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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 誠の宣言にしょげ返った要。彼女は気分を変えようと今度はタバコに手を伸ばした。
「それとこの匂い。入った時から凄かったですよ。寮では室内のタバコは厳禁です」 
「それ嘘だろ!オメエの部屋でミーティングしてた時アタシ吸ってたぞ!」 
「あれは来客の場合には、島田先輩の許可があれば吸わせても良いことになっているんです!寮の住人は必ず喫煙所でタバコを吸うことに決まっています!」 
「マジかよ!ったく!失敗したー!」 
 そう言うと要は天井を仰いでみせた。
「じゃあ始めんぞ。ついて来い」 
 要は気分を切り替えると急に立ち上がる。誠は半分くらい残っていたビールを飲み下して要の後に続く。誠が見ていると言うのに、ぞんざいに寝室のドアを開ける要。
 ベッドの上になぜか寝袋が置かれているという奇妙な光景を見て誠の意識が固まる。
「あれ、何なんですか?」 
「なんだ。文句あるのか?」 
 そのまま部屋に入る要。ベッドとテレビモニターと緑色の石で出来た大きな灰皿が目を引く。机の上にはスポーツ新聞が乱雑に積まれ、その脇にはキーボードと通信端末用モニターとコードが並んでいる。
「なんですか?これは」 
 誠はこれが女性の部屋とは思えなかった。『高雄』のカウラの無愛想な私室の方が数段人間の暮らしている部屋らしいくらいだ。
「持っていくのは寝袋とそこの端末くらいかな」 
「あの、西園寺さん。僕は何を手伝えば良いんですか?」 
 机の脇には通信端末を入れていた箱が出荷時の状態で残っている。その前にはまた酒瓶が三本置いてあった。
「そう言えばそうだな」 
 要は今気がついたとでも言うように誠の顔を見つめる。
「ちょっと待ってろ。テメエに見せたいモノがあるから」 
 そう言うと壁の一隅に要が手を触れる。スライドしてくる書庫のようなものの中から、要は小型の通信端末を取り出した。明らかに買ったばかりとわかるような黒い筐体を手渡す要。さらに未開封のゲームソフトらしいモノをあわせて取り出す。
「誠はこう言うのが好きだろ?やるよ」 
 誠は要の顔を見つめた。要はすぐに視線を落とす。
「もしかしてこれを渡すために……」 
「勘違いすんなよ!アタシはもう少しなんか運ぶものがあったような気がしたから呼んだだけだ!これだってたまたまゲーム屋に行ったら置いてあったから……」 
 そのまま口ごもる要。誠はゲームソフトを見てみる。どう考えても要が買うコーナーには無いギャルゲーである。
「心物語ですか。主人公キャラが男女二人になって、どちらからでも攻略できるんですよね。確かアイシャさんが18禁バージョンの限定版を三つ確保したとか自慢してましたけど」 
「アイシャの奴買ってたのか?」 
「まあこういうゲームの収集はアイシャさんの守備範囲ですから」 
「そうか……」 
 がっくりとうなだれる要。誠はどう慰めようか言葉を選ぼうとした時に、窓の外に一本のロープがぶら下がっていることに気づいた。
「西園寺さん……」 
 誠の言葉よりも要の行動の方が素早かった。机の引き出しから愛銃XD40を取り出した要は、そのままベランダに出るための窓を静かに開けた。
 ロープは静かに揺れている。誠はそのまま要の後ろをつけて行った。要はハンドサインで静かにするように伝えるとそのままロープの真下に座り込んだ。何者かが明らかにこのマンションを上ろうとしている。要は突如立ち上がると、ベランダの向こうにいる侵入者に銃を向けた。
「撃たないでー!」 
 間抜けなシャムの声が響く。誠はそのままベランダの下を見下ろした。シャムと吉田がマンションの壁面を登ってきていた。あまりに間抜けな光景に、誠は唖然とした。
「どうもー……」 
 消え入るような声で、ベランダに降り立つシャム。
「こいつ、結構使えるな。キムに教えてやるか」 
 ベランダに降り立った吉田が左腕を前に突き出す。手首の辺りで腕が上下に裂け、中にグレネードランチャーの発射装置のようなものが見えた。
「なんだ、またギミック搭載したのかよ」 
「まあな。でも結構便利だぞ。お前も今度義体換えるときやってみれば?」 
 そう言うと左腕を元の形に戻して要の寝室にさも当然と言うように入り込む。
「靴ぐらい脱げ!馬鹿野郎!」 
 要の叫び声に慌てて靴を脱ぐシャムと吉田。二人は靴を誠に手渡す。仕方なく誠は玄関に靴を運んで行った。
「今日は第一小隊は待機じゃないんですか?」 
 誠の言葉ににんまりと笑う吉田。
「どうせすることも無いからな。隊長が『要が神前を拉致ったらしいから様子を見てこいや』って言うもんで見に来たんだけど……なんもしてないんだな」 
「オメエ等帰れ!黙っといてやるから今すぐ帰れ」 
 怒りに震える要。それを無視するようにシャムがとりあえずベッドの上に置いた誠がもらったゲームソフトに目を付ける。
「心物語だ!これって結構人気なんだよね。誰の?要ちゃんの?」 
「うぜえんだよ餓鬼!そいつはアタシが誠に……」 
 勢いで吐きかけた言葉の意味を理解して要が口ごもる。吉田、シャムの二人はにんまりと笑いながら誠と要を見回した。
「へー、プレゼントしたんだ。良かったね!誠ちゃん!」 
 シャムが屈託の無い笑顔で誠を見つめる。誠は頭を掻きながらそんなシャムを見ていた。
「それにしても汚ねえ部屋だねえこりゃ」 
 呆れ果てたと言う表情で埃の積もった床の上に足先で線を描く吉田。
「余計なお世話だ!」 
 そんな吉田の頭を小突く要。明らかにいつもの不機嫌な要の姿に戻っていた。
「これじゃあカウラの部屋の方がまだましなんじゃねえか?」 
 靴下に付いた埃を見て顔をしかめた吉田がそう言った。カウラと言う言葉を聴いて、要の目に殺気がこもる。
「そんな目で見るなよ。それより後三時間後にあまさき屋に集合なんだけど、この様子じゃあすることないな」 
「だったら帰れよ、な?」 
 敵意むき出しで吉田を見つめる要。
「あまさき屋で何するんですか?」 
 誠は要と吉田の間にさえぎるように体をねじ込んで尋ねる。
「聞いてないのか?アイシャには伝えたはずなんだけどな」 
「忘れてるな。まああいつは引越しとなるとねえ……どれだけのものを持ち込むかわからねえからな」 
 気を落ち着かせようとタバコを取り出す要。
「明後日から俊平とアタシ、遼南に出張でーす!」 
 ライターに伸ばされた要の手が止まる。
「法術がらみだな」 
 ふざけていた要の表情に生気が戻る。それを見て黙って吉田は頷いた。
「まあそう言うこと。遼南軍や警察でもかなり法術適正者が発見されたってことで、御子神さんの戦闘技術指導のお手伝いに行くってわけだ。まあ、隊長が監修した面白くもねえビデオ上映して、さらにこいつの原稿棒読みの講義とか……、とにかくつまんねえことをしにいくわけだ」 
 シャムはふくれっつらをするが、特に言葉を出すわけではなかった。
「なるほどねえ、それであのアメリカさんの歓迎会を今日やるわけだ」
 要はそう言うと寝室にもしっかり置いてある開封されたタバコの箱を手に取った。 
「それと俺等の壮行会な。しかし、まああのシンプソン中尉って結構かわいいよな」