遼州戦記 保安隊日乗 2
島田はまず要の顔を見た。何度と無くだまされたことがあるのだろう。島田は表情を変えない。次に島田はカウラの顔を見た。カウラは必要なことしか言わないことは島田も知っている。そこで表情が変わり、目を輝かせて島田を見ているアイシャを見た。
「それって寮に来るってことですか?」
「そうに決まってるじゃない!」
島田はもう一度要を見る。その視線がきつくなっているのを感じてすぐにカウラに目を移す。
「よろしく……頼む」
照れながら頭を下げるカウラ。
「ちょっと、どういうことですか……神前。説明しろ」
「それは……」
とても考えが及ばない事態に喜べばいいのか悲しめばいいのかわからず慌てている島田に誠はどういう言葉をかけるべきか迷う。
「あのね島田君。私達は今度、誠君と結婚することにしたの!それで……」
アイシャの軽口にぽかんと口を開ける島田。
「ふざけんな!馬鹿!」
要のチョップがアイシャを撃つ。頭を抱えてしゃがみこむアイシャ。
「冗談に決まってるじゃないの……」
頭をさする。本気に近かったのだろう、アイシャの目からは涙が流れていた。
「お前ではだめだ。誠!説明しろ」
そう言うカウラの顔を見てアイシャは仕方なく引き下がる。
「三人は僕の護衛のために寮に引っ越してきてくれるんですよ」
島田は全員の顔を見た。そして首をひねる。もう一度全員の顔を見回した後、ようやく口を開いた。
「隊長の許可は?」
「叔父貴はOKだと」
また島田が全員の顔を眺める。
「まだわからねえのか?」
「つまり、三人が寮に入るってことですよね?」
「さっきからそう言っているだろ!」
さすがに同じことを繰り返している島田にカウラが切れた。そこでようやく島田も状況を理解したようだった。
「でも、まとまって空いてるのは三階の西側だけだったと思いますよ。良いんすか?」
携帯電話を取り出しながら島田が確認する。
「こいつの安全のためだ、仕方ねえだろ?」
要がそう言ってうつむく。
「何よ、照れてるの?」
「アイシャ、グーでぶたれたいか?」
向き直ってアイシャにこぶしを見せる要。その有様を見つめながらメールを打ち始める島田。
「明日は掃除で、次の日に荷物搬入ってな日程で良いですよね?」
「私は良いがアイシャが……」
カウラはそう言うと要にヘッドロックされているアイシャを見る。
「無理よ!荷物だって結構あるんだから」
「あのなあ、お前のコレクション全部運べってわけじゃねえんだよ」
そう言って脇に挟んだアイシャの頭をねじり続ける要。
「送信っと」
島田は二人の様子を確認しながら携帯電話の画面を見つめている。
「あのー」
全員が忘れていた声の主に気づいて振り向いた。レベッカが携帯を持って立っている。
「なんだよ、オメエ」
アイシャがギブアップを示すために自分のわき腹を叩いているのを無視しながら要が怒鳴る。怯えながら、ようやく決心が付いたと言うようにレベッカが口を開いた。
「神前さんの機体の写真、撮って良いですか?」
「好きなだけ撮れよ!」
そう言うと要はようやくアイシャを解放した。不安そうな顔から笑顔に変わったレベッカは、早速誠の機体の周りを歩きながら構図を考えているように見えた。
「じゃあ、アタシ等帰るわ」
要はそう言うと誠の手をつかんだ。
「カウラ、車を回せ!」
「わかった」
「じゃあ私はジュース買ってくるわ」
「カウラはメロンソーダだぞ!」
「知ってるわよ!」
誠はこうなったら何を言っても無駄だとあきらめることをこの一月で学んでいた。
保安隊海へ行く 20
「しかし、叔父貴の奴。珍しく焦ってるな」
保安隊基地の隣に隣接している巨大な菱川重工豊川工場の敷地。夜も休むことなく走っているコンテナーを載せたトラックに続いて動き出したカウラのスポーツカーの後部座席。不機嫌そうにひざの上の荷物を叩きながら要がつぶやく。
「そうは見えませんでしたけど」
助手席の誠がそう言うと、要が大きなため息をついた。
「わかってねえなあ」
「まあしょうがないわよ。私だってあの不良中年の考えてることが少しわかったような気がしたの最近だもの」
そう言って自分で買ってきた缶コーヒーを口にするアイシャ。
「どうしてわかるんですか?」
「部隊長は確定情報じゃないことを真剣な顔をして口にすることは無い。それが隊長の特徴だ」
ギアを一段あげてカウラがそう言った。こういう時は嘘がつけないカウラの言葉はあてになる。確かに誠が見てもあのように本音と明らかにわかる言葉を吐く嵯峨を見たことが無かった。
「法術武装隊に知り合いがいねえだ?ふざけるなっての。東都戦争で叔父貴の手先で動いてた嵯峨直参隊の連中の身元洗って突きつけてやろうか?」
要はそう言うとこぶしを握り締めた。
「たぶん隊長の手元に着く前に吉田少佐にデータ改ざんされるわよ」
そのアイシャの言葉に右手のこぶしを左手に叩きつける要。
「暴れるのは止めてくれ」
いつもどおり淡々とハンドルを操るカウラ。
「西園寺さんでもすぐわかる嘘をついたわけですか。じゃあどうしてそんなことを……」
「決まってるじゃない、あの人なりに誠君のこと気にしているのよ。さすがに茜お嬢さんを部隊に引き込むなんて私はかなり驚いたけど」
飲み終わったコーヒーの缶を両手で握り締めているアイシャの姿がバックミラーを通して誠の視線に入ってくる。
「どう読むよ、第二小隊隊長さん」
要の声。普段こういうときには皮肉が語尾に残るものだが、そこには場を凍らせる真剣さが乗っていた。
「法術適正所有者のデータを知ることが出来てその訓練に必要な場所と人材を所有する組織。しかも、それなりの資金力があるところとなると私は一つしか知らない」
その言葉に頷きながら要が言葉を引き継ぐ。
「遼南青銅騎士団」
カウラの言葉をついで出てきたその言葉に誠は驚愕した。
「そんな!嵯峨隊長のお膝元じゃないですか!それに形だけとはいえあそこの団長ってシャムさんで、副長が吉田少佐ですよ!」
誠が声を張り上げるのを見て、要が宥めるようにその肩を押さえた。
車内は重苦しい雰囲気に包まれる。
「誠。確かに青銅騎士団は遼南帝国皇帝直属の精鋭部隊だ。だけどなどんな組織だって、なりがでかくなれば目は届かなくなる。ましてや五年前の政権を南城軍閥の頭目、アンリ・ブルゴーニュに譲渡してからどうなったか、そんなところまで叔父貴は責任もたんだろ?」
そう言うと要はタバコを取り出してくわえる。
「要。この車は禁煙だ」
「わあってるよ!くわえてるだけだっつうの」
カウラの言葉に口元をゆがめる要。
「私のところにも結構流れてくるわよ。青銅騎士団ってシャムちゃんが団長していた時とはかなりメンバーが入れ替わっているわね。団長代理の御子神隆志中佐位じゃないの?生え抜きは」
工場の出口の守衛室を眺めているアイシャ。信号が変わり再び車列が動き出す。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作家名:橋本 直