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遼州戦記 保安隊日乗 2

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「そうだよ。今度のは誠の馬鹿や叔父貴と同じ法術使いだ。しかもご大層に『遼州の屈辱を晴らす』とかお題目並べての登場だ。ただの愉快犯やおつむの具合の悪い通り魔なんぞじゃねえ」 
 要はそう言いながら拳銃のバレルを取り上げリコイルスプリングをはめ込み、スライドに装着する。
「予想してなかった訳じゃねえよ。遼州の平均所得は例外の東和を除けば地球の半分前後だ、不穏分子が出てこないほうが不思議な話と言えるくらいだからな」
 そう言うと伸びをして大きなあくびをするのがいかにも嵯峨らしく見えた。 
「そう言うこと聞いてんじゃねえよ。明らかに法術に関する訓練を受けたと思われる組織がこちらの情報を把握した上で敵対行動を取った。そこが問題なんだ」 
 いくつか机の上に置かれた拳銃のフレームから、手にしたスライドにあうものを見つけると要はそれを組み上げた。
「つまりだ。アタシ等も知らない法術に関する知識を豊富に持ち、さらに適正所有者を育成・訓練するだけの組織力を持った団体が敵対的意図を持って行動を開始しているって事実が、何でアタシ等の耳に入らなかったかと言うことが聞きたくてここに来たんだよ!」 
 要は拳銃を組み上げてそのままテーブルに置いた。要の手が嵯峨の机を再び叩いて大量の鉄粉を巻き上げることにならなかったことに安堵する誠。
 嵯峨は困ったような顔をしていた。誠はこんな表情の嵯峨を見たことが無かった。常に逃げ道を用意してから言葉を発するところのある保安隊隊長。のらりくらりと言い訳めいた言動を繰り返して相手を煙に撒くのが彼の十八番だ。だが、要の質問を前に明らかに答えに窮している。
「どうなんだ?心当たりあるんじゃねえのか?」 
 要がさらに念を押す。隊長室にいる誰もが嵯峨の出方を伺っていた。誠を襲った刺客。前回は嵯峨が吉田に命じて行った誠の情報のリークがきっかけだった。そんな前回の事情があるだけに全員が嵯峨をにらみつけていた。
「それがねえ……」 
 頭をかきながら隊長用の机の引き出しを漁る嵯峨。一つのファイルをそこから取り出した。
「遼南帝国、特務機関一覧」 
 カウラが古びたファイルの見出しを読み上げる。
「この字は隊長の字ですね。それにしてもずいぶん古いじゃないですか」 
 うっすらと金属粉末が積もっているファイルに目を向けながらアイシャがそう言った。
「まあな。俺が胡州帝国東和大使館第二武官だった時に作ったファイルだ」
 誠も目の前にいるのが陸軍大学校を主席で卒業したエリート士官の顔もある男であることを思い出した。配属先が東和大使館だったと言うことは嵯峨が当時は軍上層部から目の敵にされていた西園寺家の身内だった為、中央から遠ざけられたと言う噂も耳にしていた。 
「そんな昔の話聞くためにここに来たんじゃねえよ」 
 要はそう言うとくみ上げた拳銃をまた分解し始めた。
「まあそう焦るなって。俺が吉田の仕組んだクーデターで遼南の全権を掌握した時、当然そこにある特務機関の再編成をやろうとしたんだが……カウラ125ページを開いてみろや」 
 そう言われてファイルを取り上げたカウラが言われるままにファイルの125ページを開く。要以外の面々がそのページを覗き込んだ。
「法術武装隊」 
 その項目の題名をカウラが読み上げた。
「俺や茜、誠の力をとりあえず『法術』と呼称している元ネタは遼南帝国の特殊部隊の名称から引っ張ってきてるんだ」
