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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 何を言っても無駄だというように誠は立ち上がった。アイシャの気まぐれにはもう慣れていた。そのままカウラと一緒に厨房が覗けるカウンターの前に出来た行列に並ぶ。
「席はアイシャが取っておくと言うことだ」 
 そう言うと誠に二つのトレーを渡すカウラ。下士官寮に突然移り住んできた佐官の席を奪う度胸がある隊員はいないだろうと思いながら誠は苦笑いを浮かべた。
「佐官だからっていきがりやがってなあ。オメエも迷惑だろ?」 
 喫煙所から戻ってきた要がさもそれが当然と言うように誠の後ろに並ぶ。
「両手に花かよ、うらやましい限りだな」 
 朝食当番のヨハンがそう言いながら茹でたソーセージをトレーに載せていく。それにあわせて笑う食事当番の隊員達の顔はどこと無く引きつって見えた。とりあえず緊張をほぐそうと誠は口を開いた。
「技術部は大変ですね」 
「まあな、ただ俺としてはM10は楽な機体だぜ。大規模運用を前提として設計されているだけあって整備や調整の手間がかからないように出来てるからな」
 そう言いながらヨハンは誠のトレーに乗った自家製のソーセージの隣にたっぷりと洋辛子を塗りつける。 
「だが、それ故に自由度は低いわけだな」 
 カウラの言葉をはぐらかすように笑うヨハン。
「大丈夫ですよベルガー大尉。05式の代替機にするつもりは無いですから。それに起動システム等の先進技術の入ったブラックボックスの整備はシンプソン中尉と彼女が指名した数名しかタッチするなと許大佐に言われてますから」 
「まあシン大尉ががんばってくれたおかげで何とか予算も確保できましたから」 
 ヨハンの言葉に付け加える菰田。突然自分の前に現れた苦手な部下の登場にカウラが呆れた顔をしていた。
「それは……良い知らせだな」 
 とりあえずだがカウラはそう言った。彼女に話しかけられ恍惚としている菰田の前で要が咳払いをした。
「早くしなさいよ!」 
 ようやく盛り付けが終わったばかりだと言うのに、アイシャの声が食堂に響く。
「うるせえ!馬鹿。何もしてない……」 
「酷いわねえ要ちゃん。ちゃんと番茶を入れといてあげたわよ」 
 トレーに朝食を盛った三人にアイシャはそう言うとコップを渡した。
「普通盛りなのね」 
 要のトレーを見ながらアイシャは箸でソーセージをつかむ。
「神前、きついかも知れないが朝食はちゃんと食べた方が良い」 
 カウラはそう言いながらシチューを口に運んでいる。
 誠はまさに針のむしろの上にいるように感じていた。言葉をかけようと要の顔を見れば、隣のアイシャからの視線を感じる。カウラの前のしょうゆに手を伸ばせば、黙って要がそれを誠に渡す。周りの隊員達も、その奇妙な牽制合戦に関わるまいと、遠巻きにそれを眺めている。
「ああ!もう。要ちゃん!なんか不満でもあるわけ?」
 いつもなら軽口でも言う要が黙っているのに耐えられずにアイシャが叫んだ。 
「そりゃあこっちの台詞だ!アタシがソースをコイツにとってやったのがそんなに不満なのか?」 
「あまりおひたしにソースをかける人はいないと思うんですが」 
 二人を宥めようと誠が言った言葉がまずかった。すぐに機嫌が最悪と言う顔の要が誠をにらみつける。
「アタシはかけるんだよ!」 
「良いわよ。ちゃんとたっぷり中濃ソースをおひたしにかけて召し上がれ」 
 アイシャに言われて相当腹が立ったのか要はほうれん草にたっぷりと中濃ソースをかける。
「どう?おいしい?」 
 あざけるような表情と言うものの典型例を誠はアイシャの顔に見つけた。
「ああ、うめえなあ!」 
「貴様等!いい加減にしろ!」 
 カウラがテーブルを叩く。突然こういう時は不介入を貫くはずのカウラの声に要とアイシャは驚いたように緑色の長い髪の持ち主を見つめた。
「食事は静かにしろ」 
 そう言うと冷凍みかんを剥き始めるカウラ。要は上げた拳のおろし先に困って、立ち上がるととりあえず食堂の壁を叩いた。
「これが毎日続くんですか?」 
「なに、不満?」 
 涼しげな目元にいたずら心を宿したアイシャの目が誠を捕らえる。赤くなってそのまま残ったソーセージを口に突っ込むと、手にみかんと空いたトレーを持ってカウンターに運んだ。
「それじゃあ僕は準備があるので」 
「準備だ?オメエいつもそんな格好で出勤してくるじゃねえか……。とりあえず玄関に立ってろ」 
「でも財布とか身分証とか……」 
「じゃあ早く取って来い!」 
 要に怒鳴られて、誠は一目散に部屋へと駆け出した。
「大変そうですねえ」 
 階段ですれ違った西がニヤニヤ笑っている。
「まあな、こんな目にあうのは初めてだから」 
「そりゃそうでしょ。島田班長が結構気にしてましたよ」 
 そう言うと部屋の前までついてくる西。部屋で財布と身分証などの入ったカード入れを持つ。さらに携帯を片手に持つとそのまま部屋を出た。
「なんだよ、まだついてくるのか。別に面白くも無いぞ」 
「そうでもないですよ。神前さんは自分で思ってるよりかなり面白い人ですから」 
 他人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。そんなことを考えながら廊下を駆け下りる。
「そう言えば昨日……」 
 ついてきているはずの西を振り返る誠だが、西は携帯電話に出ていた。
「ええ、今日はこれから出勤します。島田班長が気を使ってくれてるんで、定時には帰れると思いますよ」 
 気軽な調子で話し続ける西。誠は声をかけようかとも思ったがつまらないことに首は突っ込みたくないと思い直してそのまま玄関に向かう。
「神前さん、お先!」 
 そう言って本部へ急ぐ隊員達。誠は携帯の画面を開いて時間を確認する。この寮からなら普通に間に合う時間である。いつもの彼のカブで裏道を抜ければ、かなり余裕で間に合う時間だ。
「なんだ、早かったな」 
 声に気づいて振り向けばカウラが立っている。普通の隊員は隊で着替えるはずなのだが、彼女は東和軍の夏季勤務服の半袖のワイシャツ、そして作業用ズボンという奇妙な格好をしていた。
「何か気になることでもあるのか?」 
 不思議そうに尋ねてくるカウラ。
「相変わらずどうでも良いって格好じゃないの」 
 誠も見ている深夜アニメのファンシーなキャラクターのTシャツを着たアイシャが歩いてくる。
「貴様の方がよっぽど恥ずかしいと思うが」 
「大丈夫、見る人が見ないとわからないから」 
 確かにそのキャラクターが実はヤンデレで最終回に大虐殺を行う内容だったために打ち切りにされたアニメのキャラだと言うことは一般人は知らないだろう。誠はそう思いながら得意げなアイシャに生ぬるい視線を送る。
「お前等、本当に頭ん中大丈夫か?」 
 タンクトップにジーンズ。ヒップホルスターに愛用の銃を挿した要が笑う。要もアイシャも、そして誠も唖然としながら彼女が寮を出るのを見送った。
「ちょっと待ちなさい!要ちゃん!」 
 アイシャが要の肩をつかむ。そしてすばやく拳銃を抜き取った。
「要ちゃんもしかしてこのまま歩こうとしてない?」 
「だってアタシ等コイツの護衛だぜ?銃の一挺くらい持っているのが……」 
「だからって抜き身で持ち歩くな」