遼州戦記 保安隊日乗 2
カウラの声で渋々要はアイシャに銃を任せた。アイシャは手にしたバックに銃を入れる。
「これからはこう言うものを持ち歩きなさい」
アイシャはブリーフバックを指し示した。その重そうな持ち方から見て、彼女の愛用の拳銃H&K・USPピストルが入っていることは間違いないと誠は思った。
「それじゃあ行くぞ」
ようやく自分のペースを取り戻した要が歩き始める。夏の日差しはもうかなり上まで上がってきていた。アイシャは通り過ぎる猫を眺めながら取り出した扇子を日よけ代わりにしている。寮の駐車場は半分ほどが埋まっていた。今の時間に止まっているのは夜勤か遅番の隊員の車が大半である。ここまできて自分のバイクで出勤しますとはいえない状況に誠は運転するだろうカウラを見つめていた。
「早く開けろ。暑いんだから」
カウラのスポーツカーの前で要が呟く。またため息をついたカウラはオートロックを開いた。カウラは助手席のドアを開き、シートを倒すとそのまま後部座席に滑り込む。
「こっち来い!」
そう言うとサイボーグならではの強い力で誠を後部座席に引きずり込んだ。
「そんなに強く引っ張らなくても……」
「がたがた言うな!カウラエンジンかけろ、それから窓も開けるんだぞ!」
要の言葉に少し不愉快そうな顔をしながらカウラはエンジンをかけ、そのまま窓を開けた。
「今の時間だと駅前に向かう道は全部ふさがってるわね。裏道で行きましょ」
アイシャはそう言いながらナビを設定している。
「そうだな。引越しした直後に遅刻と言うのもつまらないからな」
そう言うとカウラのスポーツカーはすばやくバックし、そのまま切り替えして駐車場を出た。
「狭いなあ。カウラ、車買い替えないのか?」
要の言葉を無視してアクセルを吹かすカウラ。後ろを覗き込んで要と誠が密着しているのを見てこめかみを振るわせるアイシャ。
「良いんじゃないの、このままのほうが。誠ちゃんとラブラブごっこが出来るじゃない」
一瞬、アイシャの言葉が理解できなかった要だが、その視線でアイシャが何を言おうとしているのか理解すると誠の足を踏みつけた。
「もう秋かねえ」
足を押さえてうずくまる誠を見ながら要は外からの風に短めの髪をなびかせていた。カウラは誠に同情するようにバックミラーの中で笑みを浮かべている。
「じゃあクーラーは要らないな」
「おい、風情ってモノの話をしただけだ。ちゃんとつけろよ、クーラー」
要に言われなくてもカウラはもうすでにクーラーを動かしていた。
「こんな道あったんですね」
住宅街の中。大通りなら渋滞につかまって動けなくなる時間だと言うのに確かに回り道とは言えすいすいと走る赤いスポーツカー。
「このルートの方が早いのよ。まあ、誠ちゃんは原付だから渋滞とか関係ないものね。中央大通りを走れれば確かに一番早いんだけど渋滞があるから……」
アイシャは涼しげな目を細める、細い路地、他に車の姿は無かった。そして住宅街を抜けると一面の田んぼが広がっている。
「ここから先はどう行っても大丈夫よ。まあ、菱川重工の正門で出勤組みの渋滞につかまるでしょうけど」
アイシャが伸びをする。カウラはそのまま細い農道を飛ばしている。
「そう言えば今日は誰もついてこないな」
「ああ、駐車場を出て住宅街の中でまいたぞ」
あっさりとそう言ったカウラ。
「カウラ、お前なあ。せっかくの胡州の税金使って護衛してくれるって言う連中まいてどうすんだよ」
至極もっともな要の突っ込みにカウラが笑みを浮かべた。車は菱川重工豊川の正門へと続く通称『産業道路』に出た。トレーラーが次々と走っていく中、カウラはタイミングを合わせてその流れに乗った。
「何とか間に合いそうね。カウラちゃんこれ食べる?」
アイシャはガムを取り出し、カウラを見つめた。カウラはそのまま左手を差し伸べる。
「アタシも食うからな。誠はどうする?」
「ああ、僕もいただきます」
ガムを配るアイシャ。六車線の道路が次第に詰まり始めた。
「車だとこれがね。どうにかならないのかしら」
「ここじゃあアサルト・モジュールや戦闘機なんかも作ってるんだ。セキュリティーはそれなりに凝ってくれなきゃ困るしな」
工場前での未登録車両の検査などのために渋滞している道。ガムを噛みながら腕を組む要。しかし、意外に車の流れは速く、正門の自動認識ゲートをあっさりと通過することになった。
車は工場の中を進む。積荷を満載した電動モーター駆動の大型トレーラーが行きかう中を進む。
「誠ちゃん、よく原付でこの通りを走れるわね。トレーラーとかすれ違うの怖くない?」
「ああ、慣れてますから」
アイシャの問いに答えながら、すれ違うトレーラーを眺めていた。三台が列を成し、荷台に戦闘機の翼のようにも見える部品を満載してすれ違う大型トレーラー。顔を撫でるのはクーラーから出る冷気。カウラは工場の建物の尽きたはずれ、コンクリートで覆われた保安隊本部へと進んだ。
「身分証、持ってるわよね」
アイシャがそう言いながらバッグから自分の身分証を出す。
「それとこれ、返しとくわ」
アイシャに彼女の愛銃、スプリングフィールドXD40を渡した。いつも通り通用口の警備室ではマリアの警備担当宿直隊員への説教が続いていた。
「意外に早く着いたんじゃないの?」
カウラの車を見つけて振り返ったマリアが説教を止めて開けた窓ガラスに顔を近付ける。要は誠の身分証を受け取ると自分のものと一緒にカウラに渡した。
「ごめんね、おとといの一件で手間をとらせちゃって。一応上の指示だから我慢してね」
マリアは受け取った四人の身分証を詰め所の部下に渡す。マリアが言うことが海で出たアロハシャツの襲撃者のことだと思い出して誠は苦笑いを浮かべた。
「しかし、大変よね、マリアさんも。全員チェックするようになったの?」
「まあね。政治屋さん達に一応姿勢だけは見せとかないといけないでしょ」
アイシャの問いに答えるマリアに部下が身分証を手渡した。ゲートが開き、そのまま車が滑り込む。シャムのとうもろこし畑は収穫を終え、次の作付けの機会を待っていた。カウラはそのまま隊員の車が並ぶ駐車場の奥に進み停車した。
「もう来てるんだ、茜ちゃん」
助手席から降りたアイシャが隣に止まっている白い高級セダンを見ながらそう言った。
「アイシャ!遅いわよ!」
誠と要が狭いスポーツカーの後部座席から体を出すと、その目の前にはサラが来ていた。
「おはよう!別に遅刻じゃないでしょ?」
「おはようじゃないわよ!四人とも早く着替えて会議室に行きなさいよ!嵯峨筆頭捜査官がもう準備して待ってるんだから」
「どこ行くの?サラ」
「決まってるじゃないの!歓迎会の準備よ!」
サラはそう言うとそのまま走り去った。とりあえず急ぐべきだと言うことがわかった誠達はそのまま早足でハンガーに向かった。
保安隊海へ行く 31
ハンガーの前ではどこに隠していたのか聞きたくなるほどのバーベキューコンロが並んでいた。それに木炭をくべ発火剤を撒いている整備員。そんなコンロをめぐって火をつけて回っているのは島田だった。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作家名:橋本 直