遼州戦記 保安隊日乗 2
シャムの相棒、吉田俊平少佐。要よりも電子戦に特化した義体を持つ食えない上官がシャムの思い付きを具体化したのかと想像するとさすがの誠も納得できた。
「サバイバル知識が売りだって言うけど、オメエが野生化すれば超えられるってことで作ったメニューなんだろ?」
突っ込む要。ようやくこの言葉でカウラやサラも和んだ表情を浮かべる。
車は産業道路から駅前の大通りに向かう近道の路地に乗り入れた。
「遼南レンジャー章って、ナンバルゲニア中尉以外持ってる人、居ましたっけ?」
要に話をさせると面倒なことになると思った誠が必死に話題を振る。
「シュバーキナ少佐とシン大尉。それに隊長が持っているんじゃないか?」
カウラはとりあえず誠に話をあわせてくれた。
「叔父貴?持ってねえよ。まあいつも出動時にカレー粉が無いって大騒ぎしてるけど、そいつは前の大戦の時、補給路断たれた時からの習慣だろ?」
カレー粉の話は誠も軍に入ってすぐ聞かされた。レンジャー資格持ちの教官が戦闘に最も必要なものとして上げたのがカレー粉だった。潜入工作戦で、蛇や蛙を食料にする時に絶対必要である。その熱弁ぶりは遼南レンジャー課程の案内書でよくわかっていた。
「でも凄いですよ、シャムさん」
珍しくシャムを本心から褒めてみた誠。そんな彼を中間の座席から身を乗り出して見つめてくるシャム。
「そう?照れちゃうな!」
もう慣れ過ぎて気にならなくなった猫耳を揺らしながらシャムが呟く。
「なんだ。神前、オメエはレンジャー希望か?」
「そんな事ないですけど、先々そっちの資格が必要になる事も……」
ここで要が大きなため息をついた。
「安心しろ。オメエに勤まるはずねえから。それよりシャム。何で水着を買わないのに来てるんだ?」
全員の視線がシャムに集中する。突然注目されて不思議そうな表情を浮かべるシャム。
「別にいいじゃん。今週、食玩の発売今日なんだ」
得意げなシャム。駅前の渋滞を避けようと入った路地で対向車に出会ってバックを始めたパーラ。隣でアイシャが対向車の老夫婦に頭を下げている。
「大人買いするのか?」
カウラがそう言うとシャムが目を輝かせる。誠やアイシャに付き合うことが多くなったカウラはようやく『大人買い』の意味がわかったので使いたくて仕方ないのだろうと誠は苦笑いを浮かべる。
「シャムちゃんよく言ったわね。私も忘れるところだったわ。でも積めるかなあ……誠ちゃんも買うんでしょ?」
対向車をやり過ごしてほっとしていたパーラの隣から顔を出してアイシャが振り向いてそう言った。
「今月ちょっとプラモ買いすぎて金欠なんですよ」
「確かに。寮でも神前が出かけると必ず山のようにプラモを抱えて帰ってくるの有名だからな」
島田はそう言うと誠の方を見た。誠のプラモは一部のガンマニアの隊員のエアガンと並んでやたらと増え始めた玩具として寮では良く話題に上がった。
「そんないつもじゃないですよ!菰田先輩とか西君が勝手に広めてるだけです!」
誠はそう言い切った。だが、アイシャもカウラも要もまるで信じていないと言うように生暖かい視線で誠を見つめてくる。
「そう言えば誠ちゃん、ガレージキットで05式乙型出てたわよ」
アイシャがそう言うと、プラモマニアである誠は自然と前のめりにならざるを得ない。それも自分の愛機の話となれば誠としては当然のことだった。
「ガレキですか?高いからなあ。イタリアとかのメーカーが出すまで待ちますよ」
そう言いつつ自分の頬が緩んでいるのを誠は自覚していた。
「本当にオメエはマニアだな。イタリアのプラモっていいのか?」
要が珍しくこんなネタに食いついてきたので、少し誠は意外に思った。それと同時にこれは語らなければと言うマニア魂に火がつく。入り組んだ路地に大型車で乗り込んだことを少し後悔しているパーラも時々ちらちらと誠達を振り返る。
「まあ売れ線なら日本のメーカーが出すんですけどね。でも05式は地球ではシンガポール以外は採用予定は無いみたいで、売れそうに無いですから。こういうのはマニアックな品揃えのイタリアかロシアのメーカーの発表待ちになるんですよ」
「よく知ってるな。そう言えば西がレシプロ戦闘機のプラモ作ってるな」
最年少ながら技術部の新星として期待されている西の話題。島田のそんな言葉にも当然のように誠は食いつく。
「渋いですねえ。僕はどちらかと言うと戦闘機より戦車のほうが好きなんですよ」
あたりは夏の長い日のおかげで赤く染まっていた。渋滞で有名な三叉路を迂回したサングラスをかけたパーラだったが、その大型の四駆は今度は駅ターミナルに向かう渋滞に巻き込まれていた。
「いつも混むわねこの道。都市計画間違ってんじゃないかしら?」
「アイシャ、愚痴るなよ。駅前のマルヨは夜10時まで営業だぜ」
普段なら一番にぶちきれる要がアイシャをたしなめている。要は誠の隣の席で鼻歌交じりに窓の外を眺めていた。
「マルヨに行くの?だったらアニクラの割引券使えるね!」
豊川一の百貨店マルヨの隣、雑居ビルのアニメ専門店の割引券をズボンのポケットから取り出してシャムが笑っている。
「あのなあ、アタシ等は水着買いに行くんだからな。お前とアイシャで勝手に行け」
きつい言葉だが要は笑っている。
「ひどいなあ、要ちゃん」
どこと無く不思議そうな顔をしながら薄ら笑いを浮かべるシャム。
どこか要の様子がおかしい。車内の全員が気づいていた。
渋滞である。いつもなら要のいかに豊川市の都市計画が間違っているかと言う演説が始まるには十分な時間だけこの車は動いていない。それなのに要は特に何をするというわけでもなくじっと座って赤く染まる街を見つめている。
どうやら初めて男性に水着を選んでもらえるのがうれしいようだと言うことはわかった。そうはわかっていても、今日の要はどこかおかしいかった。
「あのさあ、要。なにか悪いものでも食べたの?」
アイシャが恐る恐るたずねる。気分屋の要。下手に刺激をしたくないところだった。
「何言ってんだよ。今日は食堂で冷やし中華食べただけだよ」
「そうなんだ……」
普段ならどうでもいいことでも噛み付いてくる要が大人しい。
「パーラ、そこの脇道右折だ。そうすればマルヨの駐車場まで一直線だぞ」
要の不気味な上機嫌ぶりを気にしながらパーラは彼女の言うままにロータリーに向かう道から抜けて裏道に入った。
中々落ちない真夏の太陽。その最後の一仕事とでも言うように水平に近い角度の西日が車内を熱する。さすがに顔にあたる強い日差しにうんざりする車内の人々。
「パーラ。クーラー強くしないのか?」
人工皮膚で日焼けの心配の無い要がにやけながら運転席のパーラにけしかける。
「西園寺。給料日は来週だぞ」
思わず微笑みの止まらない要に探りを入れてみるカウラ。
「何でそんな事言うんだ?」
カウラの顔をまじまじと見つめる要。間に居る誠は非常に居づらい雰囲気を感じて、前の席に座る人々に目で助けを求める。だが彼らも誠と考えることは同じ。誰一人振り向く者はいなかった。
「宝くじでも当たったの?」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作家名:橋本 直