遼州戦記 保安隊日乗 3
「そんな突撃なんて、作戦じゃないじゃないですか!」
そう言う誠を宥めるようにアイシャは口を開く。
「正直に言うわね。ラン中佐の腕はシャムちゃん以上よ。まずどんな策でも私達の技量じゃ考えるだけ無駄。それにあの人の教導はその素質を伸ばすと言うのがモットーよ。誠ちゃんのどこが伸びるところなのか見極めるには下手に作戦を立てるより、今ある全力を見せるのが一番だと思うの」
珍しく正論を言うアイシャを呆然と見つめる誠。
「どうしたの?もしかして私に惚れたの」
「そう言うわけでは……」
「えー!やっぱり私じゃあだめ?」
そう言って目の辺りを拭うアイシャ。これがいつもの彼女だとわかりなぜかほっとする誠。
「おい!いつまで会議してんだ!ぐだぐだしてねえでさっさと終わらすぞ!」
画面に向けて怒鳴りつけているラン。
「じゃあ、がんばりましょう!」
アイシャはそう言うと通信を切った。
「よし、それじゃあ開始!」
そう言うとランも通信を切った。
誠もすでに保安隊に来て四ヶ月、作戦開始時には状況の把握を優先するだけの余裕ができていた。
『近くにデブリは無し。機影も無し。決闘のつもりか?』
アイシャ機が後ろにいる以外、レーダーもセンサーにも反応は無かった。
「油断しちゃ駄目よ!05式のステルス性能は天下一品だから。おそらく索敵範囲ぎりぎりに……!」
そう言った瞬間、長距離レールガンの狙撃でアイシャの機体の右腕が吹き飛んでいた。
「嘘だろ!レーダー……!」
誠はようやく気付いた。ランはレーダーやセンサーなどあてにはしていない。法術師の干渉空間展開能力をフルに活動させ空間に干渉を開始、同時にこちらの精神反応を確認してマニュアルで望遠射撃をしてきている。
「ならこちらも!」
誠も感覚を集中させる。展開する干渉空間。
「ビンゴ!アイシャさん!感覚データそちらに送ります!」
そう言うとそのまま誠は異質な干渉空間の発生源へと進撃した。
「片手が無くても支援ぐらいはできるわよ」
そう言いながら誠に付き従うアイシャの目は笑っている。シャムにロックオンされた時のような痛みにも似た感覚が、誠があたりをつけた宙域から感じられた。
『感覚を掴むんだよ、理屈じゃあ説明できないから』
いつも模擬戦が終わった後、一方的に誠の虐殺ショーを展開したシャムの言葉が誠の心に響く。閃光、そして弾道。すべてが誠の思い通りに進むかに見えた。もうレーダーもランの機体を確認している。オートでロックオンすることも可能だが、ランは動かない。
そして有視界。ランの機体はレールガンを背中に背負い、サーベルを抜く格好をしていた。
「切削空間反応!飛ぶつもりよ!」
アイシャの声が響く。銀色の壁がランの機体を隠した。だが、誠は動じることなくレールガンを構えたままランの機体へ突入する。
「そして上!」
銀色の壁の直前で誠は機体に急制動をかけるとレールガンの銃口を真上に向けた。壁、切削空間は消え、誠の撃ったレールガンの先に切削空間を展開するランの機体が現れる。
「アイシャさん!」
誠の叫びを聞いて、残った左腕のレーザーキャノンを発射するアイシャ機。しかし、誠の弾は切削空間に飲み込まれ、アイシャの攻撃はすべて紙一重でかわされた。
「全弾回避?」
そう誠がつぶやいた時、今度は誠の真下に銀色の平面が現れ、伸びたサーベルが誠機の左足を切り落とした。
「こなくそ!」
叫びながら誠はレールガンをランに投げつける。ランはそれを半分に切り分けるとさらに突き進む。だが、誠もすでにサーベルを抜いていた。
『動きを止めればアイシャさんが何とかしてくれる』
そう心に浮かんだ言葉をアイシャへの指示にしようとしたときには、すでにランは切削空間を展開していた。誠のサーベルが空を切る。ランはすでに誠にかまっていない。
「ごめん!誠ちゃん!」
そんなアイシャの通信が途切れた。振り返れば誠についてきていたアイシャの機体が爆縮をはじめていた。
「得物は?」
サーベルを使うには距離があった。左足を失ったことによる重力バランスの再計算が行われている為に運動性も極端に落ち込んでいる。ランは無情に再びレールガンを構える。切削空間を展開しようとしたが、誠はいつもの訓練からそれが無駄であることを知っていた。視界が途切れれば必ずランは切削空間を使用した転移を行って回りこんでくる。いつもシャムが使う手口だ。
とりあえず干渉空間をいつでも展開できる体勢でランの機体を見つめた。ランは発砲しなかった。そのままサーベルを右手に引っ掛け、左手でレールガンを構えながら突入してくる。
とりあえず誠はSマインを放った。誠の読み通り、ランが切削空間を展開する。Sマインの散弾が散らばり、視界が途切れた。誠はわざと動きを止めた。
ランは誠のSマインが目くらましであることぐらいわかっていると誠は読んだ。そうなれば必ずこちらが切削空間を展開していた以上、転移を行うと読んでくるはずだ。その裏をかく。
誠はサーベルを握り締めて爆発地点を中心にランの気配を探った。背中に直撃弾。そして撃墜を知らせる画面が全周囲モニタに映し出される。
「どうして?」
「馬鹿だろ、オメー。アタシがお前と同じ行動を取ったらどうなるかぐらい頭がまわらねーのか?ったく、第二小隊は役立たずぞろいだなあ」
ランはそう言うと素早く通信を切った。開くコックピットと装甲版。誠は呆然としながら、こちらを見上げている要とカウラの姿を見ていた。
季節がめぐる中で 11
「結構……もったじゃねえか!」
要が少し引きつった笑いを浮かべている。カウラはハンガーの脇の先ほどの戦闘が映っている画像を何度も巻き戻しながら見ていた。目の前には西が敬礼をしている。何か自分でも不思議な感覚に囚われたように感じながら、誠は静かにコックピットから降りた。
「カウラ!ちっとは新人の教育の仕方がわかってきたみてーだな。まあ詰めは甘いけどな」
モニターとにらめっこをしているカウラにそう言うと、ランは慣れた調子でそのままエレベータも使わずに05式から降りて大地に立っていた。
「それとアイシャ!」
明石の機体からエレベータで降りようとしているアイシャ。彼女は自分の方にランの関心が移ったと知るやびくりと背筋を震わせる。
「一応、予備って言ってもオメエもパイロットだろ?もう少し何とかならねーのか?神前に頼りっきりってのは感心しねーな」
奥から出てきたキムが図ったようにランにタオルとスポーツドリンクを差し出す。ランはそれを受け取ると奥から出てきたレベッカを見つめた。
「オメエさんが島田の馬鹿の代わりか?」
突然どう見ても幼女としか思えない姿のランに声をかけられて、レベッカはわけもわからず頷いていた。
「来週にはアタシの07式が届くはずだからな。明華には話しをしといたが、細かい設定とかの要望はお前さんに出すように言われてるから後でデータの送付先、教えてくれよ」
そう言うとそのまままだ画面を見つめているカウラに向かって歩いていく。
「なんかわかったか?」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作家名:橋本 直