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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 そう言うと嵯峨は画像を切り替えて銀行口座と思われる映像を見つめた。並んでいる名前は胡州の政治、官僚機構、軍部、経済人の重鎮ばかり。さらに別ページに切り替えれば東和や西モスレムの野党指導者やゲルパルトの手配中の政治犯の名前が並ぶ。そんな中、嵯峨は胡州外の勢力への出金帳簿にしるしをつけていく。
「しかし、そんな事よりこいつだ。月に三百五十四回、振込先は別々だが金額は同じ」
 嵯峨はそう言いながらしるしをつけ続ける。他の金額と比べると特に大きいとは言えない単位の金に赤いラインが引かれていく。 
「そしてその振込先はどれも登記のみで実体の無い幽霊会社ってわけですが……」 
 画面をスクロールする嵯峨。振り込まれた先の幽霊会社のデータを見る。金はほぼ考えられないペースで引き落とされていた。嵯峨も吉田もその金額が身分証などを必要としない最高限度の金額であることには気づいていた。
「マネーロンダリングってのは判るんだけどさ。ここまでやるっつうのは、どうにもねえ」 
 嵯峨は頭を抱えながら今度は山のように積まれた書類の束を見つめる。吉田が目をやればその多くは同じ同盟司法局の機動部隊である特務公安隊隊長、安城秀美少佐のところからの借り物であることを示す印が押してある書類が埃にまみれていた。
「まあ近藤さんの遺産は後々処理するとしてだ。忠さんがねえ……」 
 嵯峨はそう言うと別の冊子を取り出す。吉田は長い付き合いで嵯峨の愚痴が多いところは知り抜いていたので涼しい顔で彼に付き合う。
「あいつ、同盟会議の『法術者、及びその定義に関する軍事法上の認定基準』なんてのが必要だなんてぶら下がり取材に答えやがって……おかげで白書を発表するから目を通せだってさ。こんなのやってられるか!馬鹿野郎!アイツが胡州帝国高等予科学校を三年で卒業できたの俺のおかげじゃねえか!ったく!恩を仇で返しやがって」 
 嵯峨が『忠さん』と呼ぶ男。保安隊設立を提案し、その部隊長に東和の三流大学の国際法専門の講師だった嵯峨を推薦したのは彼だった。
 胡州第三艦隊、通称『播州党』司令赤松忠満中将。先の大戦で敵には『虎の子は虎』と恐れられ、彼が艦長を勤める駆逐艦に護衛される輸送艦隊からは『守護天使』と呼ばれた猛将として知られる彼がこの書類を持ち込んできたときに土下座をする様を思い出して吉田は頬を緩めた。
「まあしゃあないんと違いますか?赤松のオヤジも『新三のせいで予科の成績はワシが最下位やった』言うとったですから」 
 入ってきたスキンヘッドの大男、明石である。『播州四天王』と呼ばれ、西園寺派、烏丸派に分かれて戦われた『官派の乱』で勇名をとどろかせた彼らしい豪放なバリトンが隊長室に響いた。
「タコ。また菰田とキムを苛めたのか?許大佐が『レールガンにあんな精度は必要ない!』って切れてたぜ」 
「そないなこと言わんといてください。ワシかて神前のぼんぼんが来てから訓練メニューはほとんど火力支援しかさせてもらえんし。当たる銃にしてもらわな身がもたんわ」
 吉田の突っ込みに苦笑いを浮かべながら明石は机の上の会議用原稿を手に取った。
「安城の姐さんは相当怒ってまっせ……『法術の存在を表に出すつもりで動いたならなんで相談してくれないの!』って。本局行く度に説教されて……ほんまやってられませんわ。あのオバハンに言わせりゃワイ等が先鞭を切った以上、隊長が落とし前つけなしゃあなゆるさへんて……こりゃ不味いんとちゃいますか?」 
