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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 そう言うと嵯峨は口元まで火が入ったタバコを慌てて灰皿に押し付けた。
「近藤資金が途切れ、活動に支障をきたし始めた彼等が新たな資金源獲得と組織の拡充を行うために動き出した」 
 カウラがそう言うと誠の顔を見た。
「そう考えれば帳尻が合う。気持ち悪いぐらいにな」 
 そう言うと嵯峨は椅子から立ち上がり、ロッカーを開けた。紫色の布で覆われた一メートル前後の長い物を取り出すと誠に差し出した。
「まあ後は吉田や安城さん達に任せてだ」 
 嵯峨は取り出した紫色の袋の紐を解いた。抜き出されたのは朱塗りの鞘の日本刀だった。
「刀ですか」 
「そう、刀」 
 そう言うと嵯峨はその剣を鞘からゆっくりと抜いた。厚みのある刀身が光に照らされて光る。明らかに美術刀や江戸時代の華奢な作りの刀ではなく明らかに人を斬るために作られたとわかる光を浮かべた刀だった。
「お父様。それ忠正じゃないですか?」 
 茜がその刃を見ながら言った。
「備前忠正。幕末の人斬り、岡田以蔵の使った業物」 
 そう言うと嵯峨は電灯の光にそれをかざして見せた。
「一応、神前一刀流の跡取りだ。こいつがあれば心強いだろ?」 
 そう言うと嵯峨は剣を鞘に収めた。そのまま袋に収め、紐を縛ると誠に差し出す。
「しかし、東和軍の規則では儀礼用以外での帯剣は認められていないはずですよ」
 自分が射撃で信用されていないことは知っていたがこんなものを渡されるとは思っていなかった誠はとりあえず言い訳をしてみた。 
「ああ、悪りいがお前の軍籍、胡州海軍に移しといたわ」 
 あっさりと言う嵯峨。確かに胡州海軍は士官の帯剣は認められている。誠の階級は曹長だが、幹部候補教育を受けていると言うことで強引に押し切ることくらい嵯峨という人物ならやりかねない。
「そんなもんで大丈夫なんか?」 
「無いよりましと言うところか?それにあちらさんの要望は誠の勧誘だ。それほど酷いことはしないんじゃねえの?」 
 嵯峨はそう言って再び机の端に積み上げてあったタバコの箱に手をやった。
「でもこれ持って歩き回れって言うんですか?」 
 誠は受け取った刀をかざして見せる。
「まあ普段着でそれ持って歩き回っていたら間違いなく所轄の警官が署まで来いって言うだろうな」 
「隊長、それでは意味が無いじゃないですか!」 
 突っ込んだのはカウラだった。誠もうなづきながらそれに従う。
「そうなんだよなあ。任務中ならどうにかなるが、任務外では護衛でもつけるしかねえかな……」 
 そう言いながら嵯峨の視線が茜の方に向く。
「叔父貴!下士官寮に空き部屋あったろ!」 
 急に頭を突き出してくる要。それに思わず嵯峨はのけぞった。
「いきなりでかい声出すなよ!ああ、あるにはあるがどうしたんだ?」 
 タバコに火をつけようとしたところに大声を出された嵯峨がおっかなびっくり声の主である要の顔を伺っている。
「アタシが護衛に付く」 
 全員の目が点になった。
「護衛?」 
 カウラとアイシャが顔を見合わせる。
「護衛……護衛?」 
 誠はまだ状況を把握できないでいた。
「隊長、それなら私も護衛につきます!」 
 言い出したのはアイシャだった。宣言した後、要をにらみつけるアイシャ。
「私も護衛に付く」 
 カウラの言葉に要とアイシャの動きが止まった。
「その手があったか」 
 嵯峨はそう言うと手を叩いた。しかしその表情はむしろしてやったりといった感じに誠には見えた。
「隊長!」 
 誠の声に泣き声が混じる。寮長の島田は大歓迎するだろう。その他の島田派の面々は有給とってでも引越しの手伝いに走り回るのはわかっている。
 問題になるのはヒンヌー教徒である。保安隊の人員でもっとも多くのものが所属しているのが技術部。その神として敬われている女帝、許明華大佐の一言で保安隊の方針が決まることすら珍しくない。ほとんど一人でピザやソーセージを食べながら法術関連の作業を続けているヨハン・シュペルター中尉は部内での人望は0に等しく、整備全般を担当する島田正人准尉が事実上の技術部の最高実力者と呼ばれている。
 一方、保安隊第二の勢力と言える管理部だが、こちらは規律第一の「虎」の二つ名を持つ猛将、アブドゥール・シャー・シン大尉が部長をしている。管理部部長と言う職務の関係上、同盟本部での予算関連の会議のため留守にすることが多いことから主計曹長菰田邦弘がまとめ役についている。
 ノリで生きている島田と思い込みで動く菰田。数で勝る島田派だが、菰田派はカウラを女神としてあがめ奉る宗教団体『ヒンヌー教』を興し、その厳格な教義の元、結束の強い信者と島田に個人的な恨みに燃える一部技術部員を巻き込み、勢力は拮抗していた。
 寮に三人が入るとなれば、必然的に寮長である島田の株が上がることになる。さらに風呂場の使用時間などの全権を握っている島田が暴走を始めればヒンヌー教徒の妨害工作が行われることは間違いない。
「どうしたの?もっとうれしい顔したらどう?」 
 アイシャがそう言って誠に絡み付こうとして要に肩を押さえつけられる。寮での島田派、菰田派の確執はここにいる士官達の知ることではない。
「じゃあとりあえずそう言うことで」 
 そう言うと嵯峨は出て行けとでも言うように電話の受話器を上げた。
「そうですわね。私も引越しの準備がありますのでこれで」 
 そう言うとさっさと茜は部屋を出た。
「置いてくぞ!誠」 
 要、カウラ、アイシャ、そしてなぜかいるレベッカ。
「たぶん島田がまだいるだろうから挨拶して行くか?」 
「そうだな。一応、奴が寮長だからな」 
「確かに、レベッカさん、M10の搬入はいつになるの?」 
「とりあえず検査が今度の月曜にあるのでそれ以降の予定です」 
 心配する誠を置いて歩き出す女性陣。頭を抱えながら誠はその後に続いた。
 管理部ではまだシンの菰田への説教が続いていた。飛び火を恐れて皆で静かに階段を降りてハンガー。話題の人、島田准尉は当番の整備員達を並ばせて説教をしているところだった。
「おう、島田。サラはどうしたんだ」 
 要の声に振り向いた島田。
「止めてくださいよ、西園寺さん。俺にも面子ってもんがあるんですから」 
 そう言って頭を掻く。整列されていた島田の部下達の顔にうっすらと笑みが浮かんでいるのが見える。島田は苦々しげに彼らに向き直った。もうすでに島田には威厳のかけらも無い。
「とりあえず報告は常に手短にな!それじゃあ解散!」 
 整備員達は敬礼しながら、一階奥にある宿直室に走っていく。
「サラ達なら帰りましたよ。もしかするとお姉さん達とあまさき屋で飲んでるかも知れませんが……」 
 そう言って足元の荷物を取ろうとした島田にアイシャが走り寄って手を握り締めた。
「島田君ね。良いニュースがあるのよ」 
 アイシャの良いニュースが島田にとって良いニュースであったことは、誠が知る限りほとんど無い。いつものように面倒を押し付けられると思った島田が苦い顔をしながらアイシャを見つめている。
「ああ、アタシ等オメエのところに世話になることになったから」 
「よろしく頼む」