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遼州戦記 保安隊日乗 2

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「そうだな。アタシも気になってさあ、ここのところ法術に関する研究所のデータや軍の資料を当たってみたんだ。公開されてる情報なんてたかが知れているが、それでも先月の近藤事件以降かなりの極秘扱いのデータが公表されるようになったしな」 
 要は雑巾を畳の目に沿って動かす。
「遼州人のすべてが力を持っているわけじゃねえ。純血の遼州人の家系であることが間違いない遼南王朝の王族ですら、力が確認されている人物は記録に残っているのはたった三人だ。初代皇帝女帝ムジャンタ・カオラ。六代目ムジャンタ・ヘルバの皇太子で廃帝ハド。そして新王朝初代皇帝ムジャンタ・ラスコー、今の戸籍上の名前は嵯峨惟基」 
 誠はクレンザーの研磨剤で消えていくシミを見ながら要の言葉を聴いていた。
「数千人、数万人に一人の確立というわけですか。でも僕は選ばれたと言って喜ぶ気にはなれませんよ」 
 誠の手が止まる。要はそれを見ると立ち上がった。
「不安なのか?」 
 そう言うと要は誠の頭に手を置いた。
「言っただろ?アタシが守るって」 
 中腰の姿勢から立ち上がる誠。要の手は頭の上から誠の頬に流れた。見下ろす誠。要はじっと見ていたが、すぐに目を逸らすと再び畳を拭き始めた。
「勘違いするなよな!アタシはお前の能力を買っているから助けるだけだ。テロリスト連中に捕まってシャムが大好きな特撮モノの怪獣ばりに暴れられたら困るからな……」 
 誠はこっけいに見える要の姿に笑いをこらえていた。
 その笑い声が収まると二人は黙ってそれぞれの仕事を続ける。沈黙と次第に熱せられていく夏の午前中の空気が、気の短い要には耐えられなかったように口を開いた。
「いいか?」 
 三つ目の畳を拭きながら要が口を開いた。
「別に聞いてなくても良いぜ。ただの独り言だ」 
 誠はそんな要を背中に感じながら、バケツで洗ったばかりの雑巾だ窓のサッシを拭いながら聞いていた。
「アタシの家は知ってるだろ?前の大戦中はアタシの爺さんは反戦一本槍の政治屋だっただろ?中央政界から追い出されて、政府からは非国民扱いされてはいたけど、腐っても四大公家の筆頭の家だ。アタシは三つの時に爺さんを狙ったテロでこの体になったわけだ。爺さんもかなり落ち込んでたらしいな」 
 雑巾をかけている自分の手を見つめる要。誠はそれとなく振り返る。要のむき出しの肩と腕の人工皮膚の隙間が誠にはなぜか物悲しく見えた。要は落ち着いた様子で要は畳を拭いていた。
「この体になる前の記憶はまるで無い。まあ三つの時だからな、覚えているほうがどうかしてるよな。でもこの体になってからのことはしっかり覚えてるぜ。脳の神経デバイスは忘却なんていう便利な機能は無いからな。嫌だと言っても昔のつまらない記憶まで引っ張り出してきやがる」 
 そう言うと要は畳を拭く手を止めた。
「まるで腫れ物に触るみたいに遠まわしに気を使う親父、家から出るのにも護衛をつけようとるすお袋。家の使用人や食客達は、出来るだけアタシから距離を取って、まるで化け物でも見てるような面で逃げ回りやがる。まあ、今思えばしょうがないんだけどさ」 
 誠のサッシを拭く手が止まった。
「当然だよな。三つの餓鬼が一月のリハビリ終えて帰ったらこの大人の格好だ、まともに接しようとするのが無理ってもんだ。でも中身は三つの餓鬼だ。わかってくれない、わかられたくもない。暴れたね。楓や茜には結構酷いこともしたもんだ。幼稚園、小学校、中学校、高校。どこに行っても友達なんて出来るわけもねえや。気に入らなかったらぶん殴ってそれで終わり」 