 書類に目を通しながら呟く明石。嵯峨はいかにもめんどくさいと言う顔をして吉田に目をやる。
「まあ金の動きは俺がとりあえず追えるところまで追ってみます。何が出てくるかは判りませんがね」 
 吉田の言葉に渋々頷く嵯峨。明石も表情は厳しかった。
「また嫌われちゃうねえ。でもまあ秀美さんには迷惑はかけられないし、かといってやぶ蛇だけは避けたいしな。やぶ蛇って言えば外惑星でまた衝突だってよ」
 嵯峨はそう言うと画面を今度は同盟司法会議の議事録に切り替えた。ニュース画像が外郭に大きな穴を開けられた外惑星用コロニーを映している。アナウンサーがドイツ語でまくし立てているところから見て、映像がゲルパルトのコロニーを映したものと分かった。外惑星軌道特有の閉鎖型の円筒形コロニー。そのポートに激しい爆発が起こり、次々と壁面や艦艇の破片が宇宙空間にばら撒かれているのが見える。
「自爆テロでは無いらしいですね。さっき特務公安隊……じゃなくって『秀美さん』から連絡がありました」 
 吉田はガムを口から取り出して手で伸ばしながらニヤニヤして嵯峨を見つめる。明石は顔をしかめながら映像に見入っていた。
「爆発物反応はでとるんじゃ。ワシ等のくちばしを突っ込む話じゃないのう」 
 保安隊が大規模騒乱を視野に入れた実力行使部隊とすれば、非正規戦を専門とする機動部隊が特務公安隊である。同盟司法機関としては同盟設立直後から活動を開始しているいわば姉に当たる組織だった。そしてゲルパルトでの同盟首脳会議の護衛の仕事を安城に譲ったのは嵯峨本人だった。
「秀美さんには色々お世話になっているからねえ、面倒じゃない仕事って事で紹介したんだが……」 
 特務公安隊隊長、安城秀美少佐。非正規戦のスペシャリストとして知られる彼女の鋭い目つきを思い出して首をすくめる嵯峨。護衛の名目でゲルパルトに入った後、前政権支持派のテロ組織の壊滅作戦の立案に助言したのは嵯峨だった。それが最悪の事態に変わって全銀河に放映される一大テロの現場になっていた。
「面倒どころか大火事じゃないですか。こりゃあ嫌われますよ」 
 吉田の言葉に嵯峨の顔が明らかに困り果てたと言うような色に変わる。
「だな」 
 そう言うと頭を掻きながら吉田と明石に見つめられつつ身をすくませる嵯峨がいた。
「そう言えば隊長は盆休み取りましたよね。今年も」 
 吉田が静かにそう尋ねる。頷きながら嵯峨はタバコを取り出した。そして書類の山の下から使い捨てライターを取り出し、すばやく火をつける。
「まあな。かみさんの墓参りさ。結局、今年は線香上げてとんぼ返りになったがな」 
 嵯峨の妻、エリーゼ。当時の外惑星の軍事大国、ゲルパルトの名門ベルン公の姫君であり、遼州星系の社交界の花。吉田も明石も目の前の若く見えるとは言え、年中無精ひげを部下から不快な目で見られてもニヤついて返す中年男がマスコミを騒がせたラブロマンスの主人公だったことなど信じてはいなかった。
「そう言えばタコ。お前の兄貴、結構反省してたぜ?帰ってやれよ。それに甥っ子も来年小学生だってよ」 
 自分の話題を振られることを恐れてか、すぐさま嵯峨はそう言った。明石は光る頭をなでながら苦しそうな笑みを浮かべる。胡州帝都大学文学部インド哲学科を学徒出陣で繰上げ修了。その後、実家の寺をめぐり兄夫婦と喧嘩同然に家を出てから、明石は一度も実家に帰っていなかった。今度はそのことで攻められると思い、明石はすぐに話題を変えようと知恵を絞った。
「ワシより西園寺の方に言うたほうがええような気がするんですけど」