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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 アイシャは少しばかり展開を読み違えたかと言うように誠に笑顔を向けた後、島田から受け取ったメモ帳を丸めてそれで手を叩きながら実働部隊の詰め所を後にした。
「煽ったのは自分なのに……ねえ」 
 そう言い残すと島田について出て行く赤毛のサラ。パーラも疲れた表情でそれに続く。
「仕事が絡まないと元気なんだな」 
 カウラはつい誠が提出した書類から目を離してポツリとそうつぶやいていた。


 保安隊海へ行く 2


 夏の日差しが西に輝く終業後。誠が駐車場の裏に着いた時には、すでに水着買出しツアーの面々は顔をそろえていた。
「遅せえぞ!誠!」 
 要がパーラのパールホワイトの四輪駆動車の前で大声を上げていた。いつものように第二小隊が、特に要がいる場所には他の隊員の目が集まることになることが多い。要の私服は黒いタンクトップにジーンズ、靴はライダーブーツだった。色白な腕に、人工皮膚の継ぎ目が目立つ。誠はそれを何度か見つめすぎて、要に殴られたことがあった。
「すみません!遅くなりました」 
「あれか?シンの旦那の残していった宿題か?」 
 要が言うのは来週末まで長期休暇を取っている保安隊管理部部長、アブドゥール・シャー・シン大尉から誠に出された宿題だった。隊にシミュレータが無いと言うことで05式のシミュレータ機能を利用しての法術兵器の発動訓練がその宿題だった。
 西モスレムの機密性の高い法術兵器開発部門で毎日のように、法術兵器のテストに立ち会った経験もあるシンの助言。それを受けて吉田が組んだシミュレーション課題をこなす。それが隊の基礎体力トレーニングと並ぶ誠の日課になっている。今回の長期休暇で愛妻家として知られるシンは家族との夏休みを満喫する為、生まれ故郷の西ムスリムに帰っていた。
 しかし『保安隊の良心』とあだ名されるシンである。毎日シンの通信端末に送った報告書の評価には辛らつな言葉が書かれて送り返されてくる。
「神様じゃねえんだ。あの旦那の小言に付き合ってたら死んじまうぞ」 
 要は時に深夜までレポート作成に頭を悩ましている誠にそう言うこともあった。カウラがその後任となるまで第二小隊の隊長を務めていた、敬虔なイスラム教徒。自他共に厳しい人物と言うこともあって、要もそれなりに鍛えられたのだろう。
「全員揃ったところで出発ね」 
 珍しく白いワンピースに白いハイヒールと普通な格好のアイシャはそう言うと、誠の手をとって後部座席に入ろうとするが要はそれを遮った。
「どうぞ助手席にお乗りください、少佐殿!」 
 にんまりとタレ目をひけらかす要。しかし、そう言われてしまえばアイシャに勝ち目はなかった。未練がましい視線を誠に投げかけながら助手席に座るアイシャ。
「カウラ、奥に行け。誠、座れるか?」 
 後部座席は奥にいつものように東和軍夏季制服を着込んでいるカウラ。隣に誠、そして手前に要が席を取った。中間の座席には赤いキャミソールのサラと白いTシャツの袖を脇までたくし込んでいるシャムが並んで座り、その隣で島田がシャム越しにサラと手を振り合っている。
「じゃあ運転頼むぞ中尉殿」 
 要は素面だと言うのに何時に無くテンションが高い。運転席で後ろの面々を見回して苦笑いを浮かべながらパーラは車のエンジンを響かせた。
「ずいぶんはしゃぐわね。もしかしてあなたも水着を選んで貰うの初めてじゃないの?」 
 アイシャが口を開くと、急に沈黙が訪れた。アイシャ以外の全員の額に脂汗が流れる。要の対応次第では車が傷つくと言うことを想像して中でもパーラの表情は硬いものに変わった。通用門で手を振る警備部員達に応えて笑い返す表情が引きつっているのも誠には見えていた。
「図星か」 
 もう一人空気を読まない人物が居た。カウラは誠越しに要の方を見やる。
「だったらなんだよ!」 
 誠越しにカウラを睨む要。だがカウラは別に気にする様子もなかった。
「別にどうと言う事はない。私は初めてだ」 
 そう言って座りなおすカウラ。要もようやく安心したように背もたれに体を投げる。
「ベルガー大尉。こいつの趣味だとピンクのフリル付きの奴を選びますよ」 
 ニヤ付いていた島田が誠を指差してそう言った。満面の笑みの島田。当然のことながら嫉妬で目つきが鋭くなるサラが見つめている。
「何で分かる?」 
「昨日の『思い出』のあかりちゃんが着てたのがそんな感じよね!」 
 島田を見つめるサラの視線の原因をまったくわかっていないシャムがそう言ってサラの手を握り締めた。
「シャムが前言ってた、カウラ似のヒロインが出てくる深夜アニメか?」 
 カウラを見ながら要が口を挟む。その言葉にハッとしたようにカウラの視線が誠に向かう。複雑な笑顔を浮かべる誠。その表情があまり気分のいいものではなかったのか、すぐにカウラはシャムに目を向けた。
「髪の色だけだと思うぞ、私と似ているところは」 
 アニメ雑誌を目の前に出され、散々シャムとアイシャに見せ付けられたキャラクターを思い出してカウラはそう言った。
「似てるじゃねえか、胸の無いところとか」 
 上機嫌の要。そして車内は沈黙した。
「貴様はそれしか言う事ないのか?」 
 カウラは要の胸を見ながらそう言った。要自身は『遺伝子レベルで成長する予定だった』胸のラインは薄着で誇張されているとは言え、カウラを黙らせるには十分だった。要と事情が飲み込めていないで笑っているシャム以外は口を挟めない雰囲気。まもなく菱川重工豊川工場の巨大な敷地を出ると言うところまで、ただ耐え難い沈黙が続いていた。
「まあ良いや。それよりシャム。遼南のレンジャー訓練、今年は行かなくていいのか?」 
 上機嫌な要がシャムに話を振る。誠や島田、そしてサラがようやく空気が変わって安心したようにため息をついた。それと同時にリラックスして初めて大型車らしい強力なエアコンで空気が涼しくなってくるのを感じて自然に笑みを浮かべる誠。
 工場の入り口のゲートを見つめていたシャムが要を振り返る。
「今年からちゃんとアタシの弟子が付いてくれてるから大丈夫だよ。それに保安隊の予定が空いたら俊平と訓練課程のチェックに行くから大丈夫。それに何かあっても俊平がどうにかしてくれるよ」 
 遼南陸軍レンジャー資格訓練。銀河で最も過酷と言われる内容は誠も知っていた。最低限の装備をつけたまま高高度降下後、一ヶ月にわたりサバイバルナイフ一本で糊口をしのぐ。そして与えられた演習科目をこなしていく特殊訓練は地獄と呼ばれた。高度なサバイバル知識と手持ちの武器を扱う技量無しでは突破できない難関。東和軍でもその課程を乗り越えたものはレンジャー特技章をつけることが許される。それは東和軍ではエリートの証として一目置かれるには必要不可欠な資格だった。
「そう言えば遼南レンジャーの訓練課程って、ナンバルゲニア中尉が作ったんですよね」 
 誠がいつも笑っているシャムに尋ねた。自分の顔がまるでシャムを信じていないような表情を浮かべているだろうとは思っていたが、それが事実だからどうすることも出来なかった。
「そうだよ!俊平に助けてもらいながら作ったの!」