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遼州戦記 保安隊日乗 2

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「ええ、勝手にします」 
 誠はそう言うと要の座っていた岩に腰掛けた。
「ろくなことにはならねえぞ」 
「でも、僕はそうしたいんです」 
 風は穏やかに流れる。二人の目はいつの間にか同じように真っ直ぐに水平線を眺めていた。
「ラブラブ!!」 
 背後で聞きなれた甲高い声がして、二人は飛び上がって後ろを見た。手に袋を持ってシャムと小夏が突っ立っている。
「外道が神前の兄貴に色仕掛けを仕掛けていますよ!どうします、師匠」 
「アイシャちゃんとカウラちゃんに教えてあげなきゃ!」 
 二人が走り出そうとしたが、二人の頭を押さえつけた春子の手がそれを邪魔した。
「余計なことするんじゃないよ!」 
 いつもの女将さんといった風情からかつての極道の世界を生きてきた女の顔に変わっているように見える。シャムと小夏はその一にらみで静かに座り込んでいた。だがそれも一瞬のことで次の瞬間には女将の姿に戻っていた。
「私達は戻るけど、要さん達は……」 
 いつもの優しい春子の声。要はいつもの要に戻って右肩をぐるぐると回して気分を変える。
「戻るぞ、誠」 
 そう言ってずんずん一人で先に浜辺に向かう要。シャムと小夏は要にまとわりついては拳骨を食らいながら笑っている。
「邪魔しちゃったかしら」
 そう言いながら誠を見上げる春子。一時の母とは思えないプロポーションに誠は思わず頬を朱に染めている自分に気づいた。
「いえ……そんなに簡単にわかることが出来る人じゃないですから」 
 そう言うと誠も春子を置いて砂浜に向かう。
「みんな……本当に不器用で」 
 そう言いながらシャムが置いていったバケツを拾うと春子も誠の後に続いた。
 
「帰ってきたんだ。ちょうどよかったわ」 
 リアナが微笑んでいた。
「ほら、誠の分だ」 
 スイカのかけらを渡すカウラ。不恰好なスイカのかけらを受け取って誠は苦笑いを浮かべた。
「アタシのは!」 
「中尉のはこっちにありますよ」 
 島田が割れたスイカを解体している。シャムはすぐに大きな塊に手を伸ばす。その手を叩き落として自分のスイカを確保する菰田。
「アタシはアイシャの割れた脳みそが……」
 先ほどまで埋められていたと言うのにやたらと元気にスイカを食べているアイシャ。それを見上げての要の一言。 
「要。私を食べようって言うの?やっぱり百合の気が……」
 そう言って顔を近づけてくるアイシャの額を指ではじく要。 
「うるせえ」 
 そう言うと要はアイシャからスイカのかけらを奪い取って口に放り込む。それでも懲りないと言うようにアイシャは顔を要に近づける。
「うぜえ!離れろ!馬鹿野郎!」 
 アイシャの額を叩く要だが、本気ではないのでアイシャは懲りずに続ける。
「ちゃんとビニールシートの砂は落とせよ!西!ちゃんと引っ張れ!」 
 後片付けの指示を飛ばすキム。
「なんかホッとしませんか?」 
 スイカの種をとりながら誠が声をかける。食べ終えたスイカの皮をアイシャの顔面に押し付けて黙らせて、ようやく一心地ついた要に誠が声をかける。
「そうか?……そうかもしれないな」 
 再びアイシャがキープしていた不恰好に割れたスイカにかぶりつきながら、要はそうつぶやいた。誠は要を見る。見返す要の頬に笑みが浮かんでいた。
「何かあったのか?」 
 不思議そうに見つめるカウラ。
「何でもねえ!何でもねえよ!」 
 そう言うと要は再び大きくスイカの塊に食いついた。
「さてと、連絡、着てるかな」 
 要にスイカの皮を押し付けられてべとべとになった顔をタオルで拭ったアイシャはわざとらしくそう言うと、自分のバッグから端末を取り出す。
「何するの?アイシャちゃん」 
 そう言ってシャムがアイシャの横に座る。自然とサラ、パーラ、島田、キム、エダ、リアナ達が群がっていた。
「ある筋の情報によると、今日は明華お姐さんとタコ中は同時に有給を取っているらしいのよ」 
 もったいぶったように端末の操作キーを一つ一つ押しているアイシャ。
「ある筋も何も吉田だろ?それで情報をハッキングして行き先を調べたのか。趣味が悪りいな」 
 そう言いながらも要はきっちりアイシャの隣の一番端末の画面が見やすい場所に座っていた。
「いいんですかねえ」
 そう言いながらもつい聞き入ってしまう誠だった。
「さてと訪問先は……げ、崎浜だって!タコ中、やるわね」 
 アイシャがその場にいないことを良いことに保安隊副隊長、明石清海(あかし きよみ)中佐のことをそう呼んでいた。それがおしゃれな街として知られる崎浜市にいる。あのどんなに暑い日でもど派手な背広を着こんで肩で風を切って歩くサングラスにはげ頭の大男を思い出してあんぐりと口を開けた誠。
「あの面でか?それこそヤクザと間違えられて職務質問でもされるんじゃねえのか?」 
 これも実に失礼なことを言っている要だが、誠もその二メートルを超える頑丈な巨体の持ち主を思い出した。実家が胡州きっての名刹と言うこともあり頭をツルツルに剃り上げている。紫と赤と言ったような派手なワイシャツとネクタイをして出勤している彼が明らかに緊張した表情で明華を連れて歩いている姿を想像すると自然と笑いがこみ上げてきた。
「きっと今頃は洒落たランチも終わって港が見える喫茶店とかにいるんじゃないの?」 
 すっかり観衆と化したリアナが画面を見ながらそう言った。
「お姉さんちょっと待ってくださいよ」 
 そう言うとアイシャは端末を操作して二人の現在の位置を確認する。
「出ましたよ、やっぱりだ。東海亭だって!」 
「似合わねえー!絶対それは無しだろ!」 
 要が叫ぶまでも無く、オタク知識は満載でも世事に疎い誠ですら知っている喫茶店の名前が出てきてそれを想像してしまった。
「ガンバだよ!タコ中!」 
 聞こえるはずも無いのに端末に向かって応援するシャム。
「明石の旦那。それ定番過ぎますよ」 
 少しあきれ気味に画面を見つめる小夏。
「おい、ちょっと」 
 そんな一同の盛り上がりについていけないとでも言うように、要が席を抜けて誠の肩を叩いた。立ち上がった誠を見ると、要はバッグからビーチサンダルを取り出し、シャツを着た。
「趣味の悪い連中とはおさらばしようぜ」 
 要の言葉に頷くと誠は何もわからないまま言われるままに立ち上がって彼女の手からビーチサンダルを受け取った。今度は先ほど向かった岩場とは反対側に歩く。観光客は東都に帰る時間なのだろう、一部がすでに片付けの準備をしていた。
「あいつ等、野暮なことするなって叔父貴に言われてるってのに」 
 要の口元に笑みが浮かぶ。誠もそのサングラスの下にある目を想像して微笑んだ。要はそのまま浜辺から離れた道へ向かう。
「もう風が変わってきましたね」 
 松の並木が現れ、その間を海に飽きたというようなカップルと何度もすれ違った。
「そうだな」 
 会話をするのが少しもったいないように感じた。なぜか先ほどの時と違って黙って並んで歩いているだけで心地よい。そんな感じを味わうように誠は要と海辺の公園と言った風情の道を歩いた。
 しかし遊歩道に入ったところで要は不意に立ち止まると小声でささやいた。
「誠、気づいてるか?」