遼州戦記 保安隊日乗 2
「ふうん、そう。要と誠君がマブでラブラブねえ」
「まあ仕方ないんではないか?誠は胸が大きい女が好きなようだからな」
誠は要の腕からすり抜け、振り向いた。そこにはアイシャとカウラが腕組みをして立っている。
「おお、いたのか。聞かれちまったら仕方がねえな。そう言うわけだ」
「西園寺さん!」
サングラスを外してアイシャとカウラをにらみつける要。誠は半泣きの状態でおろおろとしていた。漂う殺気に誠は少しずつ後ずさりする。一ヶ月間、彼女達の部下をやってきたのは伊達ではない。
「どうされましたの?誠さん」
不思議そうな視線が茜から誠に注がれている。
「おい、誠!何とか言えよ!」
「力で脅すなんて下品ね」
「西園寺の行動が短絡的なのはいつものことだ」
要を責めているはずの言葉だが、その視線は冷や汗を拭っている誠に向けられている。落ち着いた表情で誠の肩に手を当てる茜。
「お父様がおっしゃっていた通りですわね。あの誠さんがモテモテだって……」
「誰がこの馬鹿に惚れてるって!」
そう言うと要は誠に荷物を投げつける。
「茜さん。席は用意してあるから、誠君は補助席ね」
「もっときびきび動け!行くぞ誠」
そう言うと女性陣は誠を置いてバスに向かって早足で歩き出した。足元に転がる要とアイシャのバッグ。
「ったく、いつもこうだ」
そう愚痴りながら誠は二人の分の荷物も一緒に担いで駐車場の一番奥に止めてあるバスへ急いだ。
保安隊海へ行く 19
「遅いっすよー西園寺さん!」
バスの横の荷物入れの前に立っている島田が叫ぶ。そしてその目が誠に向くと明らかに何か含むような笑顔に変わった。
「済まねえ!あと一人は乗れるだろ?こいつ乗せてってくれ」
そう言うと要は後ろに続く茜を指差した。
「お嬢さんですか?まあ乗れますけど……さっきから思ってたんですけど……なんでここに?」
不思議そうな視線を送る島田をはじめとする一行。
「ちょっとしたご挨拶ですわ。要さん、誠さんが遅れてますけど、よろしいのですか?」
「いいんだよ。あいつなら」
そう言ってバスに駆け込む要。カウラとアイシャがその後に続く。ようやく肩で息をしながら荷物を抱えて走る誠が現れる。
「何だってこんなに重いんだよ」
ようやくバスのところまでやってきてそのまま路上に腰を下ろした。誠の足元にあるバッグを広い、一瞬驚いた後誠を見つめる島田。
「これ西園寺さんの荷物か。この格好はサブマシンガンでも入ってるんじゃないのか?」
そう言いながら荷物を客席下の空間に詰めていく島田。誠はへたり込んだままじっとそんな島田を見上げていた。
荷物を積み終えて扉を閉める島田の前で息を整えようと座りなおしている誠がいた。
「神前。なんか顔色悪いけど大丈夫か?」
心配そうに手を出した島田の助けを借りて立ち上がる誠。相変わらず流れる脂汗。要達の修羅場で流れるいつものそれとは明らかに違う。どっと襲う倦怠感。立ちくらみのようなものまでが視界をゆがめる。
「とりあえず、バスに乗るぞ」
その様子に少し真剣な顔をしながら、島田は誠を抱えるようにしてバスに乗り込んだ。
「なんだ?どこかおかしいのか?」
島田の肩を借りてようやく立っている様な有様の誠に運転席のキムが尋ねてくる。
「平気です、何とか……」
島田の手から離れて元気なところを見せようとする誠だが、その足元は誰が見てもおぼつかないものだった。
「要ちゃんに殴られたの?」
「うるせえ、シャム!何でいつもアタシがぶったことになるんだ?」
もうすでにバスに置いたままだったウォッカの小瓶を口にしている要が叫ぶ。
「日ごろの行いだよ、この外道!」
「小夏!テメエ表に出ろ!いいから……」
シャムと小夏のコンビが席から身を乗り出して後部座席にふんぞり返る要をにらみつけていた。
「静かに!」
リアナの一言で二人は落ち着いて椅子に腰を落ち着ける。騒ぐ要素が無くなった車内が静まり帰った。そうなると明らかに様子がおかしい誠に周りの目が集まる。
「神前君は具合が悪そうだから奥で寝かせてあげましょう」
リアナはそう言うと立ち上がって後ろを見た。一番後ろの席で菰田達ヒンヌー教徒から酒を押し付けられていた西と目が合った。
「さあ、神前曹長が大変ですよ!」
にこやかにそう言うと肩を貸していた島田は眼力で西を前の座席に移動させて誠を一番後ろの座席に連れて行く。
「大丈夫?誠ちゃん」
アイシャはそう言って誠の手を取る。横たわった誠が薄目を開けると夕日の赤に染められて紫色に輝くアイシャの長い髪が見える。
「平気だろ?前だって力を使ったときそのまま気絶したこともあったじゃねえか。たぶん同じ理屈なんじゃないか?まあヨハンに後で報告する必要は有るかも知れねえがな」
淡々とそう言うと要は菰田達をにらみつける。さすがに命が惜しいので菰田も席を立ち空いている前の席に移る。島田から誠を支えるのを引き継いだ要がゆっくりと青ざめた表情の誠を寝かせて彼の前の席に陣取る。
「法術発動の効率が悪いかも知れませんわね。わかりました。しばらくは私が訓練の相手をさせていただくわ」
いつの間にか要の隣にちょこんと座っていた茜に驚いた要とカウラ。
「嵯峨茜。貴様が訓練をするというのか?」
カウラの言葉に棘がある。誠は倒れたままそんなカウラと茜を見上げていた。
「しょうがないことではありませんの?現在法術特捜の構成員は三人ですわ。とてもこれから多発するであろう事件に対応するには手が足りない状況ですもの。誠さんのお力も借りなければなりませんから。当然お父様もそのおつもりですわよ」
明らかに誠の占有を宣言した茜の態度に不愉快そうに再び酒瓶を握る要。
「オメエ、基地に常駐でもするつもりか?」
あざ笑うつもりで言った言葉に無言で頷く茜。そして彼女が冗談を言うような人間ではないことを知っている要はただ呆れたように口に咥えていた酒瓶を座席横に置いた。
「仕方ないですわね。上層部は現在法術特捜に必要な人材を集めている最中。しばらくは比較的暇なお父様の部隊の応援で仕事をすることになりそうですわね。それにしても……ガサツな誰かさんと年中顔を合わせることを想像するとうんざりしますわね」
再び皮肉を炸裂させて切れ長の目で要を見つめる要。その余裕のある態度がさらに要をヒートアップさせた。
「何だと!コラ!」
思わず立ち上がり隣のカウラと誠に付き添っているアイシャに取り押さえられる要。
「静かにしないとだめよ!病人がいるんですから!」
再び前の席からリアナの叫び声が聞こえる。その言葉に間違いが無いので仕方ないと言うようにうなだれる要。一方一人余裕で手にした剣を握りなおしている茜。
「それにあなた達では神前君の本来の能力を開発することは出来ませんわ。その資格があるのはお父様か私だけ」
要はその言葉を聞くとうつむいてしまった。誠は二人のやり取りを黙って横になったまま見上げていた。そしてどちらかと言うと冷徹にも見える茜の言葉に一言言いたいと思いながらも自由に任せない自分の体を呪っていた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作家名:橋本 直