 要はそう言うと掃除に飽きたとでも言うように畳の上に胡坐をかいてタバコを取り出した。
「叔父貴のことをさ、楓から何度も聞かされて。陸軍なら親父や赤松の旦那の手も回って無いだろうっていきがって入ってみたが、士官学校じゃあ西園寺の苗字を名乗ってるだけで教官から目をつけられてすぐに喧嘩だ。どうにか卒業してみれば与えられたのは汚れ仕事の山ってわけだ。つまらないだろ?アタシの身の上話なんて」 
「要さん」 
 誠はサッシから手を離して真っ直ぐに要を見つめた。
「アタシが言いたいのは、自分が特別だなんて態度は止めてくれって事だ。アタシも東都戦争の頃はそうだった。こんな体だから悪いんだ、こんな家柄だがら嫌われるんだってな。でもな、そう思ってる間は一人分のことしか出来ねえんだ。一人で生き抜けるほどこの世は甘くねえよ」 
 そう言ってタバコをふかす要。
「要さん」 
 誠は横を向いて照れている要を見つめた。
「私の話なんてつまんねえだろ?良いんだぜ。とっとと忘れても」
「そんな……忘れるだなんて……すばらしいことをおっしゃいますわね、要お姉さま」 
 要がその声に血色を変えて振り返った先には朱色の留袖にたすきがけと言う姿の茜が立っていた。
「脅かすんじゃねえよ、あれが来たかと思ったじゃねえか!」 
「楓さんのことそんなにお嫌いなのですか?」 
 明らかに要をからかうことが楽しいと言うような表情の茜。要はその表情が憎らしいと言うように口をへの字にした後、落ち着きを取り戻そうと深呼吸をしている。
「あのなあ、アタシにゃあそう言う趣味はねえんだよ!いきなり胸広げて待ち針を差し出されて『苛めてください』なんて言われてみろ!かなり引くぞ」 
 タバコを携帯灰皿に押し込みながら要が上目遣いに茜を見る。
「そうですわね。……それに要さんは神前くんのこと気に入ってらっしゃるようですし」 
「ちょっと待て、ちょっと待て!茜!」 
 小悪魔のような笑顔を浮かべると茜は要の汚れた雑巾を取り上げてバケツに持ち込んで洗い始めた。
「なんでオメエがいるんだ?」 
「要さん。昨日、引越しをするとおっしゃってませんでしたか?」 
 畳の目にそってよく絞った雑巾を動かす茜。
「オメエの引越しは……」 
 冷や汗を流しながら要が口を開く。
「お父様には以前から部屋を探していただいていたので、すでに終わってますわ」 
 すばやく雑巾をひっくり返し、茜は作業を続ける。
「でもいきなり休みってのは……」 
 そう言う要に茜は一度雑巾を置いて正座をして見つめ返す。
「要さん……いや、西園寺大尉」 
 茜は視線を畳から座り込んでいる要に向ける。
「なんだよ」 
 突然の茜の正座に不思議そうに要が応える。
「第二小隊の皆さんには私達、法術特捜の予備人員として動いていただくことになりましたの。このくらいのお手伝いをするのは当然のことでなくて?」 
 沈黙する部屋。要はあきれ返っていた。誠はまだアカネの言葉の意味がわかりかねた。
「そんなに驚かれること無いんじゃありませんの?法術に関する公式な初の発動経験者が現場に出るということの形式的意味というものを考えれば当然ですわ。テロ組織にとって初の法術戦経験者の捜査官が目の前に立ちはだかると言う恐怖。この認識が続いているこの機に法術犯罪の根本的な予防の対策を図る。このタイミングを逃すのは愚かな人のなさることですわ」 
「そりゃあわかるんだよ。あんだけテレビで流れたこいつの戦闘シーンが頭に残ってる時に叩くってのは戦術としちゃあありだからな。でも……」