遼州戦記 保安隊日乗 2
「なんだありゃ?」
フェデロが思わずそうこぼした。
「同志が見つかったんじゃないですか?あのクラウゼ少佐の趣味は有名ですよ」
岡部はそう言うとハンガーを見回した。誠も真似をしてみて昨日まで予備部品の仮組みなどをしていた場所に機体の固定器具が設置されていることに気づいた。
「ちゃんと俺達の機体の収納場所は確保できそうですね」
岡部の言葉に大きく頷くロナルド。フェデロの目は相変わらず誠の派手な機体を見上げてニヤニヤと笑っていた。
「叔父貴に会ってたのか?」
要はロナルド達をにらみつけてそう言った。頷くロナルド。隣の岡部とフェデロは口を開きたくないと言うように周囲を眺めることに決めているように見えた。
「いやあ、僕もいろいろな上官と付き合ってきたが、あれは……」
金の縁のサングラスを外しながらロナルドはそう言った。誠でもその回答は予想できた。そしてそれでいてどうも腑に落ちないと言うロナルドの雰囲気もよく理解できるものだった。
「だろうな。ありゃあ軍人向きの性格じゃねえ」
要はそう言うとポケットからタバコを取り出す。ロナルドは明らかにその煙が気に入らないと言うように一歩要から離れた。
「嵯峨惟基。世の中では優れた軍政家。そう評するのが常識になってはいますが、あくまで得意とするのは小規模での奇襲作戦と言う変わった人物」
そう呟いたロナルドに静かに頷いて同意するように見える要。
「確かに主に奇襲作戦を本分とする司法機関特殊機動部隊の隊長として同盟上層部がここにあの人物を置いたのは正解かもしれませんがね」
要はタバコの煙を吐き出す。それを見て再びロナルドは煙を避けるように下がる。
「なるほど、的確な分析をしてるんだな、米軍は。一撃、ただそこに複雑な利害関係を絡めて敵を交渉のテーブルに着ける。それがあのおっさんの戦争だ」
要はタバコの煙の行く手をのんびりと眺めていた。
「そうすると我々がどういう任務に付くかも見えてきますね」
それまで奥の黒い四式、嵯峨の専用機を見つめていた岡部が口を開いた。
「岡部中尉さんですね。どう読まれます?」
軽く笑みを浮かべている茜がそうたずねた。物腰の柔らかく、それでいて凛としたところもある茜にそうたずねられて、頭をかきながら岡部は言葉を続けた。
「遼州同盟は成立したものの、ベルルカン大陸はその多くの諸国は参加の結論を出していないでいますね。地球の大国、ロシア、ドイツ、フランス、インド。各国は軍事顧問や援助の名目で部隊を派遣し、利権の対立により紛争が絶えず続いています。そして他の植民星への建前もあり、アメリカ軍は既存の基地の防衛任務の為と言う以上の規模の部隊を派遣することが出来ない……」
誠の機体を眺めていたアイシャとレベッカもこの言葉に耳を傾けていた。
「しかし、我々が同盟司法機構として治安管理や選挙管理などの名目で出動することになれば話は変わってきますね。我々はあくまで同盟の看板を掲げている以上、隣国の安定化ということで現地入りする口実があります。そしてその任務に我々が国籍章を掲げて歩き回ればそれを攻撃することは合衆国を敵に回すことを宣言することに等しいわけです」
誠も伊達に幹部候補生養成課程を出たわけではない。民間のカメラマンや医師団を拉致した武装勢力に対する彼等の出身地の地球の大国が強硬手段に出たことは少なくないことくらいは知っていた。そして数年前にもベルルカンで起きたイギリス人医療スタッフの拉致事件では遼州同盟の協力すら仰いでの大規模な捜索作戦が展開されたことも思い出していた。
「これは俺達は相当忙しい身になりそうだな」
ロナルドは要の吐く煙から逃げながらそう結論を出した。
「じゃあ俺等はろくに休みも取れなくなるって話ですか?」
そう言って頭を抱えるフェデロ。その滑稽で大げさな身振り。それを見て誠は会うのは二度目だと言うのに彼の底抜けに明るい性格をなんとなく予想出来た。
「おそらく第三小隊の結成まではきつい勤務体制になるでしょうね」
岡部の言葉にフェデロは天を仰いで両手で顔を覆う。思わずアイシャがそれを見て噴出す。
「そいつはご愁傷様だな。せいぜいお仕事がんばってくれや」
そう言うと要はハンガーの奥へと歩き出した。
「西園寺さん。どこに行かれるんですか?」
「決まってるだろ。今日の茜を使った茶番をどうやって用意したのか叔父貴に聞きにいく」
誠、茜、アイシャ、カウラ。そしてレベッカもその後に続いて事務所に入る階段を上り始めた。
誰もいないと思っていた管理部の部屋に明かりが灯っていた。中を覗けば頭を下げ続けている菰田と、私服姿で書類を手にしながらそれを叱責している管理部部長、アブドゥール・シャー・シンの姿があった。
「すっかり事務屋が板についてきたな、シンの旦那」
横目で絞られている菰田を見てにやけた顔をしながら要がこぼす。実働部隊控え室には明かりは無い、そのまま真っ直ぐ歩く要。隊長室の扉は半開きで、そこからきついタバコの香りが漂う。
「……例の件ですか?そりゃあ俺んとこ持ってこられても困りますよ。うちは探偵事務所じゃないんですから、公安の方に……って断られたんでしょうね、その調子じゃあ」
「おい!叔父貴!」
ノックもせずに要が怒鳴り込んだ。電話中の嵯峨は口に手を当てて静かにするように促す。カウラ、茜、アイシャ、誠。それぞれ遠慮もせずに部屋に入る。レベッカは少し躊躇していたが、誠達のほとんど自分の部屋に入るようにためらいの無い様を見て続けて部屋に入りソファーに腰をかけようとするが、見ただけでわかる金属の粉末を見てそれを止める。
「……そんな予算があればうちだって苦労しませんよ。わかります?それじゃあ」
嵯峨は受話器を置いた。めんどくさい。嵯峨の顔はそういう内容だったと言うことを露骨に語っているように見えた。
「東和の内務省の誰かってとこだろ?」
部屋の隅の折りたたみ机の上に並んでいる拳銃のスライドを手に取りながら要が口を出した。
「まあそんなとこか。さっさと帰れよ。疲れてんだろ?」
そう言って座っていた部隊長の椅子の背もたれに体を投げる嵯峨。そのやる気の無い態度に要が机を叩いた。眉を寄せる嵯峨。鉄粉でむせる誠を親指で指差して要が叔父である嵯峨をにらみつけた。
「じゃあ、こいつが疲れてる理由はどうするんだ?」
始まった。そう言う表情でアイシャはため息をついている。
「俺のせい?」
そう言って頭をかく嵯峨。アイシャ、カウラ、そして茜も黙ったまま嵯峨を見つめている。
「どう言えば納得するわけ?」
「今日襲ってきた馬鹿の身元でもわかればとっとと帰るつもりだよ」
机に乗っていた拳銃のスライドを手に取る。そして何度も傾けては手で撫でている要。嵯峨は頭を掻きながら話し始めた。
「たしかにオメエさんの言うことはわかるよ。誰が糸を引いているのかわからない敵に襲われて疑問を感じないほうがどうかしてる。しかも明らかにこれまで神前を狙ってきた馬鹿とは違うやり口だ」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作家名:橋本 直