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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 不安に襲われる誠。要の目が鋭く光っていた。タレ目で迫力はあまり無いが、彼女の性格を知っている誠を驚かすには十分だった。
「気づくって……つけられているんですか?」 
 先月の近藤事件の発端も、自分が誘拐されたところから始まっただけあって、誠は辺りの気配を探った。見る限りにはそれらしい人影は無い。しかし、以前、菱川重工の生協で感じた時と同じような緊張感が流れていた。
「素人じゃねえ、かなりのスキルだ。こっちが気づいたら不意に気配が消えやがった。どうする?」 
 要がサングラス越しに誠を見つめる。その口元が笑っているのは、いつものことだと諦めた。
「でも丸腰じゃないですか?」 
「そうでもないぜ」 
 要が先ほど羽織ったシャツの背中を見せる。要の愛銃、スプリングフィールドXD40のシルエットが見えた。
「しかし、こんなところでやるわけには行かないんじゃ……」
 周りには少ないながらも観光客の姿が見える。要も同感のようで静かに頷いた。 
「偶然かもしれないからな。もう少し引っ張ろう。あそこに見える岬まで行けば邪魔は入らないだろうからな」 
 そう言うと要は誠の手を取って早足で歩き始めた。午後を過ぎて風が出始めた海べりの道を進む。さすがにこれほど人通りが少ないとなると、赤いアロハシャツを着た男が後を付いてくるのが嫌でもわかった。
 こちらにばれることはすでに想定済みといった風についてくる男。要はすでに銃を抜いている。とりあえず人のいない所で決着をつけることは後ろの男も同意見のようで、一定の距離を保ったまま付いてくる。
 岬に着いたところで、要は男に向き直った。
「見ねえ面だな。おや?ただのチンピラにしちゃあ動きが良いし、兵隊にしちゃあ間が抜けてるな」 
 銃口を男に向ける要。今の要ならすぐにでも発砲するかもしれないと思っていた誠だが、要の引き金にかけられた指に力が入ることは無かった。
「これは辛らつな意見ですね。確かに軍事教練など受けたことが無いもので」 
 角刈り、やつれているように見える細面。アロハシャツから出ている両腕は、どう見ても軍人のものには見えなかった。鍛えた後も無くただぶら下がっている赤く日焼けした両腕。
「金目当てだったらアタシが銃を持っていることをわかった時点で逃げてるはずだ。非公然組織なら仲間を呼ぶとかしているしな。何者だ?テメエは」 
 まるで幽霊みたいだ。誠は男の顔に浮かんだ版で押したように無個性な笑みを見つけて背筋が寒くなるのを感じた。
「元胡州帝国陸軍、非正規戦闘集団所属、西園寺要大尉。そして東和宇宙軍から保安隊に出向中である神前誠曹長」 
 男はそう言いながらゆらりと体を起こした。その動きに反応して要は銃口を向ける。
「知らないんですか?西園寺大尉とあろうお方が。高レベル法術適格者にはそんなものは役に立ちませんよ」 
 男はゆらゆらと風に揺れながら右足を踏み出した。
「試してみるのも悪くないんじゃねえか?とりあえずテメエの腹辺りで」 
 そう言い終ると、要は二発、男の腹めがけて発砲した。銀色の壁が男の前に広がり、弾丸はその中に吸収された。
「さすが胡州の山犬ですね、正確な射撃だ。でも現状では理性的に私の正体でも聞き出そうとするのが優先事項じゃないですか?まあ私も話すつもりはありませんが」 
 また一歩男は左足を踏み出す。銃が効かないとわかりいつでも動けるように両足に力をこめる要。だがそれをあざ笑うかのように男は言葉を続ける。
「神前君。君の力を我々は高く買っているんだよ。地球人にこの星が蹂躙されて二百年。我々は待った、そして時が来た。君のような逸材が地球人の側にいると言うことは……」 
「うるせえ!化け物!」 
 要は今度は頭と右足、そして左肩に向けてそれぞれ弾丸を撃ち込んだ。再び銀色の壁に吸い込まれる弾丸。
「力のあるものが、力の無いものを支配する。それは宇宙の摂理だ。そうは思わないかね、神前曹長」 
 再び男の右足が踏み出される。誠は金縛りにでもあったように、脂汗を流しながら男を見つめていた。
 誠は精神を集中した。
「どうする気だ!誠!」 
 要の叫ぶ先に銀色の空間が現れる。
「そのくらいのことは出来て当然と言うことですか。確かに私の力ではそれを突破することは難しいでしょう。ただ……」 
 男はそう言うと自らが生成した銀色の空間に飛び込んだ。銀色の空間もまた消える。
「どこ行った!」 
 銃を手に全方位を警戒する要。
「ここですよ」 
「何!」 
 要の足元の岩が銀色に光りだす。思わず飛びのいて銃を向ける要。誠は一度、銀色の干渉空間を解いた。相手はどこからでも空間を拡げる事が出来る。ヨハンに聞いた限りでは、その空間に他者が侵入すれば要が撃った弾丸同様蒸発することになると言う。
 完全に手詰まりだった。
「逃げましょう!西園寺さん」 
 銃を手に周りを軽快する要。戦場と似た緊張した空気がそうさせるのか要の顔には引きつったような笑顔があった。
「馬鹿言うな!逃げれる相手なら最初から逃げてる!銃声で誰かが来れば……」 
 要は自分の後ろに銀色の空間が生成されようとしたことに気づいて発砲する、スライドがロックされ弾切れを示す。
「弾が無いのですか」 
 また再び地上に銀色の空間が現れ、その中から赤いアロハシャツの男が現れる。
「これでわかったでしょう」 
 男の顔に勝利を確信した笑みが浮かんだ。
「この糞野郎!きっちり勝負しろ!」 
「胡州四大公爵家のお姫様がそんな口をきいてはいけませんねえ」 
 男は今度は確実に一歩一歩、二人に近づいてきた。
「あなたは何者ですか」 
 ようやく誠が搾り出せた言葉は、自分でも遅きに失している言葉だった。
「なるほど、こういう時は自分から名乗るのが筋ですね。もっとも私個人の名前などあなた達の関心ではないでしょうが。私は遼州人の権利と自由を守るために活動している団体の構成員の一人です。屈辱の二百年の歴史にピリオドを打つべく立ち上がりました」 
「アタシ等も遼州人なんだけどねえ」 
 もはや言葉で時間を稼ぐしかない、そう判断した要が皮肉めいた笑みを浮かべながらアロハシャツの男に声をかけた。
「確かにあなたの母上、西園寺康子様は本来、遼南南朝王弟家の出。要様、あなたにも我々と志を同じくする資格があると言うことですが……いかがいたしましょうか?」 
 男はまた一歩踏み込んできた。
「くだらねえなあ!アタシは貴族とかつまんねえ肩書きが嫌で陸軍に入ったんだ」 
「ほう、それもまたよし。私達は王党派とも組しません。ただ遼州人全体の幸福を……」 
「それで何が起きるんですか?」 
 誠は男の言葉をさえぎった。ゆっくりとうろたえることも無く、誠は男に近づいていった。
「今の遼州には多くの人が生きています。地球人、遼州人、そして先の大戦で作られた人工人間。でもあなたは遼州人のための世界を作ると言いましたね」 
 思いもかけずに誠が自分に近づいてくる。驚いたような表情を浮かべていた男もそれが誠の本心だとわかってゆっくりとわかりやすいようにと心がけるように話を続けた。