遼州戦記 保安隊日乗 2
二人の飽きない会話を聞きながら誠はようやく見えてきたコンビニの看板を見てほっとしていた。買出しの観光客で一杯の駐車場。四人は汗をぬぐいながら入り口に向かって進む。
「やっぱ考えることは一緒か」
缶ビールとアイスを持った親子連れを見ながら要がつぶやく。
「アイス!要ちゃん!自分のお金ならいいんだよね?」
満面の笑みで人だかりに呆れた要を見上げるシャム。
「そうだな、店中のアイスを買い占めても文句は言わねえよ」
要の言葉に店内に飛び込むシャムとそれに続く小夏。誠もその姉妹のようなコンビネーションに苦笑いを浮かべていた。
「ジャリは元気だねえ」
サングラスをずらした要が誠の顔を見上げる。
「何か?」
誠が口を開くが、要は何も言わず店内に入った。弁当とおにぎりの棚の前に客が集まっている。要はそれを無視してレジを打っている店長らしき青年に声をかけた。
「缶ビール四ケースあるか?」
並んでいた客の迷惑そうな顔を無視する要。
「すいません、ちょっと待ってください」
そう言うと青年はスナック菓子の陳列をしているアルバイトの女の子に声をかける。
「ビール24本入りのやつ四つほしいんだけど」
「お客様、冷えて無くても……」
舌打ちをする要。そして一呼吸入れると頭を掻きながら女子高生風のアルバイト店員に向き直る。
「ああ、クーラーボックスはあるから出してくれたらそのまま持ってくよ」
その言葉に少し遠慮がちに、バックヤードから出てきた高校生と言った感じのバイトと顔を見合わせると、そのまま二人は奥に消えていった。
「小夏!つまみとか選んでろ。シャムはアイスは決まったか?」
「うん!チョコ最中!誠君も食べる?」
にこやかに小夏の分と二つを持ったシャムが振り向く。
「いいです。僕もビールをやりますから」
断った誠の顔を満足げに見上げる要。
「神前、そりゃあいいや。アタシの分も頼むわ」
女子高生らしい店員が重そうに台車に乗せたダンボール四つのビールを運んでくる。
「シャム。アイスの勘定はお前がしろよ」
そう言いながらカードを取り出す要。
「ケチ!」
シャムがすねながらレジの列に並んだ。小夏がポップコーンやポテトチップや珍味と言った菓子やつまみを持って要の元にやってくる。
「裂きイカはあるか?」
「当たり前だろ!アタシも大好きだからな」
そう言うと小夏は菓子類をダンボールの上に置いた。閉めていたレジを開けて、勘定を始める女の子。隣の列に並んでいたシャムはもう払いを済ませて小夏をつれてアイスを食べるために出て行った。
「ああ誠、冷えてるビール二缶持って来い」
要はレジを操作している店員を見ながらそう言った。
「銘柄は……」
奥に向かおうとした誠だが、振り返って思い出したように尋ねた。
「何でもいいぜ。ただ発泡酒はやめろ、ちゃんとしたビールな」
そう言われて冷蔵庫に向かう誠。とりあえずあまさき屋で出しているのと同じ銘柄の缶ビールを二つ持って要のところまで行く。
「ありがとな。店員!こいつも頼むわ」
追加の商品にあからさまに嫌な顔をする店員。いつもならサングラスをはずして眼を飛ばすくらいのことをする要だが、特に気にすることも無く会計を済ませる。
「誠。アイス食ってるアホの分も頼むわ」
要はそう言うと軽々と二箱のビールを肩に担ぐと、あきれながら見つめている店員や周りの客の視線を無視して表に出る。あわてて誠もその後に続いた。
店先でアイスを食べているシャムと小夏の前にどっかと二箱のビールを置くと、誠が持っていたビールを受け取って一気にのどに注ぎ込む要。
「やっぱ夏はこれだぜ」
そう言って簡単に飲み干したビールの缶を握りつぶす要。
「もう飲んだんですか?」
まだプルタブを開けたばかりの誠が問いかける。
「ビールはのど越しで味わうもんだ。シャム、その目は飲みたいって顔だな?」
「うー……」
シャムの目はビールを飲み始めた誠を見つめている。
「どうせ身分証はバッグの中だから買えないんだろ?ざまあみろ」
シャムが膨れている。どう見ても小学生な彼女。恨みがましく要を見ている。
「おい、誠。先に行くからゆっくり飲んでてくれよ。とりあえず一箱シャムの分だ」
要はそう言うと積み上げられた四つのビールの箱との一つを地面に置いた。
「誠ちゃんこれ持ってくね!」
そう言うとビールを飲み始めた誠から、シャムが一箱のビールを持ち上げて軽く肩に乗っけた。
「じゃあ先行くから!」
シャムはそう言うと誠からつまみ類を受け取った小夏と一緒に恥ずかしいのぼりを目指した。
「しかし、元気ですねえ。ナンバルゲニア中尉」
「まあ他にとりえが無いからな。それより気をつけろよ」
少しうつむき加減に要がサングラスをはずす。真剣なときの彼女らしい鉛のような瞳がそこにあった。
「今日のロナルドとか言う特務大尉殿だ。前にも言ったろ、アメリカの一部軍内部の勢力は貴様の身柄の確保を目的にして動いている。叔父貴が認めたくらいだから海軍はその勢力とは今のところ接点は無いようだがな。だが、あくまでそれは今のところだ」
誠は残ったビールを一気に流し込むようにして飲むと、缶をゴミ箱に捨てた。
「局面によっては敵に回ると言うことですか?」
「分かりやすく言えばそうだな。あのロナルドって男は特殊任務の荒事専門部隊の出なのは間違いない。それこそ、そう言う指示が上から降りれば間違いなくやる」
それだけ言うと、要は再びサングラスをかけた。
「まあそれぐらいにして……今日は仕事の話は止めようや。とっとと付いて来いよ!」
そう言うと軽々と二箱のビールを抱えて、早足で要は歩き始めた。
保安隊海へ行く 13
「んだ。暑いなあ。やっぱ島田辺りに押しつけりゃ良かったかな」
焼けたアスファルトを歩きながら要は独り言を繰り返す。海からの風もさすがに慣れてしまえばコンビニの空調の効いた世界とは別のものだった。代謝機能が人間のそれとあまり無い型の義体を使用している要も暑さに参っているように見えた。
「やっぱり僕が持ちましょうか?」
気を利かせた誠だが要は首を横に振る。
「言い出したのはアタシだ、もうすぐだから持ってくよ」
重さよりも汗を拭えないことが誠にとっては苦痛だった。容赦なく額を流れる汗は目に入り込み、視界をぼやけさせる。
「ちょっと休憩」
要がそう言って抱えていたビールの箱を置いた。付き従うようにその横に箱を置いた誠はズボンからハンカチを取り出して汗を拭うが、あっという間にハンカチは絞れるほどに汗を吸い取った。
「遅いよ!二人とも!」
呆然と二人して休んでいたところに現れたのはピンク色のワンピースの水着姿のサラ、紫の際どいビキニのパーラ、そしてなぜか胸を誇張するような白地に赤いラインの入った大胆な水着を着たレベッカまでがそこにいた。要はレベッカの存在に気づくとサングラス越しに舐めるようにその全身を眺める。
「おい、サラ。なんでこいつがいるんだ?」
不機嫌に指を刺す要。その敵意がむき出しの言葉に思わずレベッカが後ずさる。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作家名:橋本 直