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遼州戦記 保安隊日乗 2

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「どうせ二階でエロゲでも隠してたんじゃないの?」 
 アイシャは近くの湯飲みを取ると、ソンからやかんを取り上げて番茶を注いだ。
「なんだ、菰田達。いたのか」 
 そっけなく言ったカウラの言葉にヒンヌー教徒は身悶えんばかりの顔をした。
「あなた達ちょっとキモイわよ」 
 そう言うと隣のテーブルに座ったアイシャ。その隣に要が座り、その視線は誠に注がれている。選択の余地が無いというように誠は要の正面に座った。その隣に座ろうとするカウラをにらみつける要だが、カウラは気にせず誠のとなりに当然のように座った。
「お待たせしました!やっぱり今日みたいな日はそうめんでしょ!」 
 そう言うと春子と小夏の親子がそうめんを入れた土鍋を持ってくる。
「女将さん、それじゃあ鍋でもやるみたいじゃないですか?」 
「ちょうどいい大きさの器が無くって、ボールじゃあ味気ないし、すぐあったまっちゃうでしょ?」 
 要の言葉に春子は聞き分けの無い子供にでも言うような口調で語る。
「黙って食え!外道!」 
 小夏が叩きつけるようにめんつゆを要の前に置く。そしてそれに答えるように要も小夏をにらみつける。
「すいません!遅れました……ってそうめんですか!いいっすねえ」 
 機械油がしみこんだ手で額を拭いながら島田が現れる。続いてサラとパーラが大きなボトル入りのジュースを何本か抱えて入ってくる。
「じゃあこれは私達でいただきますね」 
 茜はそう言うと一番大きな鍋を持って島田とサラ、そしてパーラが着いたテーブルにそれを置いた。
「薬味はミョウガか。買ったのか?」
 カウラは感心したようにつゆにみょうがのかけらを入れる。 
「ああ、それなら裏にいくらでも生えてますから」 
 島田がつゆの入ったコップに多量のねりがらしを入れている。
「島田さんそれじゃあ入れすぎ……」 
 心配そうに見守る茜。
「大丈夫よ、正人は辛いの好き……」 
 そう言いかけてサラの島田を見ていた目の色が変わる。島田が突然身悶えながらのけぞった。
「馬鹿が、入れすぎだったんだろ?おい!麺つゆの瓶よこせよ」 
 その様子を見ながら要は静かにそうめんをすすった。要はそう言うと菰田につゆを取らせた。
「塩辛くならないか?」 
 そうめんの鍋に手を伸ばすカウラ。
「そんなだからいつも血圧高いのよ」 
 そう言ってそうめんをすするアイシャ。要は二人の言葉を無視して濃いめのつゆを作り終わると鍋の中のそうめんに手をつけた。
「いいねえ、夏ってかんじでさ」 
 鍋の中のそうめんを箸で器用につまむ要。誠は遠慮がちに箸を伸ばす。
「飲み物あるわよ」 
 パーラがそう言うとコーラのボトルを開けた。
「ラビロフ中尉!オレンジジュースお願いします!」 
「じゃあ俺はコーラで良いや」 
「ジンジャーエール!」 
 菰田、ヤコブ、ソンの三人が手を上げている。
「アタシは番茶でいいぜ。誠はどうするよ」 
「僕も番茶で」 
 要が一口でそうめんを飲み下すとまた鍋に手を伸ばす。誠はたっぷりとつゆをつけた後で静かにそうめんをすすった。
「私も番茶で良い。甘いものはそうめんには合わない」 
「そう?私コーラが欲しいんだけど」 
 ゆっくりとそうめんをかみ締めるカウラ。アイシャは手にしたコップをパーラに渡す。
「じゃあ俺はオレンジジュースをもらおうかな」 
