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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 誠はあの動物大好きなシャムの顔を思い出した。遼南内戦の人民軍のプロパガンダ写真に巨大な熊にまたがってライフルを構えるシャムの写真があったことを誠はなんとなく思い出した。
「部隊には吉田に言われて黙ってたんだろ?あの馬鹿はこう言う騒動になることも計算のうちだろうからな」 
 投げやりにそう言った要は、突然ブレーキをかけたカウラをにらみつけた。
「なんだ?あれは」 
 カウラはそう言って駐車場の方を指差した。そこには茶色の巨大な塊が置いてあった。
 要が腰の愛銃スプリングフィールドXD?40に手を伸ばす。
「止めとけ!怪我させたらシャムが泣くぞ」 
 カウラのその言葉に、アイシャを押しのけようとした手を止める要。車と同じくらいの巨大な物体が動いた。誠は目を凝らす。
「ウーウー」 
 顔がこちらに向く。それは巨大な熊だった。
「コンロンオオヒグマか?面倒なもの持込みやがって」 
 要はそう言うと銃を手にしたままヒグマを見つめた。ヒグマは自分が邪魔になっているのがわかったのか、のそのそと起き上がるとそのまま隣の空いていたところに移動してそのまま座り込む。
「アイシャ、シャムを呼べ。要はこのまま待機だ」 
 カウラの言葉に二人は頷く。熊は車中の一人ひとりを眺めながら、くりくりとした瞳を輝かせている。
「舐めてんじゃねえのか?」 
 そう言って銃を握り締める要。アイシャは携帯を取り出している。 
「駄目だよ!撃っちゃ!」 
 彼らの前に駆け込んできたのはナンバルゲニア・シャムラード中尉だった。いつもどおり東和陸軍と同じ規格の勤務服を着ているので隊員と分かるような小さな手を広げてシャムはそのまま車と熊の間に立つ。
「おい!テメエ何考えてんだ?部隊にペットを持ち込むのは厳禁だろ?」 
 要の言葉にシャムは少し悲しいような顔をすると熊の方に近づいていく。熊はわかっているのか、甘えるような声を出すと、シャムの手をぺろぺろと舐め始めた。
「シャムちゃん、降りて大丈夫かな?」 
「大丈夫だよ!アイシャもすぐに友達になれるから!」 
 そう言うと嬉しそうに扉を開けて助手席から降りるアイシャを見つめていた。
「一応、猛獣だぞ。ちゃんと警備部の連中に謝っておけ」 
 カウラはそう言うと熊に手を差し伸べた。熊はカウラの顔を一瞥した後、伸ばした手をぺろぺろと舐める。
「脅かしやがって。誠も撫でてや……」 
 車から降りて熊に手を伸ばした要だが、その手に熊が噛み付いた。
「んーだ!コラッ!ぶっ殺されてえのか!この馬鹿が!」 
 手を引き抜くとすぐさま銃を熊に向ける要。
「駄目だよ苛めちゃ!」 
 シャムが驚いたようにその前に立ちはだかる。
「苛めたのはそっちじゃねえか!どけ!蜂の巣にしてやる!」 
「要!何をしているんだ!」 
 銃を持ってアイシャに羽交い絞めにされている要に声をかけたのは、警備部部長、マリア・シュバーキナ少佐だった。
「姐御!コイツ!噛みやがった!」 
 アイシャの腕を力任せに引き剥がす要をマリアについて来た警備部員と技術部の面々が取り押さえた。
 マリアは要と熊を見比べていた。軍用義体のナノマシンの修復機能で、要の噛まれた腕から流れていた血はもう止まっている。
「なるほど、賢そうな熊だな。ちゃんと噛むべき奴を噛んでいる」 
「姐御!そいつは無いでしょ?まるでアタシが噛まれるのが当然みたいに……」 
 泣き言を言い出す要に微笑みかけるマリア。
「捕獲成功だ、各自持ち場に戻れ」 
 そう言うと重武装の警備部隊員は愚痴をこぼしながら本部に向かって歩き始める。
「こいつが熊太郎の子供か?」 
 マリアが笑顔でシャムに尋ねる。以前誠も遼南内戦でシャムと苦難をともにした人民英雄賞を受けたコンロンオオヒグマの熊太郎の名前をシャムが酔っ払っているときに聞いたのを思い出した。
「そうだよ、名前はねえ『グレゴリウス13世』って言うの」 
 熊の頭を撫でるマリアにシャムは嬉しそうに答えた。
「おい、そのローマ法王みたいな名前誰が付けたんだ?」 
 手ぬぐいで止血をしながら要が尋ねる。
「隊長!」 
 元気良く答えるシャムにカウラとマリアが頭を抱える。
「グレゴリウス君か。じゃあ女の子だね!」 
「アイシャさん。それはおかしくないですか?どう見ても男性の名前なんですけど……」 
 突っ込みを入れる誠に笑いかけるアイシャ。
「やっぱり誠ちゃんはまだまだね。この子の母親の名前は『熊太郎』よ。命名したのも同じ隊長。つまり隊長は……」 
「違うよアイシャ。この子は男の子」 
 シャムはそう言ってグレゴリウス13世の首を撫でてやる。嬉しそうにグレゴリウス13世は甘えた声を上げながら目を細めている。
「でもまあ、なんで連れて来たんだ?」 
 カウラの声にシャムの目に涙が浮かぶ。
「この子のお母さんの熊太郎ね、大怪我しちゃったの。今年は雪解けが早かったから、冬眠から覚めたらなだれにあったみたいで自然保護官に助けられてリハビリが必要なんだって。そのお見舞いに行ったらこの子を頼むって熊太郎が言うからそれで……」 
 シャムはそう言うと泣き出した。ぼんやりとその場にいた面々は顔を見合わせる。
「オメエ熊と話せるのか?」 
 血を拭い終わった要がシャムに尋ねた。
「お話はできないけど、どうして欲しいかはわかるよ。グレゴリウス。この人嫌いだよね」 
「ワウー!」 
 シャムの言葉に合わせるようにうなり声を上げて要を威嚇するグレゴリウス13世。
「おい、シャム。嫌いって聞くか?普通……」 
 要が引きつった笑顔のままじりじりとシャムに迫る。だが、要の手がシャムに届くことは無かった。顔面めざし突き出されたグレゴリウスの一撃が、要を後方五メートル先に吹き飛ばす。
「西園寺さん!」 
 さすがに誠も飛ばされた要の下に駆け寄った。
「ふっ、いい度胸だ」 
 そう言って口元から流れる血を拭う要。
「あのー、そんな格闘漫画みたいなことしなくても良いんじゃないの?」 
 呆れたようにアイシャがつぶやく。立ち上がった要の前では、ファイティングポーズのシャムがグレゴリウスと一緒に立っている。
「ふっ。運が良かったな。神前!行くぞ」 
 そう言うと要はそのまま隊舎を目指す。
「珍しいじゃないか、西園寺がやられるだけなんて」 
 ニヤつきながらエメラルドグリーンの髪を手でかき上げるカウラ。
「アタシもあいつと違って餓鬼じゃねえからな」 
「私が止めなきゃそのまま第二ラウンドまでやってたんじゃないの?」 
 要はアイシャの言葉をごまかすように口笛を吹く。そんな彼らの前に金属バットやバールで武装した整備班の面々が顔を出した。
「お帰りなさい!」