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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 フェデロの一言で、要とカウラの視線が彼に向かう。助けを求めるようにレベッカを見るフェデロだが、レベッカはもじもじしながら下を向いてしまった。
「余計なことは言わない方が良いな。お前も岡部もアサルト・モジュールでの本格的な実戦を経験したことは無いんだ。それに対し神前君は撃墜スコアー7機。立派なエースだ」 
「なんだよ、海軍の精鋭と聞いていたわりにはただのひよっこじゃねえか」 
 挑発的な視線を送る要だが、岡部もフェデロもそれに食いつく様子は見せない。さすがに要のわかりやすい性格が読めてきたのだろうと思って誠は苦笑いを浮かべた。ロナルドは言葉を続ける。
「我々と西園寺大尉では保安隊に所属する意味はまるっきり違う。そう遠くない時期にベルルカン大陸に保安隊の旗を持って派遣される可能性もあるだろうからな」 
 ロナルドのその言葉に場の空気は固まった。
「そうか、あそこは遼州のアキレス腱だからな。小隊一つ送るにしても、微妙なパワーバランスや政治的配慮やらでお偉いさんも及び腰になっているのが実情だ。まああそこに利権を持つロシアやフランス辺りの面子を潰さずにアメちゃんの兵隊を送り込む方法としては、そう言う発想はありなんじゃないかな」 
 一人その空気を読めていた要の言葉、ロナルドは静かに頷いた。
「例えば先月誕生したスラベニア文民政権の正当性をめぐって遼州同盟は苛立っている。占拠と言うがベルルカン大陸らしい妨害や選挙データの改ざんが噂されている。さらに後ろにあからさまに地球の大国の影がちらついているからな。再来月の出直し選挙がどういう形で行われるかであの大陸の運命が決まるかも知れない」 
 ロナルドはそう言いながら一同を見回した。
「まあ、第一小隊は同盟加盟国の法術武装組織の教導任務で手が離せない。アタシ等は目立ちすぎて動けない。そうなるとどこかからそれなりの腕前の奴を引っ張ってくるしかない。そこに遼州での存在をアピールしたかったアメリカ海軍が目をつけたって事だな」 
 要のその言葉を否定も肯定もせず、ロナルドはただ笑みを浮かべるだけだった。
「まあ、そう言うことにしておきましょう」 
 不敵な笑みを浮かべるロナルド。まあ良いとでも言うように要は自分の頭を軽く叩いた。
「買ってきましたよ!」 
 勢い良くコンビニ袋を抱えた西が駆け込んできた。 
「カウラはメロンソーダだろ?」 
 そう言うと要はすばやく西から袋を奪って、その中の緑の缶を手にするとカウラに手渡した。
「なんかイメージ通りですね」 
 岡部がコーヒーを探し当てながらカウラを見つめている。
「ああ、コイツの髪の色はメロンソーダの合成色素から来ているからな」 
「西園寺、あからさまな嘘はつくな」 
 プルタブを開けながら緑の髪をかきあげるカウラ。
「神前曹長。君はコーラで良いか」 
 手にしたコーラを誠に押し付ける岡部。苦笑いを浮かべる誠を見ながら自分の飲みたいものを探すフェデロ。
「ああ、ごめんね。マルケス中尉。アイシャはこういう時はココアなのよ」 
 ココアに手を伸ばしたフェデロを制止するサラ。
「あの、私が持っていきましょうか?」 
 そう言ったのはジンジャエールを手にしたレベッカだった。
「おう、頼めるか?」 
 要の言葉に西と目を合わせているレベッカ。
「じゃあ僕も行きます」 
 そう言うと西とレベッカが食堂を出て行った。二人は昨日と同じく楽しげな笑みを浮かべながら食堂を出て行った。
