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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 そこに野球のヘルメットに金属バットを持ったレベッカの声が響いた時、再び要の顔が明らかに不機嫌そうになり誠は一歩遅れて歩くことにした。レベッカ・シンプソン中尉。アメリカ海軍から出向してきている技術将校である。今では本来の整備班長の島田正人准尉が第四小隊の担当としてベルルカン大陸に派遣されている為に彼の変わりに整備班長の代理を務めていた。緊張していた彼女だが先発していた技術部員がシャムと熊が遭遇したことを知らせると緊張した面持ちがすぐに緩んでいくのが分かる。
「なんだか今日は会いたくねえ奴ばかりに会うな」 
 明らかにレベッカを見て表情を曇らせながらその隣をすり抜けようとする要。しかし、レベッカはその明らかに邪魔な大きさの胸を見せ付けるようにして手に持ったかごを要に差し出した。明らかにそれを見て青筋を立てている要に冷や汗を流す誠とアイシャだが、レベッカはまるで要の表情には気にかけていないというようにそこから卵を一つ取り出した。
「シャムさんが連れてきた遼央地鶏の茹で卵ですよ。食べませんか?」 
 そこですぐさま誠とアイシャはレベッカからかごを奪い取って卵を手に取る。
「ああ、私大好物なの!卵。はあ……」 
「僕も大好物で……もう殻ごと塩もかけずに食べちゃうくらい!」 
 とりあえずレベッカの間に二人で入って要が切れないようにする。殻ごと口に含んだおかげであちこち口の中が切れるのを感じるが要の威圧感に耐えられずに噛み続ける二人。 
「ああ、そうですねお塩が無いと。取ってきますね!」 
 そう言うとレベッカは整備班の控え室に消えていった。
「あのなあ、アタシだって誰彼かまわず喧嘩売るわけじゃねんだよ。それに誠。口から血が出てるぞ」 
 そう言うと要はそのまま事務所に繋がる階段に向けて歩き始める。誠とアイシャは目を白黒させながら口の中の卵を殻ごと噛み砕く。
「それにしてもあの熊はやばいんじゃないか?ただでさえ同盟司法局のお荷物部隊ってことで叩かれているアタシ等だ。これ以上何かあったら……」 
 そう言いながら要は階段の手すりに手をかける。
「それは気にしなくてもよろしくてよ」 
 ハンガーに入って詰め所に向かってあがる階段を見下ろしている女性幹部警察官の制服を見て要の顔がまた明らかに不機嫌になるのを誠は見てしまった。階段の上で誠達を待っていたのは、隊長嵯峨惟基の長女で同盟司法局法術特捜首席捜査官、嵯峨茜警視正だった。
「なんだよ茜か。ずいぶん余裕だねえ」 
 そう言うと要はそのまま階段を上がり始める。几帳面な彼女の襟元が少しずれて見えるのはおそらく中央に呼び出されて司法局の幹部とやりあったからだろう。
「すみませんね。また西園寺が何か……」 
「知らねえよ!むしろ叔父貴の態度で上が誰かに愚痴でもこぼしたくなったんじゃねえのか?」
 我関せずという感じの要。茜はそんな要を見て大きくため息をついた。
「小言くらいならいくらでも頂きますわ。お金と活動権限を制限されること。そちらのほうが問題なのですもの」
 そう言いつつ要の表情を見ていた茜だが要はただにんまりと笑うだけだった。 
「言いてえことはわかる。嵯峨家の身銭で運営しているうちは手を出せるお偉いさんはいなかったからな。第四小隊の創設でそれも限界。予算が欲しくなるのは当たり前だな」 
 要はそう言うとハンガーを見下ろすガラス張りの管理部のオフィスを覗く。自分から目を逸らした要に少しばかり気分を害したように一度茜が大きく足踏みをした。
「まあ……近藤事件でその実力を見せつけた今。逆に予算を増やして監査などを入れやすい状況を作り出して叔父貴に鈴を付けたいところだろうしな。予算規模しだいでは同盟加盟国のやり手の文官を差し向けてくるくらいのことはあるんじゃないのか?」 
 要はそう言うと上目遣いのタレ目で茜を見つめた。
「司法実働部隊に文官を入れる……まあ素直に叔父貴が納得するとは思えねえけどそれにオメエのところの人材の確保のめどはどうなんだよ」 
 下種な笑みを浮かべて茜をにらむ要。だが、茜は表情一つ変えずに語り始めた。
「厳しいところですわね。現状では私達法術特捜は、人員面であなた方四人の兼任捜査官を得ての活動でことが済むというのが司法局の判断ですわ。一般市民の法術適正者の特定と把握には東和政府は及び腰ですが、遼北や大麗では市民の法術適正検査の義務化の法案を通しましたわ」 
「あれだろ?本人に通知するかで揉めたって法案。遼北は非通知、大麗は通知だったか。それがどうしたんだよ……何か?一般市民から捜査官の公募でもするのか?」 
 そう言うと要はポケットからタバコを取り出そうとして茜ににらまれる。
「それもいい考えかも知れませんわね。適正に関することならネットではもうすでに法術の発動方法に関する論文が流出してもう法術はオカルトの分野ですとごまかすことも出来ないのが現状ですもの。それを見た少しばかり社会に不満のある人物が自分の法術適正に気付いて、そしてその発動の方法を知ることができる機会があれば……それが何を意味するかおわかりになりますわよね?」 
 茜の言葉に要は顔色を変えた。
「馬鹿が神様気取りで暴れるのにはちょうどいいお膳立てがそろうって事か」 
 誠はアイシャやカウラの方を見てみた。二人とも先ほどまでのじゃれあっていた時とは違った緊張感に飲み込まれたような顔をしている。
「でもそんな急に……僕だって実際今でも力の制御ができないくらいだから……」 
 そう言いかけた誠を見て茜はため息をついた。
「確かに訓練もまともに受けていない適正者が法術を使用すれば、結果として自滅するのは間違いないですわね」 
 淡々と茜はそう答えた。
「じゃあどうするんだ?シンの旦那みたいなパイロキネシストがあっちこっちで連続放火事件を起こそうとして火達磨になって転げ回るのを黙って見てろってことか?」 
 要の表情が険しくなる。
「今のうちはそれでも仕方ないですわ」 
 あっさりと茜はそう答えた。その冷たく誠達を見つめる視線に誠は少し恐怖を感じた。
「今、そんな人々を救える力は私達には有りません。それは私も認めます。ですが今の同盟にはそれを主張しても押し通すだけの権限が無いのはどうしようもありませんわ。今は時を待つ。要お姉さまも自重して下さいね」 
 そう言う茜にどこか寂しげな表情が見て取れて、誠は彼女を正面から非難することができなかった。
「わあってるよ!んなことは!」 
 そう言って要は管理部の壁に拳をぶつけた。中では心配そうな主計下士官、菰田曹長の顔が見える。
「まあこうして話していても何も起きないわよ。私はお昼ご飯食べたいから行くわね」 
 そう言って要と茜の間を縫って隊舎に消えていくアイシャ。ただ呆然と四人は彼女を見送った。
「西園寺。とりあえず神前を迎えに行ったことの報告しといた方がいいな」 
 そう言うとカウラは、まだ茜に言いたいことがあるとでも言うように口を尖らせる要の腕を引いた。仕方なく要はそのまま廊下を進む。そうして向かった保安隊隊長室のドアは少し開いていた。香ばしい香が三人の鼻を刺激する。
「何やってんだ?叔父貴は」