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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 ようやく気を利かせるべくアイシャが声をかける。どこかいつもと違い語尾が裏返っているのが誠の笑いを誘いそうになった。
「何でそんな事聞くんだ?」 
 本当に不思議そうにたずねる要。少なくともいいことがあったというわけでは無い。全員がそう判断するものの、同時にこの不可思議な要の機嫌の良さが余計不気味に感じられた。
「おう、そこの月極駐車場を突っ切って行くと早いぞ」 
「いいの?そんな事して」 
 さすがに運転に集中していたパーラはいつもの調子で後ろを振り返る。
「パーラが止まっている車にぶつけなきゃ大丈夫だよ。出たら右折だ。気をつけろよ、そこの道は駅に向かう裏道だから。ぶっ飛ばしてくる単車引っ掛けたら免停だぞ」 
 相変わらずの上機嫌。不思議なことがあるものだともう一度振り向いてしまう運転席のパーラ。
「それはご親切にどうも」 
 スイスイと要の指示する道を行く。ここまで要を観察して分かった事は、自分が上機嫌である事自体、本人は気づいていないという事だった。
 マルヨの立体駐車場に入る頃には、不安は恐怖に変わっていた。人は理解できないことに出会うと拒絶するか恐怖すると言うが、拒絶したら張り倒されそうな要の雰囲気。ただ沈黙だけが続く車内。
「今日は木曜日か。空いてるのはいいことだ。そこの外車が出るみたいだぜ」 
 黒いドイツ車が出ようとしているのを素早く見つける要。誠が右側に視線を移すと、不思議そうな顔をしたカウラの姿がある。
「アタシが降りて指示を出そうか?」
 要はそう言うとシートベルトを外し始めた。突然のことに誠も唖然として降りようとする要に目が行ってしまう。 
「いいわよ。私を舐めてもらっちゃあ困るわね!」 
 パーラが断ったのは運転への自信からではなかった。それは普段は絶対にありえない要の台詞に驚いたからだった。パーラは高級車が出口へ向かうのを見届けるとすかさずハンドルを切り、後ろからゆっくりと車を駐車する。
「お疲れさん。じゃあ行くぞ」 
 すぐにドアを開き降り立つ要。誠もカウラも、島田もサラも、シャムやパーラも理由の分からない上機嫌な要を見守っていた。ただアイシャはちらちらと要を見つめながら何かを考えている。誠はそう見ていた。
 度胸の据わり具合なら要と同類と隊長の嵯峨からも言われているアイシャ。彼女が要の機嫌の良さを利用して何か企んでいるのは明らかだった。
「サラ。四階でいいのか?」 
 要が先頭を切って歩く。エスカレータの前で突然要に振り向かれたサラと島田が困ったような表情をした後、おずおずと頷いた。
「それじゃあ行くぞ」 
 何か腹にあるアイシャ以外は、この奇妙な要の態度を読みかねていた。その光景があまりにシュールなのか、買い物客達は一目見ると係わり合いになりたくないと言うように通路の両端に避けてしまう。
 エスカレータで要の下に付いた島田とサラが、助けを求めるように後ろに続くパーラを見る。パーラはピンク色の髪をかきあげながら後ろに続くシャムを見て、シャムも猫耳をなでながら困ったような顔で並んで立っているカウラと誠を見つめる。
『嵐の前の静けさ』 
 皆が恐れていたのはそんな状況だった。瞬間核融合炉のあだ名を持ち、気分屋で超の付く短気で知られる要である。ふとしたきっかけで一気に爆発する事だけは避けたい。その思いは一つだった。
 ドアが開くが軍服を着た痩せ型の女性士官とやけに機嫌のいいサイボーグ。そしてなぜか猫耳をつけている関係のよくわからない少女と普通は見ない髪の色の女性の集団。エレベータを待っていた親子連れは明らかにその集団と一緒に扉を通るのを避けたと言うように見えた。
 一方で鼻歌交じりにドアを閉じ、階に付けば早速開くボタンを押して皆が降りるまでサービスする要。
「着いたな。お前らマルヨのカード持ってきたか?」 
 財布からカードを取り出しながら要がそう言った。女性陣が一斉にそれを取り出した。
「アタシ持ってないよ!」 
 シャムが胸を張って答える。ここでいつも通り要はシャムの頭をはたくこともせず、無視してそのまま島田とサラに目を向ける。
「おいサラ案内しろ」 
 サラは引きつった笑いを浮かべながら歩き始めた。並んでいる島田が頻繁に後ろを歩く要のことを気にして振り向く。まるで銃でも突きつけられているようだ。誠はそう思いながらそんなことを口にすればどうなるのかを想像していた。
「マルヨのカードって……」 
 沈黙に耐えられずに誠はつぶやいた。確かにカウラが東和軍の夏服と同じ企画の保安隊の勤務服を着ているのが目立つのは確かなのはわかった。でもそれ以上にこれだけの集団が黙って歩いていると言う状況の奇妙さが原因だと誠も気づいていた。
「まあお前もシャムと同類だったな。ここのカード作るときにサイズとかを登録してくれるんだ。おかげで合う商品がすぐ選べるし、画像で試着の代わりまで出来るんだ。便利だろ?」 
 得意げにそう答える要。口元には笑みまで浮かんでいる。
「そうなんですか」 
 要の言葉に感心しながら付いていく誠。すこし後ろを振り向けば、涼しい顔をしているアイシャがいる。
「なんだ。結構でかいな」 
 エレベータからかなり離れた場所に女性用水着の専門店がある。要の言うとおりかなり広いスペースを占めている。
「赤札が出てるわね。叩けばもっと値切れるかもしれないわ」 
 ようやく前に出てきたアイシャを先頭に売り場に入る。誠は正直どうするべきか迷っていた。高校、大学と野球部で堅物と思われて過ごし、訓練校では厳しい寮の門限のせいと酒癖の悪さから水着を選んでくれと言ってくるような彼女などいるわけが無かった。そんな誠をニヤニヤしながら見守る島田。何か言葉をかけてくれれば良いと思う誠だが、サラがさっそく赤札のついたピンク色の鮮やかな、背中が大きく開いた水着を持って島田を連れて行ってしまう。
「何してんだ?来いよ」 
 要のその一言に、しかたなく周りを気にしながら誠は売り場に入った。その表情は部隊に入ってはじめて見る無邪気そうな女の子のものだった。


 保安隊海へ行く 3


「楽しそうじゃねえの。何でお前行かなかったんだ?」 
 保安隊駐屯地、隊長室。百貨店の防犯カメラの映像をハッキングした画像が乱雑に書類が置かれた隊長の机の上に展開していた。それを設定した吉田が苦々しげに頭を掻く。
「どうせ俺には別の仕事があるんじゃないんですか?」 
 側に立っていた吉田はそう言うと意味ありげに保安隊隊長、嵯峨惟基特務大佐を見下ろした。いつものことながら嵯峨はそんな吉田の態度に大きくため息をついた。机の上に積もっていた拳銃の部品を削って出来た鉄粉が濛々と立ち込める。
「お前さんの報告書。ありゃあ面白かったよ。先月の近藤事件、そしてその金の動き。確かにあそこで逮捕してたら同盟がぶっ壊れても不思議じゃないようなやばい話が満載。かなりの政治家や官僚、軍幹部も切腹もんだよなこれは」