「あれだな、西の奴。そのうち誰かにシメられるぜ」 
「まあ、菰田君達は手を出さないでしょうけど」 
 パーラはサイダーを飲みながらカウラを見つめる。心外だというようにメロンソーダを飲んでいるカウラの視線が厳しさを増す。
「菰田はツルペッタンマニアだが、嫉妬深さも一流だぜ」 
 面白いネタを見つけた要は満足そうに紅茶を飲んでいた。
 誠がコーラを飲みながら食堂の窓をなんとなく見つめた。晩夏の日差しが次第に色を朱に変えつつあった。
「それじゃあ俺達は失礼するかな」 
 ロナルドが立ち上がるのにあわせて、岡部とフェデロが缶を置く。
「そば、ありがとね」 
 パーラの声に軽く手を上げて答えるフェデロ。
「ああ、上の眼鏡っ娘も連れて帰れよ」 
「ああ、そう言えばいたんだな。岡部、とりあえず呼んできてくれ」 
 ロナルドの言葉に、岡部は小走りに食堂を出て行く。
「まあいろいろ思うところはあるかもしれないが、よろしく頼む」 
「そう言うこと」 
 ロナルドはそのまま去り、フェデロが手を振る。サラは愛想笑いを浮かべながら答えた。
「ああ、疲れたねえ。でも飯まで時間が有るよな」 
「あのー今日は僕が食事当番なんですけど」 
「それがどうした?」 
 要が誠の顔をまじまじと見つめる。
「島田先輩から西園寺さん達に手伝ってもらえって言われたんですけど」 
 要が露骨に嫌そうな顔を向けてくる。
「なら仕方ないな。西園寺、アイシャを連れて来い」 
「食事当番ねえ」 
 そう言いながら要が食堂を出て行った。
「私達も手伝おうか?」 
 パーラの申し出に首を振るカウラ。
「とりあえず夜はカレーだそうです。それに整備班は今日は徹夜だそうですから、人数は20人前くらいで良いらしいですよ」 
「20人前か。大丈夫なのか?」 
 不安そうに誠の顔を覗き込むカウラ。
「やっぱり私達手伝うわね。誠君、材料は買ってあるの?」 
 要とカウラは料理を期待するのは無理。そしてアイシャについては自分がよく知っている。そのせいだろうか諦めて立ち上がるパーラ。
「一番奥の冷蔵庫にそろっているはずですよ」 
 誠はそう言うとそのままカウラとパーラ、それにサラをつれて厨房に入った。誠が食堂の方を振り返るとあからさまに嫌な顔をしているアイシャがいた。
「何よ、食事当番ならもっと適当な奴がいるじゃないの」 
 その場の全員が、自称食通ことヨハンを思い出していた。
「アイシャ……その適当な人間が今夜は徹夜なんだ。早くこっちに来てジャガイモの皮を剥け」 
 カウラの言葉にあきらめた調子でそのまま厨房に入ってくるアイシャ。
「要、鍋をかき混ぜるぐらいならできるだろ?」 
「わかったよ、その段取りになったら呼んでくれ」 
 そのままタバコを取り出し喫煙所に向かう要。パーラが取り出した食材をまな板の横で眺めているカウラ。
「ジャガイモ、牛肉、にんじん、たまねぎ」 
「ちゃんと揃えてあるのね」
 感心したようにパーラは誠を見た。 
「本来は買出しなんかも担当するんですが、今日は島田先輩が用意してくれましたから」 
 そう言うと誠はにんじんに手を伸ばした。
「カレーのルーはブロックの奴なのね」 
「ああ、この前まではシン大尉が持ってきてくれた特製ルーが有ったんですが切れちゃいましてね。まあ代用はこれが一番だろうってお勧めのルーを使っているんですよ」 
「ああ、あの人カレーにはこだわるもんね」 
 渋々厨房に入ってきたアイシャはそう言うと皮むき気でジャガイモを剥き始める。パーラは鍋を火にかけ油を敷いた。
「にんにく有る?」 
「にんにく入れるのか?」 
 要は露骨に嫌そうな顔をしていた。