小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 2

INDEX|33ページ/70ページ|

次のページ前のページ
 

「そうだな、誠。とりあえず浮くだけでいい。やってみろ」 
 カウラはレベッカのあとをついで誠に指示する。
「浮くだけですか、バタ足とかは……」 
「しなくて良い、浮くだけだ」 
 カウラのその言葉でとりあえず誠はまた海に入った。
 動くなと言われても水に入ること自体を不自然に感じている誠の体に力が入る。力を抜けば浮くとは何度も言われてきたことだが、そう簡単に出来るものでもなく、次第に体が沈み始めたところで息が切れてまた立ち上がった。
「少し良くなりましたよ。それじゃあ私が手を引きますから今度は進んでみましょう」 
 レベッカが手を差し伸べてくる。これまでのシャイなレベッカを見慣れていたカウラはただ呆然と見つめていた。
「じゃあお願いします」 
 誠はただ流されるままにレベッカの手を握りまた水に入る。手で支えてもらっていると言うこともあり、力はそれほど入っていなかったようで、先ほどのように沈むことも無くそのまま息が続かなくなるまで水上を移動し続ける誠。
「良いじゃないですか、神前君。その息が切れたところで頭を水の上に出すんですよ」 
「そうですか、本当に力が入るかどうかで浮くかどうかも決まるんですね」 
 これまで怯えたような、恥ずかしがるような顔しか見せなかったレベッカが笑っている。誠はつられて微笑んでいた。
「よう!楽しそうじゃねえか!」 
 背中の方でする声に思わず顔が凍りつく誠。
「西園寺さん……」 
 振り返ると浮き輪を持った要がこめかみを引きつらせて立っている。
「西園寺さん、神前君少しは浮くようになったんですよ」 
 レベッカのその言葉にさらに要の表情は曇る。
「ああ、オメエ等好きにしてな。アタシはどうせ泳げはしないんだから」 
 そう言うと要は浮き輪を誠に投げつけて浜辺へと向かった。


 保安隊海へ行く 17


「あの!アイシャさ……?」 
 声をかけようとして誠は要に足元の青い物体を見つけた。誠はよくよくそれを観察してみる。髪の毛のようなもの、それは首から下を埋められたアイシャだった。さらにその口には要のハンカチがねじ込まれて言葉も出ない状態でもがいている。
「あーあ!つまんねえな」 
 そう言いながらパラソルの下に寝そべる要。自分のバッグからまたタバコと灰皿を取り出す。
「そんなこと言わないでくださいよ」 
「なんだよ、オメエも埋めるぞ」 
 要の言葉を聞いて誠が下を見る。黙って見上げてくるアイシャ。掘り出そうかと思ったがまた何をするのかわからないのでとりあえず掘り出さないで置く。要は静かにタバコに火をつけた。
「あのー……」
 誠はそう言いながらそのまま要の手を取っている自分を見た。驚いた表情を浮かべる要。そして誠自身もそのことに驚いていた。
「少し散歩でもしましょうよ」 
 自分でも十分恥ずかしい台詞だと思いながら誠は立ち上がろうとする要に声をかけていた。
「散歩?散歩ねえ……まあ、オメエが言うなら仕方ねえな。付き合ってやるよ」 
 そう言うとしばらく誠を見つめる要。彼女はタバコをもみ消して携帯灰皿を荷物の隣に置いた。そしてその時ようやく誠の言い出したことに意味がわかったとでも言うようにうなだれてしまう。
「カウラさん!レベッカさん!すいません。ちょっと歩いてきます」 
 そう言うと誠は要の手を握った。
「え?」
 要はそう言うと引っ張る誠について歩き出す。少し不思議そうな、それでいて不愉快ではないと言うことをあらわすように微妙な笑みを浮かべる要。
「良い風ですね」 
 誠は相変わらず驚いた顔をしている要に話しかけた。
「まあな」 
 上の空と言った感じで要は視線を泳がせている。砂浜が途切れて下から並みに削られたようにのっぺりとした岩が現れる。はだしの誠にはその適度に熱せられた岩の表面の温度が心地よく感じられていた。
「あそこの岩場ですか?ナンバルゲニア中尉達がいるのは」 
「そうなんじゃねえの」 
 状況がわかってくると次第に機嫌の悪いいつもの要に戻る。とりあえず誠についていてやることがサービスのすべてだとでも言うように、誠の視線に決してその視線は交わらない。誠も変に刺激しないようにと、ただ海岸線を二人して歩く。
 海を臨めば、波は穏やかでその色は土用過ぎとは思えない青さである。要は誠が海を見れば山を、山を見れば海を見つめている。次第に磯が近くなり、海の中に飛び出す岩礁の上に白い波頭が見えた。
「オメエ。つまんねえだろ。カウラ達のところか、シャムのところへでも行ってこいよ」 
 そう吐き捨てるように言うと、要は砂浜から大きく飛び出した岩に腰を下ろした。
「別につまらなくは無いですよ。僕はここにいたいからここにいます」 
 そう言い切った誠に諦めきったような大きなため息をつく要。
「ったく、勝手にしろ」 
 そう言うと要はいつもの癖で普段の制服ならそこにあるはずのタバコを探すように右胸の辺りに手を泳がせた。
「何だよ」 
 要が誠をにらんでくる。
「別に何でもないですよ」 
「嘘つけ」 
 要は一度誠の視線から逃れるように下を向くと顔を上げた。作り笑いがそこにあった。時々要が見せるいきがって見せるようなはかない笑い。
「どうせオメエも怖いからここまで付いてきただけだろ?アタシに近づく奴は大概そうだ。とりあえず敵にしたくないから一緒にいるだけ。まあそれも良いけどな。親父のことを考えて近づいてくる馬鹿野郎に比べればかなりマシさ」 
 そう言って皮肉めいた笑みを口元に浮かべた。いつもこう言う場面になると要は自分でそんな言葉を吐いて壁を作ってしまう。そこにあるのはどこと無くさびしげで人を寄せ付けない乾いた笑顔。
「そんなつもりはないですけど」 
 真剣な顔を作って誠は要を正面から見つめた。そうすると要はすぐに目を逸らしてしまう。
「自覚がないだけじゃねえの?アタシはカウラみたいに真っ直ぐじゃない。アイシャみたいに器用には生きられない。誰からも煙たがられて一人で生きるのが向いてるんだ」 
 そう言うと立ち上がって、吹っ切れたように岩場に打ち付ける穏やかな波に視線を移す要。誠は思わず彼女の両肩に手を置いた。驚いたように要が誠の顔を見つめる。
「確かに僕は西園寺さんのことわかりませんでした」 
 ほら見ろとでも言うようにほくそ笑んだ後再び目を逸らす要。
「そんな一月くらいでわかられてたまるかよ」 
 そのまま山の方でも見ようかというように安易に向けた視線だったが、誠のまじめな顔を見て要の浮ついた笑顔が消えた。
「そうですよね。わかりませんよね。でもいつかはわかろうと思っています」 
「そいつはご苦労なこった。何の得にもならねえけどな」 
 さすがに誠の真剣な態度に負けて誠を見つめている要。その表情は相変わらずふてくされたように見える。
「そうかもしれません、でもわかりたいんです」 
 そう言う誠の真剣な誠の視線。要にとってそんな目で彼女を見る人物というものは初めてだった。何か心の奥に塊が出来たような感覚が走り、自然と視線を落としていた。
「そうか……勝手にしろ」 
 搾り出すように要が言葉を吐き出す。自分の肩に置かれた誠の手を振り払うとそのまま海を眺めるように身を翻す。