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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 そう吐き捨てるように言うと要はタバコに火を点す。そのまま大きく息を飲み込み、天井に向けて煙を吐いた。
「私がいるとまずいことでもあるのか?」 
 そんな要の態度に苛立ちながらカウラが要の前に立った。
「ああ、目障りだね」 
 そう言いながらまたタバコを口にくわえる。
「あの、良いですか?」 
 にらみ合う二人に声をかけたのはレベッカだった。後ろにはロナルド、岡部、フェデロが立っていた。
「何だよ。タバコを止めろとか言うのは止めとけよ」 
「違います。これをもってくるように言われたので」 
 そう言ってレベッカがスーパーのレジ袋を差し出した。とりあえず誠がそれを受け取って中身を見る。
 手打ちそばが入っていた。よく見ればロナルドがねぎを、岡部がめんつゆを持っている。
「隊長にこれをみんなで食えって渡されたんだが。あの人は一体、何しに本部まで来てるんだ?」 
 ロナルドがカウラの方に目をやる。
「昨日言ってた引越しそばだな。誠、パーラを呼んでくれないか」 
 カウラの言葉に誠はそのままアイシャの部屋の前に向かった。キムをはじめ、手伝っていた面々はダンボールから漫画を取り出して読んでいた。
「パーラさんいますか?」 
「何?」 
 部屋の中からパーラが顔を出す。当然、彼女の手にも少女マンガが握られていた。
「なんか隊長がそば打ったってことで、レベッカさん達が来てるんですけど」
 すぐに大きなため息をつくパーラ。 
「隊長はこういうことだけはきっちりしてるからね。アイシャ!後は自分でやってよ」 
 そう言うと漫画をダンボールに戻してパーラは立ち上がった。
「エダ、サラ、それに西君。ちょっとそば茹でるの手伝ってよ」 
 パーラの言葉に漫画を読みふけっていたサラ達は重い腰を上げた。パーラは一路、食堂へと向かった。
「シンプソン中尉!それにスミス大尉。こっちです」 
 喫煙所前でたむろしていたロナルド達に声をかけると、パーラはそのまま食堂へ向かった。
「そばか、いいねえ」 
 タバコを吸い終えた要がいる。
「手伝うことも有るかも知れないな」 
 そう言うとカウラは食堂へ向かう。
「何言ってんだか。どうせ邪魔にされるのが落ちだぜ」 
 要はあざ笑うようにそう言うとそのまま自分の部屋へと帰っていった。誠は取り残されるのも嫌なので、そのまま厨房に入った。
「パーラさん。こっちの大鍋の方が良いんじゃないですか?」 
 奥の戸棚を漁っている西の高い音程の叫び声が響く。
「しかし良い所じゃないか。本部から近いしこうして食事まで出る」 
「建物はぼろいですけどね」 
 ロナルドに声をかけられて、誠は本音を漏らした。カウラがきつい視線を送ってくるのを感じて、誠はそのまま厨房に入った。
「誠君。ざるってある?」 
「無いですね。それに海苔の買い置きって味付けしか無いですよ」 
 誠は食器棚を漁っているパーラに答えた。
「わさびはあるわ。それにミョウガも昨日とって来たのがあるわよ」 
「グリファン少尉。あんまりそばの薬味にはミョウガを使わないと思うんですけど」 
「冗談よ!」 
 西に突っ込まれて、サラは微妙な表情をしながら冷蔵庫から冷えた水を取り出した。
「まだ早いわよ。じゃあ金ざるで代用するから。あと誠君は手伝うつもりが無かったら外で待っててくれない?」 
 大なべに火をつけるパーラ。その剣幕に追われて誠は食堂に追い出された。
「追い出されたのか?」 
 喫煙所でタバコを吸うわけでもなくロナルドが笑っていた。岡部もフェデロも微笑みながら誠を見ている。
「そう言えばお三方は明石中佐から何か言われませんでしたか?」 
「それならコイツが絡まれてたな」 
 フェデロが親指で岡部を指す。
「一応、俺は西相模工大付属で神奈川県大会決勝まで行ったからな。そのときの資料とか見せられたよ。あの人も相当な野球馬鹿だね」 
 岡部の言葉に感心するカウラ。そして聞き飽きたと言うように窓に視線を飛ばすロナルド。
「ちなみにポジションは?」 
「ピッチャーですよ。まあ海軍士官学校ではアメフトやらされていたのでかなり勘は鈍ってると思いますけど。明石さんは外野と控えのキャッチャーを頼みたいって言われました」 
 そう言うとレベッカから冷えた水を受け取った。
「そう言えばヨハンが控えのキャッチャーだが、あいつはよくパスボールをするからな」 
「さらに肩もあんまり強くないですしね」 
 誠はカウラの言葉を補うように言うと、岡部は興味深げに笑った。
「しかし、実業団リーグに加入してるのは西東都では何チームぐらい有るんですか?」 
 岡部はそのまま視線をカウラに向けた。
「50チーム前後くらいだな。中でも菱川重工豊川が群を抜いて強い。他にも熊笹運輸、西東都建設、豊川市役所、ミリオン精工あたりが有力チームと言った所か」 
「豊川市役所は東都理科大でバッテリーを組んでた佐々岡がいますからね」 
 誠は思い出していた。
『バッテリーだけは一部リーグでも通用する』 
 それが東都理科大野球部の売り台詞だった。誠の得意球である縦の高速スライダーを見極める佐々岡がいたから、そして彼の長打力が弱小チームを常勝集団と変えることになったあの頃。誠と佐々岡のバッテリーは、東都下部リーグの試合だと言うのに数多くのスカウトが目を光らせる試合となった。だが三年の冬に、誠は練習中に肩を壊した。それ以来スカウトはぱたりと来なくなった。
 手術の後、リハビリをしようとしない誠に愛想を尽かしたように公務員試験に専念すると言って、佐々岡も野球部を去った。その佐々岡は今では豊川市役所野球部の正捕手の座についていた。春の地区大会では準決勝でドラフト即戦力が居並ぶ菱川重工豊川投手陣から三安打を放ち、プロのスカウトの隠し球の一人として注目されていたが、誠が聞いた限りではプロに行くつもりは無いと言うことだった。
 黙って話を聞いていたロナルドが口を開く。
「俺も聞いたことがあるぜ。レイズの四番の久慈がいたのが菱川重工豊川だろ?他には日本、台湾、朝鮮のプロリーグにも選手出してるんじゃないのか?」 
「千葉の横田投手、台北の北川遊撃手、プサンの福島捕手ですか。意外にスミスさんも詳しいじゃないですか」 
「まあ岡部の買った雑誌をちょこっと読んでね。こいつこう見えて結構まめでね。ちゃんと注目選手には蛍光ペンでライン引いてるんだもんな」 
 ロナルドにそう言われて照れ隠しに岡部はコップの水を飲み干した。
「盛り上がってるねえ」 
 そう言って再び喫煙所に顔をだす要。露骨に不機嫌そうな顔になるカウラを無視してそのまま誠の隣のパイプ椅子に座った。
「一応、アタシが監督だ。確かに外野と控えのキャッチャーがいないんでな。チーム力はそれなりだな。岡部、肩は自慢できるんだろ?」 
 挑発的に流し目を送る要に、岡部は低い笑い声を立てた。
「まあ見ててくださいよ。正捕手の座を取りに行きますから」 
「いいねえ、強気で。誠。こんくらいの勢いがねえとこの商売やっていけねえぞ」 
 食堂から水を運んできたレベッカからコップを受け取ってゆっくりと飲み干す要。