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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 真っ直ぐに見つめてくる茜の視線を感じて思わず誠はそう口にしていた。
「いいえ、それより今日は現状での法術特捜の人事案を説明させていただきます」 
「そうなんですの。とっととはじめるのがいいですの」 
 要は茜の真似をして下卑た笑みを浮かべて見せる。茜はそれを無視するとカウラの顔を見た。
「保安隊の協力者の指揮者ですが、階級的にはクラウゼ少佐が適任と言えますわね」 
 そんな茜の言葉ににんまりと笑うアイシャ。
「でも少佐の運用艦『高雄』の副長と言う立場から言えば、常に前線での活動と言うわけには参りませんわ。ですのでベルガー大尉、捜査補助隊の隊長をお願いしたいのですがよろしくて?」 
 茜の言葉に頷くカウラ。がっくりとうなだれるアイシャ。要は怒鳴りつけようとするが、茜の何もかも見通したような視線に押されてそのままじっとしていた。
「つまり私は後方支援というわけね。それよりその子、大丈夫なの?」 
 アイシャはテーブルの向かいに座っているラーナを見ながらそう言った。ラーナは何か言いたげな表情をしているが、それを制するように茜が口を開いた。
「彼女は信用置けますわ。遼南山岳レンジャー部隊への出向の時にナンバルゲニア中尉の下でのレンジャー訓練を受けたことがある逸材。それに法術適正指数に於いては神前曹長に匹敵する実力の持ち主ですわ」 
 シャムの教え子。その言葉だけで誠達は十分にラーナの実力を認める形となった。さらに法術師としては誠をはるかに凌ぐ実力者の茜の言葉にはラーナの実力を大げさに言っていることは判っていても重みがある。
「そんな大層なもんじゃないっすよ。山育ちなんで、サバイバルとかには結構自信があるだけっす」 
 シャムもそうだが、ラーナも遼南生まれの遼州人は自分と比べて妙に明るい印象がある。そう誠は思いながら要達を見回した。要は特に気にする様子は無かった。カウラは珍しそうにラーナの様子を伺っていた。アイシャが聞きたいことは彼女の趣味と合うかどうかの話だろうと推測が出来た。
 四人に黙って見つめられても、照れるどころか自分から話始めそうなラーナを制して、茜は話し始めた。
「近年、特に前の大戦の終結後ですけど、法術犯罪の発生件数は上昇傾向にあります、そのため……」 
 茜らしい。法術犯罪とその対策の歴史を語りだした茜だが、すぐにそれに飽きてしまう人物がいた。
「おい、茜。そんな御託は良いんだ。それより狙いはどこだ?青銅騎士団か?それともネオナチ連中か?アメちゃんが動いてるって話も聞くわな」 
 要は相変わらずガムを噛んでいた。茜はそれに気を悪くしたのか、答えることも無くじっと端末を操作していた。
「じゃあ『ギルド』と言う組織のことはご存知?」 
 ようやく茜が口を開く。要は自分の意見が通ったことで少しばかり笑みを浮かべた。
「噂は聞いてるよ。成立時期不明、組織構成員不明、ただ存在だけが噂されている法術武装組織のことだろ?どこの特務隊でも名前だけは教えられると言う非正規組織。命名はジョンブルだったか?」 
 要の言葉にカウラとアイシャは黙って聞き入っていた。
「法術犯罪自体が無かったことになっていた時代、先日の近藤事件以降に発生した法術重大事件の陰に彼等がいるだろうと言われてることもご存知なわけね」 
「あの、話が見えないんですけど」 
 アイシャの質問の途中で会議室のドアが開く。
「ごめんなさい!遅くなっちゃいました?」 
 現れたのはレベッカだった。予想外の闖入者に眉をひそめる要。
「レベッカちゃん。こっちの席、空いてるわよ」 
 そう言ってアイシャが隣の席を指差す。技官で中尉の彼女。おそらく誠達にとってのヨハンのように法術兵器に関するフォロー要員として彼女が選ばれたのだろうと誠はレベッカの大きな胸を見ながら思っていた。
 だが誠のそんな様子はすぐに要に見透かされる。
「やっぱりそこの金髪めがね巨乳は法術に関する研究もやってたか。叔父貴の狙いはアメリカとパイプをつなげときたいって所か?」 
 明らかに敵意むき出しの要におどおどとレベッカはうつむく。
「法術研究の最高峰のアメリカ陸軍がお父様とは犬猿の仲である以上、彼女達海軍の方から情報を得ると言うのは常道じゃなくて?」 
 茜はそう言うと話を続けようとした。
「なるほどねえ」 
 そう言って再びレベッカをにらみつける要。今にも泣き出しそうな表情のレベッカはその視線に怯えるような視線を茜に投げる。
「あんまりいじめないでいただけませんか。彼女も法術特捜には不可欠な人材ですのよ」 
 茜の語気の強さに少しばかりひるむ要。
「それじゃあ……」 
「まだ終わんないの?」 
 扉が開き顔を出したのは嵯峨だった。
「お父様、今は会議中ですよ!」 
「そうカリカリしなさんな。それにこいつ等だって馬鹿じゃないんだ。俺達が『ギルド』についてはつかんでいる情報がほとんど無いことぐらい察しはついてるよ。そんな会議したって時間の無駄じゃん」 
 実も蓋も無いことを言われて口ごもる茜。
「まあ、会議なんて言うものは寝るものだからな。情報がわかり次第、それぞれに交換すれば事が足りるだろ?」 
「まあ、その通りなんですけど……」 
 それだけ言って黙り込む茜。
「じゃあ解散か?」 
「そうは言っていません!」
 席を立とうとする要をぴしゃりと制する茜。 
「でも、もうシン達はコンロがいい具合になってきたって言ってるぜ。まあ、堅苦しいことは後にしようや」 
「そう言う風に問題を先延ばしにするのはお父様の悪い癖ですよ」 
 刺すような視線を嵯峨に送った後、あきらめたように端末を閉じる茜。要は伸びをして、退屈な時間が終わったことを告げる。
「バーベキューっすか。いいっすよね」 
 ラーナはそう言うとそのまま会議室から出て行く。要、アイシャ、カウラもまたその後に続く。
「誠!早く来いよ!」 
 廊下で叫ぶ要。誠は座ったまま片付けをしている茜を見ていた。
「よろしくてよ、別に私を待たなくても」 
 不承不承言葉をひねり出した茜のやるせない表情を見ながら、誠は要達を追った。
「良いんですか?こんなので」 
 誠は要に駆け寄ってみたものの、どうにも我慢しきれずにそう尋ねた。
「良いの良いの!叔父貴が責任取るって言うんだから」 
「俺のせいかよ」 
 そう言うと情けない顔をしてタバコを口にくわえる嵯峨。
「まあこれが我々の流儀だ。そのくらい慣れてもらわなくては困る」 
 いつものように表情も変えずにカウラはハンガーへ続く階段を降り始めた。ハンガーでは整備班員がバーベキューの下ごしらえに余念が無い。
「ちょっと!ちゃんと肉は平等に分けるのよ!そこ、もたもたしてないで野菜を運びなさい!」 
 明華は相変わらず彼等を大声で叱り飛ばす。
「じゃあアンプはそこに置いて。そしてお立ち台は……菰田君!ここよ!」 
 いつの間にか和服に着替えていたリアナは電波演歌リサイタルの準備にいそしんでいる。
「よう、歓迎される気分はどうだい」 
 嵯峨が走り回るブリッジクルーや整備員、そして警備部隊の面々をぼんやりと眺めているロナルドに声をかける。
「歓迎されるのが気分が悪いわけは無いでしょう」