遼州戦記 保安隊日乗 2
「出ますよ!座ってくださいね!」
島田の声が響く。バスはゆっくりと動き出した。
「茜さん」
誠はようやく言葉を搾り出せる程度に回復していた。
「何かしら?」
「これからもこんなことが続くんですか?」
誠のその言葉に一同は静まり返った。誠の法術の力を狙っての襲撃事件。二月で二回というのは明らかに多い頻度なのは全員が知っている。
「そうなるわね。私がお父様からいただいたシミュレータと実機の起動時に発生させた法力の展開に関するデータを見させていただいた限りでは、誠さんの潜在能力の高さは驚異的と言っても過言ではないレベルですわ。それこそ数千万人に一人いるかどうか」
「僕が、ですか」
うなだれる誠。一月前にはただの射撃が下手な幹部候補生に過ぎなかった自分がそんな重要な存在になっていた事実に打ちのめされた。
「そして、その精神的弱さも矯正する必要がありますわね」
大きすぎる自分の力。それに振り回されているようで何も出来ない自分。無力感にさいなまれて目をつぶった。
「とりあえず寝ます。着いたら起こしてください」
そう言うと誠は目をつぶった。
目をつぶる誠。彼を囲む要、茜、カウラ、アイシャが小声で話し合っているのが聞こえてくる。要が声を荒げようとするたびに、アイシャがそれを制し、カウラが強い調子で茜を詰問している。振動が適度な子守唄となり、リアナに電波演歌を歌わせないために交代でカラオケを歌い続けているサラとパーラの歌声が次第に誠の意識を奪っていった。
激痛が額に走り、誠は目を覚ました。車外はすでに闇に包まれていた。
「よう、起きたか」
要の顔と握りこぶしが誠の顔の前にあった。だるさが消えていた誠はすぐに叫ぶ。
「いきなり殴らないでくださいよ」
額を押さえながら誠は起き上がる。心配そうに見つめているカウラと目が合ってうつむいてしまう。
「起きて大丈夫?」
アイシャはそう言うとポットに入れたコーヒーを紙コップに注ぐと誠に差し出した。
「どうにか……かなり楽になりました」
「一人で歩けるか?」
心配そうなカウラ。誠はとりあえず立ち上がってみた。以前のような立ちくらみは無い。力が戻ったと言うように左手を握っては開く。
「顔色もよろしいんでなくって?」
そう言って四人を見守っている茜。彼女の声で改めて周りを見回す。すっかり日は暮れて深夜の様相。茜の前の席にはカラオケを続けて歌いつかれたサラとパーラが寝息を立てていた。
「すいません!荷物降ろすんで、降りてくれませんか!」
運転席の脇に立っていたキムが叫ぶ。前の席の整備班員やブリッジクルーが背中に疲れを見せながら立ち上がっているのが見える。
「とりあえず行きましょ」
そう言うとアイシャが通路を歩き出す。カウラと要が続き、アイシャはとりあえず誠が普通に歩くことが出来るのを確認すると彼の後に続いた。
昨日出発した隊の駐車場に誠達は降り立った。ハンガーに明かりがともっているのはいつものこと。そしてこちらもいつものように電気がついていたのは嵯峨のいる部隊長室だった。
「西園寺さん。何が入っているんですか?このバッグ」
重そうに荷物を取り出す島田。頭を掻きながら要はそれを受け取った。
「ああ、それにはちょっと物騒な物が入っているからな」
やはり予想通り銃器でも入っていると言うようににんまりと笑う要を困ったように見上げる島田。
「止してくださいよ、警察の検問とかがあったら止められて説教されますよ」
島田を無視して自分のバッグとその後ろの誠のバッグを取り出した。
「そう言えば、あのおっぱいおばけはどうした?」
荷物を誠に押し付けると要はそう言った。
「その言い方酷いんじゃないですか?レベッカさんならさっさと降りて西の案内でハンガーに向かいましたよ」
その言葉を聴くと要は情けなさそうな顔をして誠を見つめた。
「何か言いたいんですか?」
誠の顔を見る要。その目はいつもと同じタレ目。
「別に。それじゃあ叔父貴の面でも拝みに行くか」
そう言うと要は荷物を持たせた誠をつれて歩き始めた。茜、カウラ、アイシャもその後に続いてハンガーを目指す。
ハンガーに入って一番手前。誠の専用機の前に立っているレベッカと西を見つけて要は四人に静かにするように合図した。
「本当に萌え萌えなんですね」
「そうですね、あのオタ曹長自らのデザインですから。それにしてもまあ有名になっちゃって大変ですよ。演習場に行く度にカメラ小僧を追っ払うのが一苦労で」
「でもかわいいから仕方ないですね」
西はレベッカのその言葉に驚いたように視線を移した。彼等の死角を選んで進みそのままアサルト・モジュール移送用トレーラの影までリードする要。まったく自分達の存在を気づいてない二人を見て得意げな表情にカウラが大きくため息をついた。よく見ようとして頭を上げようとした誠を押さえつけて要は静かに西達を見つめている。
「そうですか?これは、一応兵器な訳で不謹慎ですよまったく。なんですか?これ一応税金で塗装とかしてるんですよ」
「でも保安隊の予算の七割は嵯峨隊長の資産でまかなわれているって……」
「あの人は御領主様ですから。その資金の出所は私有しているコロニーの住人に対する代理納税の手数料ですよ。つまりそれも税金なわけです」
西が胡州の平民の出ということを思い出して大きく頷いている要。
「結局全部隊長の趣味。まああの人が何を考えているかなんてわかりませんがね」
「そりゃあアタシも同意見だ」
要の一言に驚いて振り向く西とレベッカ。西は要の隣に誠やカウラ、アイシャと茜まで居ることに気づいておびえたような笑みを浮かべている。
「聞いてました?」
まるでいたずらを見つかった子供のように腰を引いていつでも逃げ出せるように構える西。
「まあな。それにしてもこうして改めて見ると……」
見上げ眺め、時に中腰になり。要が誠の機体を見つめ続けている。誠達はそのまま要の方に近づいていく。
「おい」
振り向いた要がいかにも情けなさそうな視線を誠に送ってくる。
「そんな目で見ないでくださいよ」
誠は思わずそう言っていた。いつものこととは言えこう言う顔で要に見つめられると誠も情けなくなってきた。
「これが成人向けゲームのキャラクターなのですわよね?」
何か汚物でも見るような視線で茜が誠を見つめる。そしてじっと誠を見つめた後目を逸らしたのは茜の方だった。
「茜ちゃん。エロゲは文化よ!」
堂々と胸を張って答えるアイシャ。その前にいつの間にかレベッカが立っていた。彼女はアイシャの手を取り、まるで人生の師にでもあったように濡れた瞳でアイシャを見つめた。
「そうなんですよね!かわいいは正義です!」
その反応に一同は金縛りにかかった。
「おい、こいつも腐ってるのか?」
「みたいだな」
「いやらしいですわ」
要、カウラ、茜は黙って二人の邂逅を見つめていた。
「おい!帰ってきたのか、君達」
奥の事務所に続く階段を下りてくるロナルド、岡部、フェデロ。三人はアイシャとレベッカがじっと見詰め合っている様を見つけて思わず凍り付いていた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作家名:橋本 直