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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 要がこぶしを握り締めてアイシャをにらみつける。アイシャはいつものようにすばやく要から遠ざかると誠の陰に隠れて要を覗き見るふりをした。
「ロナルド・J・スミス特務大尉……」 
「ロナルドでいいですよ。カウラさん」 
 穏やかにロナルドからファーストネームで呼ばれたカウラが顔を赤くして下を向いた。ロナルドの余裕のある態度。それを見てカウラも気丈に長身の彼を見上げてみせる。
「ああそうだロナルド、そろそろ出かけないと出頭予定時刻に遅れるぞ!」 
 頑丈そうな腕でロナルドの肩をたたく岡部。ロナルドは髪を両手で撫で付けた後静かに手を振る。
「そうだな。では本部でお会いしましょう」 
 ロナルドはそう言うと、部下達を連れてロビーへと急ぐ。
 突然の来客に唖然としていた誠達。そこに入れ替わるようにしてサラとエダ、そして小夏がやってきた。
「姐さん達、遅いですよ!ヒンヌー教徒が場所取ったからつれて来いって騒いでますよ」 
 シャムの隣に立って、両手を腰に当てて小夏が言った。誰がどう見ても小夏が姉の中学生。シャムが妹の小学校低学年と言った風にしか見えない。
「菰田の馬鹿だろ?あんな連中ほっときゃいいんだよ。それより神前。冷えたビールケースで買って来い金は……」 
「そんな、島田先輩。もしかして一人で運ぶんですか?」 
 いつものような非情な指令に泣き言を言う誠。だが島田はそんな誠を苛めるのが楽しくてしょうがないと言う顔をしている。そしてその様子を見てシャムが元気よく右手を上げた。
「シャムちゃんも手伝うの!」 
「師匠が行くならあたしも!」 
 誠はシャムと小夏が立候補する姿を見てほっとした。だが相変わらず財布のことを考えて上目遣いに島田の譲歩を待つ。
「アタシも行くよ。コンビニの場所とか知らねえだろうし、金はどうせ立替で後で清算だろ?」 
 その言葉、誰もが予想しなかった要の登場に周囲の空気が止まった。
「お前、何か企んでいるのか?」 
 要の気まぐれに恐る恐るカウラがたずねた。サングラスをはずしてまなざしを投げる要。
「何が?」 
 じっと要のタレ目を確認した後、そのまま押し黙るカウラ。
「別にいいじゃないの。要、先行ってるわよ」 
 そう言うとアイシャはいまひとつ納得できないと言うような顔をしている島田達を連れて出て行った。
「じゃあアタシ等も行くぞ」 
 要はそう言うと先頭を切って歩く。だがシャムも小夏もただ不思議な出来事にでもであったと言うように立ち止まっていた。
「神前の兄貴。あの外道、何かあったんですか?」 
 小声で誠につぶやく小夏。首をひねってみた誠だが思いつくことも無いので黙って要について行く事にした。
「うわっ、暑いなあこりゃ」 
 自動ドアを出たとたん要が叫んだ。9時を回ったばかりだと言うのに、破壊的な日差しが一同に容赦なく降り注ぐ。海風も周りのアスファルトに熱せられて、気味が悪くなるほどの熱風となって誠一行を迎える。
「コンビニって近いんですか?」 
 誠は車止めの坂を下りながら要に尋ねてみた。
「なに、ちょっと海水浴場を通り過ぎた所にあるんだ」 
 要はそう言うとずんずん先を歩いていく。サイボーグの彼女ならこのような場所でも平気かも知れないが生身の誠には拷問に近いものだった。先ほどまでのホテルの冷気に慣れた誠の体力を熱風が確実に奪っていく。
「アイス!アイス!」 
 しかしシャムは元気だった。麦藁帽子の縁を手で持ちながらうれしそうにそう繰り返す。ホテルの入り口の石でできたオブジェを過ぎるところまで出ると要は振り返って叫ぶシャムに目をやった。
「シャム。それはテメエの金で買え」 
 シャムは少し残念だったと言うように口を尖らせる。そのまま道を下ってみやげ物屋が軒を連ねる海辺の街道に出ると、それまでの熱風が少しはさわやかな海風と呼べるような代物になったていた。誠は防波堤の向こうに広がる砂浜のにぎわう様を見ていた。
「やっぱり結構人が出てますね」 
 砂浜はパラソルの花があちらこちらに咲き乱れ、波打ち際には海水浴客の頭が浮いたり沈んだりを繰り返している。
「まあ盆過ぎだからイモ洗いにはならねえけどな。小夏のジャリ」 
「ジャリじゃねえ、この外道が!」 
 今度は小夏が頬を膨らませる。彼女も先ほどまでは誠と同様暑さにへこたれそうになっていたのだが海からのさわやかな風に息を吹き返していつもの調子で要をにらみつけた。
「アタシ等、一箱づつ持って帰るわけだが、お前持てるのか?一箱」 
 そう言って得意げに振り返る要。誠は伊達に鍛えてはいない、要は軍用のサイボーグである。シャムはその小柄な体に見合わず力持ちであることは誠は知っていた。
「アタシだって……」 
 缶ビール一ケースの重さは、飲み屋の娘である小夏には良く分かっていた。狭いあまさき屋の中を運ぶのとはわけが違う。
「僕が二箱持ちますよ」 
 当然そうなるだろうと覚悟しながら誠はそう言った。
「アタシが二つ持つから、ジャリはつまみでも持ちな」 
 サーフボードの青年を避けて振り返った要の言葉に誠と小夏の目が点になった。明らかにいつもの要が口にする言葉では無かった。
「おい、要!何か後ろめたいことでもあるのか?」 
 小夏が生意気にそう言った。いつもの要ならそのまま小夏の頭をつかんでヘッドロックをかますところだ。しかし、振り向いた要は口元に不敵な笑いを浮かべるだけだった。
「なんか変だよ、要ちゃんどうしたの?」 
 不安そうにシャムがつぶやく。
「一応この体だって握力250kgあるんだぜ、アタシは。缶ビール二ケースくらい余裕だよ」 
 上機嫌に話す要。そしてそのまま彼女は浜辺に目を向ける。
「それにしてもヒンヌー教徒はどこ取ったんだ?」 
 海岸線沿いの道路。一同は歩きながら浜辺のパラソルの群れを眺めていた。赤と白の縞模様のパラソルを五つ保安隊は備品として倉庫から引っ張り出してきていた。
「どれも同じ様なのばっかりじゃん。分からないっすよ」 
 小夏が一番にあきらめて歩き始める。誠もどうせ分からないだろうとそれに続く。
「菰田っちなら結構広いところ取ってくれるよね?」 
 シャムはそう言いながら砂浜を見渡している。
「あれじゃねえか?……バッカじゃねえの?」 
 要が指差した先には、『必勝遼州保安隊』というのぼりが踊っていた。野球部の部室の奥にあった横断幕である。
「アホだ……」 
 思わず誠はつぶやいていた。
「誰も止めなかったのかよ、あれ」 
 そう言うと要は足を速めた。さすがにいつもより心の広い要でも恥ずかしくなったようだった。
「きっと正人っちが片付けてくれるよ」 
 さすがにシャムですら菰田達ヒンヌー教徒の暴走にはあきれているようだった。とりあえず目的地がわかったことだけを考えるようにして海に沿って続く道を進む。
「やっぱ車でも借りりゃあよかったかな?」 
 暑さに閉口した要が思わずそう口にしていた。
「やっぱりアイス買おうよ」 
 そんなシャムの言葉に要の視線が厳しくなる。
「それはお前が買え。アタシは缶ビール買ってその場で飲む」