遼州戦記 保安隊日乗 2
「クラウゼ少佐。図書館や欲望って言われてもぴんとこないんだけどな」
ロナルドが手を上げてそう言った。隣で岡部とフェデロが頷く。
「それはね!これよ!」
そう言ってダンボールの中から一冊のサッシを取り出してロナルドに渡すアイシャ。ロナルドはそれを気も無く取り上げた次の瞬間、呆れたような表情でアイシャを見つめた。
「わかったんですが……こんなの堂々と見せるのは女性としては品格を欠くような気がするような……」
「そういう事言う?まるでアタシが変態みたいじゃないの」
「いや、みたいなんじゃなくて変態そのものなんだがな」
後ろから茶々を入れる要。アイシャは腕を組んでその態度の大きなサイボーグをにらみつける。
「酷いこと言うわね、要ちゃん。あなたに私が分けてあげた雑誌の一覧、誠ちゃんに見せてあげても良いんだけどなあ」
「いえ!少佐殿はすばらしいです!さあ!みんな仕事にかかろうじゃないか!」
要のわざとらしい豹変に白い目を向けるサラとパーラ。とりあえずと言うことで、岡部、誠、フェデロ、西。彼等がダンボールを抱えて寮に向かった。
「そう言えば棚とかまだ置いてないですよ」
一際重いダンボールを持たされた誠。中身が雑誌の類だろうということはその重さから想像がついた。
「ああ、それね。今度もまたキムとエダに頼んどいたのよ」
「あいつ等も良い様に使われてるなあ」
誠の横を歩く要はがしゃがしゃと音がする箱を抱えている。そしてその反対側には対抗するようにカウラがこれも軽そうなダンボールをもって誠に寄り添って歩いている。
「これは私から寮に暮らす人々の生活を豊かにしようと言う提言を含めた寄付だから。要ちゃんもカウラちゃんも見てもかまわないわよ」
「私は遠慮する」
即答したのはカウラだった。それをみてざまあみろと言うように舌を出す要。
「オメエの趣味だからなあ。どうせ変態御用達の展開なんだろ?」
「暑いわねえ、後ちょっとで秋になると言うのに」
「ごまかすんじゃねえ!」
要が話を濁そうとしたアイシャに突っ込みを入れる。そんな二人を見て噴出した西に要が蹴りを入れた。
「階段よ!気をつけてね」
すっかり仕切りだしたアイシャに愚痴りながら誠達は寮に入った。
「はい!そこでいったん荷物を置いて……」
「子供じゃないんですから」
手早く靴を脱ぐ岡部。赤い顔をしたレベッカが、西の置いたダンボールを見つめている。
「二階まで持って行ったあとどうするんですか?まだ棚が届かないでしょ?」
「仕方ないわね。まあそのまま読書会に突入と言うのも……」
「こう言うものは一人で読むものじゃねえのか?」
そう言った要にアイシャが生暖かい視線を送る。その瞬間アイシャの顔に歓喜の表情が浮かぶ。自分の言葉に気づいてうろたえる要。
「その、あれだ。恥ずかしいだろ?」
「何が?別に何も私は言ってないんだけど」
アイシャは明らかに勝ったと宣言したいようないい笑顔を浮かべる。
「いい、お前に聞いたアタシが間抜けだった」
そう言うと誠の持っていたダンボールを持ち上げて、小走りで階段へと急ぐ要。
「レベッカちゃん。もし好きなのが見つかったら借りて行ってもいいのよ」
アイシャのその言葉に首を振るレベッカ。
「しかし、気前が良いな。何のつもりだ?」
カウラが不思議そうにアイシャを見つめる。
「これが布教活動と言うものよ!」
胸を張るアイシャに頭を抱えるサラとパーラ。嫌な予感がして誠はとりあえず要を追って二階に上がる。二階の空き部屋の前には要が座っていた。
「西園寺さん」
声をかけると後ろに何かを隠す要がいた。
「脅かすんじゃねえよ」
引きつった笑みを浮かべる要。誠はとりあえず察してそのまま廊下を走り階段を降りた。
「西園寺は何をしている?」
「さあ何でしょうねえ」
先頭を切って上がってくるカウラにわざとらしい大声で答える誠。再び二階の空き部屋の前には要が暇そうに立っていた。
「要ちゃん早いわね」
アイシャの視線はまだ生暖かい。それが気になるようで、要は壁を蹴飛ばした。
「そんなことしたら壊れちゃうわよ」
サラがすばやく要の蹴った壁を確かめる。不機嫌な要を見てご満悦なアイシャ。
「じゃあとりあえずこの部屋に置きましょう」
そう言うと図書館の手前の空き部屋の鍵を開けるアイシャ。
「いつの間に島田から借り出したんだ?」
「いえね、以前サラが正人君にスペアーもらったのをコピーしたのよ」
そう言うと扉を開く。誠は不機嫌そうな要からダンボールを取り上げると、そのまま部屋に運び込んだ。次々とダンボールが積み上げられ、あっという間に部屋の半分が埋め尽くされていく。
「ずいぶんな量だな」
「スミス大尉。これでもかなり減らした方なんですよ」
ロナルドにパーラが耳打ちする。
「今日はこれでおしまいなわけね」
アイシャはそう言うと寮の住人のコレクションに手を伸ばす。
「好きだねえ、オメエは」
手にした漫画の表紙の過激な格好を見て呆れたように要が呟いた。
「何?いけないの?」
「オメエの趣味だ、あれこれ言うつもりはねえよ」
開き直るアイシャにそう言うと要はタバコを取り出して部屋を出て行く。一つだけ、先ほどまで要が抱えていたダンボールから縄で縛られた少女の絵が覗いている。
「やっぱりこう言う趣味なのね」
そう言うとアイシャはその漫画を取り上げた。
「なんですか?それは」
岡部の声が裏返る。
「百合&調教もの。まさに要にぴったりじゃないの」
ぱらぱらとページをめくるアイシャ。
「だが、それを買ったのは貴様だろ?」
カウラはそう言うと、そのページを覗き込んでいる誠とフェデロを一瞥した後、部屋から出て行った。
「すまんが西、これでコーヒーでも買ってきてくれ」
食堂についたカウラが西に一万円札を渡す。
「ああ、俺も出しますよ」
そう言ってロナルドがポケットに手を伸ばすのをカウラは視線で制した。
「アイシャが出すのが良いんだけど、あの娘、漫画とか読み始めると止まらなくなっちゃうから」
パーラがロナルド達に微笑みかける。
「しかし、本当に変わった人が多いですよねえ」
ロナルドの言葉に顔を見合わせるサラとパーラ。西は敬礼してそのまま近くのコンビニへと走る。
「でも良い人が多くて良かったです」
「そいつはどうかねえ」
レベッカはそう言うと恥ずかしそうに視線を落とした。要はそんな彼女を見て笑顔を浮かべながら意味ありげに笑う。ぞろぞろとアイシャのトークショーから逃げ出した要達は食堂に向かう。薄ら笑いを浮かべる要が食堂に入りどっかりと中央のテーブルの真ん中の椅子に座る。誠もいつも通り意識せずにその隣の席を取る。反対側に座ったカウラがいつものように冷たい視線を送るが、まるで気にする様子は無い。
「しかし、神前君は良い上司に恵まれてるな」
ロナルドは気を利かせたレベッカからぬるい番茶の入った湯飲みを受け取るとそれを口に含んだ。
「そうかねえ、俺にはそうは思えないけどな」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作家名:橋本 直