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遼州戦記 保安隊日乗 2

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「実はね。僕は君が二年の時だと思うけど、『理科大最強の左腕投手が活躍してる』ってネットで見てリアナさんと応援に行ったことがあるんだよ」 
 にこやかに笑う鈴木。野球の話になると思って少しうんざりした顔になるサラと島田。だが真剣な顔つきの要を見ると二階の座敷に上がるわけにもテーブルに腰掛けるわけにも行かず、ただ二人の会話が終わるのを待とうという雰囲気に流され始めていた。
「今度もうちのエースなのよ。明石君が彼のこと買ってて、秋の都市対抗予選は誠君がエースナンバー背負う事になるみたいだし」 
 そう言うとリアナはうれしそうに突き出しのくらげを箸で掴む。
「そうすると敵同士か。うちの野球部はセミプロレベルだからな。いい試合期待してるよ」
 そう言って席に戻りビールを口に運ぶ鈴木。仕方がないというように島田とサラがカウンターの椅子に腰掛けた。
「ワイワイやろうや。このテーブル良いんだろ?」 
 そう言うと要が四人がけのテーブルを確保する。そしてそのまま隣に誠を座らせたので、意地になったアイシャが誠の正面に、成り行きでカウラはその隣に座っていた。
「菱川重工はOBが多いですからね」 
 誠の席から正面に見えるリアナにそう言うと満足げに彼女は頷いた。そんな中、要は何か小声で小夏と話をしていた。
「まあね。特機開発三課、今はうちの担当は09型の法術戦想定のタイプの開発中さ」 
 そう言うとこの店の女将の家村春子が運んできた二皿のたこ焼きを手に取る。リアナの前に一皿を置くと、春子に開いたジョッキを手渡してお代わりを頼む。
「しかし、君のデータは実に興味深いよ。正直、あのサーベルは法術効率が悪すぎて、僕は実戦投入には反対したんだがね。それを見事に使いこなす力は大したものだ。あれくらい活用してくれると開発者冥利に尽きるというものだよ」 
 誠はふと気付いて要の方を見た。明らかに今日の機嫌の良さが消えていた。その顔には明らかに『仕事の話はするな』と脅迫してくるようないつもの凄みがある。
「要ちゃん。野球部監督がだんまりなんて面白くないじゃない。誠君のことは一番わかってる要ちゃんなんだから、健一君にもっと教えてあげてよ」 
 リアナは要が少し寂しそうにしているのに気がついて要に声をかけた。
「はあ、まあアタシよりもカウラの方が良いんじゃないですか?」 
 少し斜に構えたような言葉尻に少しばかりアイシャが困ったような顔をしているのが誠から見えた。
「でも要ちゃんは監督さんでしょ?要ちゃんが選手の起用を決めるんだから」 
 フォローのつもりでか、リアナの言葉に再びやる気が起きたように顔を上げる要。
「そうだよな!まあアタシの采配の妙で勝敗が決まるといっても過言ではないわけだ」 
 小夏が付き出しを持って来た。彼女もまた何時もの噛み付くような視線で睨まれる事も無い事に驚いているように誠には見えた。
「ご注文は?」 
「おい、アイシャ。オメエが選びな」 
 小鉢を配っていた小夏がその言葉に目を丸くする。カウンターの向こうの女将の春子と料理長の老人、源さんも目を丸くしている。
「いいのね?」 
 アイシャは比較的早く冷静さを取り戻していた。それ以前にこれが彼女の狙っていた状況だった。誠から見てもアイシャの脳がすばやく計算を始めているのが良くわかった。
「二言はねえよ!好きなの頼みな。とりあえずアタシはいつもの奴だ」 
 隣のテーブルで様子を覗っていたキムとエダが不思議そうに誠達のテーブルを覗き込んでいる。すぐさまカウンターにホワイトラムのボトルが並び、小夏がそそくさとグラスとボトルを運ぶ。
「なんだよ。頼めよアイシャ」 
 一人、手酌でグラスにラム酒を注ぐ要。さすがにここに来て異変に気付いたのか、目を丸くして要を見守る鈴木夫妻。
「あのー。そう言えばなんで西園寺さんが監督なんですか?確かにノックとかバッティングピッチャーとか頼んでおいてなんですけど……明石さんがやってると思ったんですけど」 
 沈黙は避けたい。それだけの思いから誠はそう口走っていた。普段なら一喝されて終わりと言うところだが、明らかに要の機嫌は良くなっていた。
「いい質問だな。義体使用者がスポーツの大会とか出れないのは知ってるだろ?」 
「まあ、当たり前ですがね」 
 相槌を打ちながら誠は要を観察した。タレ目の目じりがさらに下がっている。島田が『西園寺大尉ってエロイよな』と下士官寮で話していたのを思い出して今の要を見てみる。何となく島田の言葉に納得する誠。そんな誠を気にすることなく要は話を続ける。
「まあだからスポーツとか興味は無かったんだがな。中坊の時、修学旅行先が地球の日本の京都へ行ったんだ」
 全員がぽかんと口を開いた。辺境の植民惑星系である遼州から地球は遥かに遠い。修学旅行に行く場所にしては遠すぎると誰もが思っていた。 
「へえ、さすが胡州修学院中等部ね。修学旅行が地球なんて」 
 さすがのリアナも感心するのは当然だ。誠の区立中の修学旅行は東和国内である。まあ胡州の名門貴族の為のお嬢様学校と比較するのが間違っている。誠はそう思い直してラム酒を口に含んではその中で転がすようにして飲み続ける要を見ていた。
「その時、同じ班の連中が嫌いだったから、抜け出して大阪に言ったんだ。そしたらそこで縦じまの応援団に囲まれてね」 
 そう言うと要は静かにタバコを口に持って行った。タバコ嫌いのリアナも、周りの雰囲気がわかったのか、灰皿を要に差し出した。
「まあ聞いてはいたんだけどさ。なんかこう……見ているのが楽しいのなんのって。ああ、あれは確か巨人戦だったかな。まあ試合も最終回でサヨナラホームランが出て大盛り上がりでさ」 
 そう言うと要は携帯端末を取り出す。目の高さに拡げられた情報ツールを動かす。そこには昨日試合のタイガースのスコアーブックがあった。
「こんなの付けてるんですか?」 
 試合開始の一球目から、最後まで。事細かなコメントが入れられている。
「ファンなら当然だろ?お前はどこのって、地球の事まで関心ないか」 
 要はそう言うとグラスに残ったラム酒を飲み下した。
「要さんって結構まめなのねえ」 
 女将の春子がジョッキのビールを運びながら要の前の画面を見入っている。誠はその中のコメントを見ながら、感情的な要にしては冷静なコメントがなされているのに驚いた。
「凄いですねえ」 
 誠は正直に言った。そして意外だと思った。大体が戸籍上は叔父であり、血縁としては従姉に当たる嵯峨に似て妙なところにこだわりがある要を知った。
『意外にマメなんだ。見直したな』 
 そう思って要の顔を見る。要はまた機嫌良く酒を飲み続けている。
「はい!焼きそば」 
 いつの間にか誠の後ろに立っていた小夏が注文の品を運んでくる。誠は要の前のスコアを見ている。小夏も誠と同じ様な感想を持っているのだろう、時々要の顔と見比べながら凝視している。
「シャムちゃんが大好きな大たこ焼きよ」 
 春子は巨大なたこ焼きの並んだ皿をシャムに渡す。飽きた猫耳を外して、ちょろちょろ落ち着かない表情だったシャムの顔が満面の笑みに変わる。
「たこ焼き!たこ焼き!」