 島田は菰田に対するあてつけとでも言うようにパーラが菰田のために注いだばかりのオレンジジュースを取り上げた。むっとした菰田を無視してそれに口をつける島田。サラが気を利かせてすぐさまオレンジジュースをコップに注ぐと菰田達の下にジュースを運んだ。
「ここ数日は本当に夏らしいわねえ」 
 少なくなった鍋の中のそうめんをかき集めながらアイシャがしみじみとそう言った。その言葉でなんとなく黙り込んだ人々。夏らしい気分と先日の海の思い出。それぞれに反芻しているようにも見えた。
「そう言えば荷物とかは良いんですか?」 
 誠は食べ終わったというように番茶を飲んでいる要に尋ねた。
「まあ、アタシはベッドと布団くらいかな、持ってくるのは。それより、こいつはどうするんだ?」 
 要が指差した先、そうめんをすすっているアイシャがいた。
「まあ、一度には無理っぽいし、トランクルームとか借りるつもりだから。まあテレビがらみの一式と漫画くらいかなあ、とりあえず持ってこなきゃならないのは」 
「おい、あの量の漫画を運ぶ気か?床抜けるぞ」
 冷やかす要だがアイシャは表情を変えずに言葉を続ける。 
「私は漫画が無いと寝れないのよ。それに全部持ってくるつもりも無いし」 
 そう言うとアイシャはめんつゆを飲み干した。
「ご馳走様。ちょっとパーラ、コーラまだ?」 
 黙ってパーラがアイシャにコーラを渡す。アイシャは何も言わずに受け取ると、一息でコーラを飲み干し、空いたグラスをパーラに向ける。
「あのね、アイシャ。私まだ食べてないんだけど」 
 恨みがましい目でパーラはアイシャを見つめた。
「大丈夫よ、そうめんならまだあるから」 
 箸を置く春子の優雅な姿を見とれていた誠だったが、わき腹を要に小突かれて我に返った。
「俺はもう良いや。パーラさんもっと食べてくださいよ」 
 オレンジジュースを飲みながら島田も箸を置いた。
「そうね、あのアイシャの部屋を片付けに行くんだものね。それなりの覚悟と体力が必要だわ」 
 サラはそう言うとニコニコしながら急いで麺をすすっているパーラを眺める。
「なによその言い方。まるでアタシの部屋が汚いみたいじゃないの!」 
「汚いのは部屋じゃなくてオメエの頭の中だもんな」 
 濃い目のつゆを飲みながら要が言ったその言葉に、思わずアイシャが向き直った。
「あなたの部屋なんて、どうせ銃とか手榴弾が転がってるんでしょ?そっちの方がよっぽど問題なんじゃない?」 
 アイシャの言葉に要はまったく反応しない。そのまま口直しの番茶の入った湯のみを口元に運ぶ。
「それは無い。私が行った時には手書きのタイガースのスコアーブックが一面に散らかっていただけだ」 
 同じように番茶をすすっていたカウラの言葉にお茶を噴出す要。
「らしいわね。まるで女の子の部屋じゃ無いみたい」 
「そう言うアイシャの部屋の漫画もほとんど誠ちゃんの部屋のとかわらない……」 
 サラが言葉を呑んだのはアイシャの頬が震えているのを見つけたからだ。
「はい、皆さん食べ終わったみたいだから、片付け手伝って頂戴」 
 春子が気を利かせて立ち上がる。黙って聞き耳を立てていた菰田達もその言葉に素直に従って空いた鍋につゆを入れていたコップを放り込む。
「島田。何もしなかったんだからテーブルくらい拭けよ」 
 そう言うと菰田は鍋を持って厨房に消えた。
「どうせあいつも何もしてねえんじゃないのか?まあいいや、サラ。そこにある布巾とってくれるか?」
 サラから布巾を受け取った島田はサラと一緒にテーブルを拭き始める。
「おい、誠」
 要の言葉に振り向いた誠。そこには珍しくまじめな顔をした要がいた。
「ちょっと荷物まとめるの手伝ってくれよ」 
 そう言うとそのまま頬を染めてうつむく要の姿に、誠は違和感を感じていた。