 いかにもどうでもいいことというように嵯峨が吐き捨てるように呟く。 
「そんな力の名前がどうこうした話を聞きに来たわけじゃねえ」 
 要はさすがに勿体つけた嵯峨の態度に怒りを表して手にしていた拳銃を机に叩き付けた。
「じゃあ率直に言おうか?他の特殊部隊、秘密警察の類は関係者と接触を取ることができた。必要な部隊は再編成し、必要ない部隊は廃止した。だが、法術武装隊の構成員は一人として発見できながった」 
「調べ方が甘かったんじゃねえの?」 
 嵯峨の言葉にすぐさまそう応えて挑戦的な笑みを浮かべる要。隊長の椅子に深く座った嵯峨は大きく伸びをした。
「それだったらよかったんだけどねえ」 
 そう言うと今度は机の上に乱雑に置かれた書類の山から一冊のノートを取り出して要に投げた。
「日記?」 
 そう言うとアイシャがページをめくる。
「違うな。帳簿だろ?手書きってことはどこかの裏帳簿だな」 
 アイシャから古びたノートを奪った要はぺらぺらとそのページをめくる。
「分かるわけないか。入金元、振込先。全部符号を使って書いてある。叔父貴、こいつはどこで手に入れた?」 
 嵯峨はノートの数字を眺めている要達を見ながらタバコに火をつけた。
「近藤資金を手繰っていった先、東モスレム解放戦線の公然組織とだけ言っておくか」 
 東モスレム。その言葉を聴いて要の目が鋭く光るさまを誠は見ていた。遼南西部の西モスレムと昆西山脈を隔てた広大な乾燥地帯は東モスレムと呼ばれていた。イスラム教徒の多く住むその地域は西モスレムへの編入を求めるイスラム教徒と遼南の自治区になることを求める仏教徒と遼州古代精霊を信仰する人々との間での衝突が耐えない地域だった。
 同盟設立後は西モスレム、遼南の両軍が軍を派遣し、表向きの平静は保たれていたが、過激な武力闘争路線を堅持している東モスレム解放戦線によるテロが週に一度は全遼州のテレビを占拠する仕組みになっていた。
「だったら早いじゃねえか。安城の姐さんにでも頼んで片っ端からメンバーしょっ引いて吐かせりゃ終わりだろ?」 
 そう言って笑う要を嵯峨は感情のない目で見つめていた。
「それが出来ればやってるよ。なんでこいつが俺の手元にあるかわかるか?」 
 物分りの悪い子供をなだめすかすように嵯峨は姪を見つめる。見つめられた要はこちらも明らかにいつでも目の前の叔父を殴りつけることができるのだと言うように拳を握り締めていた。
「もったいぶるなよ」 
 そう言うかな目の前で煙を吐く嵯峨。タバコの煙が次第に部屋に充満し、アイシャが眉をひそめる。
「まあお前等が知らないのは当然だな。報道管制が十分に機能している証拠だ。4時間前、その組織は壊滅した」 
「どういう事だ?じゃあ何でその帳簿が叔父貴の手元にあるんだ?」 
 机を叩きつける要の右手。嵯峨の机の上の金属粉が一斉に舞い上がり、カウラと茜がそれを吸い込まないように口を手で押さえる。
「安城さん達の助っ人でね。そこのビルに行ったわけだが、酷いもんだったよ。生存者なし。ああ言うのをブラッドバスって言うのかね」 
 要からノートを取り上げた茜がそれに目を通す。
「この帳簿の符牒の解読を吉田少佐に依頼するためにここに運ばれて来た訳ですね」
 アイシャは自分が知りたかった情報はすべて理解したと言うように頷いている。要やカウラはただ眉をひそめて嵯峨を見つめる。誠は黙り込んで次の嵯峨の言葉を待った。 
「まあ、こいつと誠に首っ丈の遼州民族主義者達のつながりがあるかどうかは俺もわからん。だが、その手の組織が存在すると言うのは同盟首脳会議でも何度か話題には出てる。資金的裏づけが近藤資金と言うことならとりあえず金の流れ、そして今、連中が動き出したと言う理由もわかる」