年が過ぎようとしているが、この星の先住民族『リャオ』についての研究は進んでいないと言うことになっていた。入植と同時に起きた胡州の独立戦争に端を発する動乱で100年ほどの時間を浪費し、その間に多くの先住民族の遺構は失われ、混血が進んだ。実際大麗出身のキムや胡州の平民出身の西や地球がらみで配属になった第四小隊の面々とレベッカ以外は『リャオ』の血が濃く残っているのは遺伝子検査で分かっていることだった。
「誠ちゃんは隊長とは付き合い長いんでしょ?あの人昔と変わったところある?」 
 そうアイシャに言われて誠は戸惑った。
 確かに彼女が言うように嵯峨は何一つ変わっていない。いい加減な態度はもちろん、誠とはじめてあった時には三十も半ばだったと言うのに今の姿と同じく誠よりも年下な二十歳くらいに見える。ただ誠はそう言うものだとしか思っていなかった自分に恥じた。
「じゃあ隊長も……」 
「知らなかったの?まあ、このことはうちの部隊でも第一級の秘密事項だから」 
 あっさり言い切るアイシャに呆れる誠。
「一応僕もこの部隊の隊員なんですけど」 
 そう言う誠にアイシャは寒い笑いを浮かべる。
「だってシャムちゃん見てれば、そんなこと誰でも想像つくんじゃないの?だから誰も言わなかったのよ」 
 さらにアイシャの笑いが寒く感じられる。思わず誠はモニターを確認し終わったカウラに目を向けた。
「ずいぶんとやるもんだな」 
 近づいてきたカウラのその言葉に誠は思わず笑みを浮かべていた。そんな誠にアイシャがボディーブローを入れる。
「まったく誠ちゃんは!私と話したら次はカウラ?本当に見境無いんだから」 
 咳き込む誠にカウラが駆け寄った。
「酷いですよ……アイシャさん」 
 そのままグラウンドに走り出すアイシャ。
「あいつ、最近お前にきつく当たるようになったな。なにか身に覚えがあるんじゃないか?」 
 カウラのまるで空気を読んでいない発言に誠はただ、咳き込むしかなかった。


 季節がめぐる中で 12

 昼飯を終えると誠は冷蔵庫と呼ばれる電算室にいた。目の前の空間に浮かぶ画面は二分割され一つは先ほどの戦闘が、もう一つはランに提出を求められた戦闘時における対応のレポートが映し出されていた。
「誠ちゃん」 
 後ろの声をあえて無視して誠は作業を続けていた。もうすぐ定時である。とりあえずレポートを書き終わった誠はランに指定されたフォルダーにそれを保存すると伸びをした。
「あのね、誠ちゃん」 
 誠はそのまま自分の肩を叩いて戦闘の様子が映し出されている画面を見つめていた。
「誠ちゃんってば!」 
 さすがに誠も耳元で大声を出されて後ろを振り返ってしまった。そこにいたのはシャムである。
 別に彼女がここにいるのは不思議なことではない。グレゴリウス13世の小屋の材料費。勤務中の整備班員が勝手に近くのホームセンターで買い集めた部品を請求されたシャムが、吉田の入れ知恵でそれを厚生費でまかなうことにしたようで、そのデータの入力の為に夕映えの中シャムはこの部屋に入ってきていた。
 シンに正式な経理書類を作成するように言いつけられてシャムはその書類に必要事項を入力した。管理部の書類作成は原則特殊なプロテクトがかかった専用システムでの入力が義務付けられており、端末がない実働部隊の机では対応できずにシャムがここに来るのは至極当然と言えた。
 だが、彼女が着ている着ぐるみが誠に彼女を見ないようにという意識を植え付けた。シャムの着ぐるみは誠が保安隊に配属されてからすでに二つ増えていた。
 情報統括責任者である吉田のアバウトな性格から、この電算室は一種の無法地帯となっていた。テーブルには明石が読んでいた野球の専門誌や、アイシャのBL漫画が散らばっている。部屋の端に落ちているバイクのサスペンションのスプリングは島田が置いたのだろう。他にも整備員の私物と思しきモデルガンやラジコンのプロポまで転がっている。
 そんな部隊員の私物や雑誌が放置されている冷蔵庫の中で、シャムの着ぐるみは異彩を放っていた。その中でも今日初めて着ると言う緑色の着ぐるみは異質だった。
 最近、オリジナルキャラらしいものにはまったシャムは、わけのわからないデザインの緑色の着ぐるみを着て誠を見つめていた。
 誠は正直何も言いたくなかった。
 それはもうなんだかよくわからない姿になっていた。サボテン人間か苔に寄生されたオランウータンか、ともかく誠の知識や理解の範疇から逸脱した奇妙な緑色の塊と化したシャム。しかし、上官であるシャムを無視するのも限界に達した時、都合よく電算室の扉が開いた。
「神前、おわったか?」 
 そう言うと手に缶コーヒーを持った要が現れた。脂汗を流してじっとしている誠に向けて要は真っ直ぐ歩いてくる。
「ご苦労なことだな。カウラももうすぐ着替え終わるだろうからこれでも飲んでろよ」 
 そう言うと要は誠に缶コーヒーを手渡した。
「要ちゃん!」 
「ああ、そう言えばアイシャの奴はパーラの車で出るって言ってたから待たねえで良いってさ」 
「要ちゃん!」 
「それにしてもオメエ、結構がんばって……」 
「要ちゃん!」 
「うるせえ!!」