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遼州戦記 保安隊日乗 2

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「おう、ついたか」 
 目の下にクマを作ってふらふらと火をつけて回る島田。顔には血の気が無い。
「大丈夫なのか?そのまま放火とかしないでくれよ」 
 要は冗談のつもりなのだろうが誠にはそうなりかねないほどやつれた島田が心配だった。
「西園寺さん大丈夫ですよ。火をつけ終わったら仮眠を取らせてもらうつもりですから」 
 そんな島田の笑いも、どこか引きつって見える。カウラもアイシャも明らかにいつもはタフな島田のふらふらの様子が気になっているようでコンロの方に目が向いているのが誠にも見えた。
「じゃあがんばれや」 
 それだけ言って立ち去る要に誠達はついていく。その先のハンガーには新しいアサルト・モジュールM10が並んでいた。
 その肩の特徴的なムーバブルパルス放射型シールドから『源平絵巻物の武者姿』と評される05式に比べるとどこか角ばった昆虫のようにも見える灰色の三機の待機状態のアサルトモジュール。
「へえ、結構良い感じの機体じゃねえか」 
 要はM10の足元まで行くと迫力のある胸部に張り出した反応パルス式ミサイル防御システムを見上げた。
「俺にとっても都合の良い機体だな。運用コストがべらぼうに安い上に故障が少なくてメンテ効率が高い。ローコストでの運用には最適だ」 
 突然の男の声に驚いて飛びのく要。そこでは管理部長、アブドゥール・シャー・シンが牛刀を研いでいた。
「やっぱり牛を潰すのはシンの旦那か」 
「まあな、俺はこの部隊では自分で潰した肉しか食えないからな」 
 敬虔なイスラム教徒である彼は、イスラムの法に則って処理した肉しか口にしない。彼がこう言うパーティーに参加するときは必ず彼がシャムの飼っているヤギや牛の処理を担当することになっていた。
「設計思想がよくわかる機体だ。総力戦が発生しても部品に必要とされる精度もかなり妥協が可能な機体。その部品にしても平均05式の三分の一の値段だ。予算の請求もこう言う機体ばかりだと楽なんだけどな」 
 シンはそれだけ言うと、また牛刀を研ぐ作業に戻った。
「またバーベキューですか?」 
「そりゃそうよ。誠ちゃんだけ特別扱いってわけには行かないでしょ」 
 そう言うとアイシャはそのまま事務所につながる階段を上り始める。
「おう、おはようさん」 
 大荷物を抱えた明石清海中佐が立っている。確かに夏は終わりを迎えようとしているが、薄手とはいえ紫のスーツは暑苦しく見える。
「その様子、出張ですね」 
「まあな。法術対策部隊の総会ってわけだ。西園寺、ジュネーブって行ったことあるか?」
 いきなり地球の話題を要に振るのは彼女なら何度か行ったことがあるだろうと明石も思っているんだと誠は再確認した。 
「スイスは機会がねえけど、まあ会議を開くには向いてるところだって聞いてるぜ」 
「そうか。ワシはあんま知らんからどないすれば良いか……」 
 明石はそう言うと剃りあげた頭を掻く。
「まあ、地球の連中に舐められないようにしてくれば良いんじゃねえの?」 
 それだけ言うと要は実働部隊事務所のドアを開けた。
「少し遅いのでなくて?」 
 実働部隊控え室では、湯のみを手にしてくつろいでいる茜がいた。当然、彼女は紺が基調の東都警察の制服を着ている。 
「さっさと着替えて来いってわけか?」 
「そうね。そのまま第一会議室に集合していただければ助かりますわ」 
 そう言うと茜はぼんやりと立ち尽くしている誠達の横をすり抜け、ハンガーの方に向かって消えていった。
「私も?」 
 アイシャの言葉に誠達は頷く。そのまま四人は奥へと進んでいく。
「おはよう!誠君、人気者ね」 
 そう言ってロッカールームから歩いてきたのはリアナだった。
「急いで着替えた方が良いわよ。茜さんは怒ると怖いんでしょ?」 
「まあな。表には出ないがかなり黒くなるからな」 
「ダーク茜」 
 要とアイシャが顔を見合わせて笑う。カウラは二人の肩を叩いた。その視線の先にはハンガーに向かったはずの茜が、眉を引きつらせながら誠達を見つめていた。
「じゃあ、第一会議室で!」 
 要はそう言うと奥の女子ロッカー室へ駆け込む。カウラとアイシャもその後を追う。
「誠君も急いでね」 
 そう言うとウィンクをして去っていくリアナ。
 誠は急いで男子ロッカー室に入る。冷房の効かないこの部屋の熱気と、汗がしみこんだすえた匂い。誠は自分のロッカーの前で東和陸軍と同形の保安隊夏季勤務服に着替える。かなり慣れた動作に勝手に手足が動く。忙しいのか暇なのか、それがよくわからないのが保安隊と言うところ。誠もそれが理解できて来た。
 とりあえずネクタイは後で締めることにして手荷物とそのまま第一会議室に向かった。小柄な女性が会議室の扉の前を行ったり来たりしている。着ている制服は東都警察の紺色のブレザー。
「こんにちわ」 
 声をかけた誠を見つめなおす女性警察官。丸く見える顔に乗った大きな眼が珍しそうに誠を見つめる。
「神前曹長っすね。僕はカルビナ・ラーナ巡査です。一応、嵯峨筆頭捜査官の助手のようなことをしています!」 
 元気に敬礼するラーナに、誠も敬礼で返す。
「すぐに名前がわかるなんて……警察組織でも僕ってそんなに有名人なんですか?」 
「そりゃあもう。近藤事件以来、遼南司法警察でも法術適正検査が大規模に行われましたから。軍や警察に奉職している人間なら知らない方が不思議っすよ!」 
 早口でまくし立てるラーナに呆れながら、誠はそのまま彼女と共に第一会議室に入った。
「ラーナさん、まだ要さん達はお見えにならないの?」 
 上座に座っている茜が鋭い視線を投げるので、思わず誠は腰が引けた。
「ええ、呼んできたほうがいいっすか?」 
「結構よ。それより話し方、何とかならないの?」 
 茜は静かに目の前に携帯端末を広げている。
「すまねえ、コイツがぶつくさうるせえからな」 
「何よ要ちゃん。ここは職場よ。上官をコイツ呼ばわりはいただけないわね」 
 要、アイシャ、そしてカウラが部屋に到着する。その反省の無い要の態度に呆れ果てたと言う表情の茜。
「じゃあ、席についていただける?」 
 刺す様な目つきに誠は恐怖しながら椅子に座る。すぐに彼女は視線を端末に戻しすさまじいスピードでキーボードを叩く。
「おい、それは良いんだけどよ。法術特捜の部長の人事はどうなったんだ?一応看板は、『遼州星系政治共同体同盟最高会議司法機関法術犯罪特別捜査部』なんて豪勢な名前がついてるんだ。それなりの人事を示してもらわねえと先々責任問題になった時に、アタシ等にお鉢が回ってくるのだけは勘弁だからな」 
 誠の隣の席に着くなり切り出す要。アイシャもその隣で頷いている。
「その件ですが、しばらくはお父様が部長を兼任することになっていますわ。まあ本当はそれに適した人物が居るのだけれど、まだ本人の了承が取れていないの。それまでは現状の体制に数人の捜査官が加わる形での活動になると思いますわ」 
 そう言いながら、茜はなぜか視線を誠に向かって投げた。要もその意味は理解しているらしく、それ以上追及するつもりは無いというように腕組みをする。
「僕の顔に何かついてますか?」