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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 そのまま嬉しそうにたこ焼きに飛びつくシャム。そんなシャムを見つめながらどこか腑に落ちない顔のアイシャが見える。
「要。聞きたいことがあるんだけど……」 
 好奇心を抑えきれないようで、アイシャはそう切り出した。誠もカウラも要がまた不機嫌になるかと思いながらじっと二人を見つめている。
「なんだ?」 
 たこ焼きを自分の取り皿に移しながら要が答える。
「今日あんた、なんか変じゃない?」 
 ストレートすぎる。誠は冷や汗を掻きながら要を見つめた。しかし、要は別に気にしていないようで、グラスの酒をまた口に含んだ。
「どこが変なんだ?」 
 まじまじと要はアイシャを見つめる。タレ目、少しばかり頬が染まっているのは体内プラントのアルコール分解速度を落としているからだろう。だが要はまったく自覚していない様に見えた。誠はそう確信した。理由は特に無いがとりあえず気分的にはハイなんだろう。しかし、そんな理由で満足するアイシャでないのも確かだった。
「お前と違って金の使い方は計算してるからな。お前らどうせアニメグッズ買いすぎて金がねえだろうから気を利かせたわけだ」 
 そう言うと要は勢いよく焼きそばに取り掛かった。なんとなく納得できるようなできないようなあいまいな答え。アイシャもその後にどう言葉を続けようか迷っているようだった。
「要ちゃんの奢りなんだ。いいなあ」 
 リアナがうらやましそうに要の方を見つめる。正面でジョッキを傾ける健一はリアナにそういわれて流れで頷く。
「奢りませんよ!」 
 とりあえずこの話題から逃げたいというように要は苦笑いを浮かべながらそう言った。しかし、その目は深い意味などないというように彼女の箸はすぐ焼きそばに向かった。
「お姉さん。どこが変なの?」 
 焼きそばを口に突っ込みながら要がそう尋ねる。その目はどこかふざけたようないつもの要のタレ目だった。カウラ、アイシャ。他の面々もそれを気にしていた。そして誠もそうだった。リアナの部長格という肩書きがここで役に立った。
 彼女から見ても、いつもの要の傍若無人振りとは違う言動は、少し変なものに見えていたらしい。それが判るだけでこれまで要のいつもと違う言動を見てきた面々には十分だった。
「なんと言うか……いつもより素直よね」 
 ここで誠をはじめ面々は肩透かしを食らった。要は意外と素直だと誠は思っている。直情的なのはいつものことだ。情報戦ですら平気でこなすはずの非正規戦用最新鋭義体の持ち主なのにいつもそう言った任務を嵯峨が吉田に一任している。駆け引きなどと縁遠い彼女らしいと誠はいつも思っていた。
「アタシはいつだって素直ですよ」 
 そう言いながら手酌で飲み続ける要はまったく普通に答える。そしてアイシャ達が何で自分のことを不思議そうに見ているのかわからないというようなとぼけた表情を浮かべていた。
「うーん。でもなんか、今日の要ちゃんは前向きよね」 
 保安隊の核融合炉。そう呼ばれている要を前にして、さすがのリアナも言葉を選んだ。
「前向き……。良いじゃねえの?後ろ向きよりよっぽど生産的だ。アイシャ。人の機嫌を気にするならこんくらいの事は言えないとなあ」 
 また口にラム酒を含みながら、タレ目の視線をアイシャに向ける。
「そうなら別にいいんだけど……」
 相変わらず良くわからない要の機嫌に場は完全に静まり返る。そんな中、突然店の中の照明が薄暗く変わる。 
「小夏!」 
「アンドシャム!」 
『踊りまーす!』 
 突然だった。シャムと小夏の二人が猫耳と尻尾をつけて通路に飛び出してくる。前触れの無い出来事に全員が唖然としてその姿を見守っていた。
 急に店の奥から電波ソングが流れる。シャムと小夏。小柄なシャムの方がまるで妹に見える奇妙な光景だった。
「行けー!」 
 アイシャが叫ぶとシャムと小夏が腰を振ってこれまた電波な踊りを始める。はたから見れば奇妙な光景だが、健一は何度か見慣れているらしく拍手をしながら笑顔で見守っている。
「どうだ?萌え評論家の神前誠君」 
 ニヤ付きながら話しかけてくる要。いつもならこういうドサクサは見逃さない彼女が誠のグラスに細工をするわけでもなく、ただ笑いながら誠の顔を覗き込んでいる。
「これは実に萌えですね。猫耳万歳です」
『みなさーん!ありがとう!』 
 シャムと小夏がぺこりと頭を下げる。そしてあまり長くない電波ソングライブは終わった。 
「猫耳か……」 
 ポツリとカウラが呟いた。
「なに?カウラちゃんも猫耳つける?」 
 笑顔のアイシャがカウラに言った言葉に、すぐ視線を走らせている要を見つけた誠。不思議そうにアイシャを見つめるカウラ。自分が猫耳をつけたときを想像しているように誠には見えた。
「私はそういうことには向かない」 
 しばらく真剣に考えた後、そう言うといつもどおりウーロン茶を飲み始める。 
「確かにテメエにゃ無理だ。キャラじゃねえ」 
「それじゃあ要ちゃんがやったら?」 
 アイシャがそう振ったとき、いつもなら怒鳴り声が飛んでくるところが別に何も起きなかった。
「やっぱり変よねえ」 
 首を傾げるリアナ。しばらく考えた後、一つの結論に達したように手を叩いた。
「もしかして要ちゃんて好きな人と海に行くって初めてなのかしら?」 
 空気が止まった。
 全員がその可能性は否定していなかったが、その後に訪れるだろう報復を恐れて選べないでいた結論。それが判っていても全員の視線が要の方を向く。
 要は何が起きたかわからないとでも言うようにきょとんとして、全員の顔が自分のほうを向いていることを確認した。
「どうなの?要ちゃん」 
 確かにこの場でこんな事を要に確認できるのはリアナしかいなかった。島田なら救急車が必要になる。カウラやアイシャなら店が半壊の憂き目にあうだろう。誠とサラ、パーラ、キム、エダにはそんな度胸も無い。
 全員の視線が要に集中した。
「何見てんだ?お前等?」 
 要は聞いていなかった。それもまた意外だった。誠も彼女の地獄耳のおかげで酷い目にあったことが何度かある。カウラもアイシャも同様なのだろう、意外な要の言葉に戸惑っている。
「やっぱり要ちゃん変!神前君のことで悩んでるんでしょ?」 
 リアナのその言葉。誠、カウラ、アイシャ、島田、サラ。皆はリアナの口をふさいでおかなかったのを後悔した。
「何で?」 
 そんな言葉が要の口から出てきたことに誠達は胸をなでおろした。その様子を不思議そうに見つめる要。
「でもこれも上司としてのお仕事ね。要ちゃん。神前君のことどう思ってるか言って御覧なさい」 
 また地雷原に踏み込むようなリアナの発言にシャムでさえ背筋が凍ったように伸び上がる。既に小夏は退避済みである。
「こいつのこと?アタシが?……それって何?」 
 要はまったくわかっていないと言うようにグラスを傾ける。誠は隣の席の健一の脇を突いた。
「リアナさん。無理に聞かなくても……」
 それまで機嫌が良さそうだったリアナの表情が厳しくなって夫に向けられる。 
「健一君。出会いはね、重要なのよ。そして思いも。要ちゃん照れなくてもいいから答えてみて」