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遼州戦記 保安隊日乗 2

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「しつけえんだよ、腐れアマ!本人が違うって言ってるんだからそれで良いじゃねえか!」 
 さすがに癇に障ったように、要がアイシャをにらみつけた。口の中でもぞもぞ言葉を飲み込みながら、アイシャはメロンの皿をカウラに渡した。
「いいのか?」 
 嬉しそうでありながら信用できないと言うように複雑な表情を浮かべているカウラ。
「カウラちゃん、メロン好きそうだからあげるわ。怖い『山犬』が怒ってるから噛まれないうちに準備してくるわね」 
 そう言うとアイシャは食事を終えて入り口で手を振っていたシャムやサラ、そして島田達に向かって歩いて行った。
「ここの露天風呂を使ってたということは、ここに泊まっているはずだが、それらしいのは居ねえな」 
 周りを見渡し、納得したように今度は煮物のにんじんを箸で口に運ぶ要。
「別館なら完全洋式でルームサービスが出るだろ。そちらに泊まっているんじゃないのか」 
 カウラはそう言うとアイシャの残していったメロンをまたゆっくりと楽しむように味わっている。
「そう考えたほうが自然ですね」 
 誠がそう言うと、目の前に恨みがましい目で誠を見つめている要の姿があった。
「誠!テメエ、カウラの話だとすぐ同意するんだな」 
 まるで子供の反応だ。そう思いながらも要の機嫌を取り繕わなくてはと誠は首を振った。
「そんなこと無いですよ……」 
 助けを求めるようにカウラを見たが、メロンを食べることに集中しているカウラにその思いは届かなかった。誠は空気が自分に不利と考えて鯵の干物を口に突っ込んで味噌汁で流し込んだ。
 要は相変わらず不機嫌そうで言葉も無い。そんな沈黙の中、黙々と食事を続ける誠。
「ああ、私も先に行くぞ」 
 ゆっくりと味わうようにメロンを食べ終えたカウラが立ち上がる。要は顔を向けることも無く茶碗からご飯をかきこむ。誠はと言えばとりあえずメロンにかぶりつきながら同情するような視線のカウラに頭を下げた。
「やっぱりカウラの言うことは聞くんだな」 
 完全にへそを曲げた要。こうなったら彼女は何を言っても無駄だとわかっている。誠はたっぷりと皮に果肉を残したまま味わうことも出来ずにメロンを食べきって立ち上がる。
「薄情物」 
 去り行く誠に一言要がそう言った。誠も気にしてはいたが要の機嫌をとるのは無理だと思ってそのままエレベータコーナーまで黙って歩いていった。
 そして部屋に戻った誠は荷物を片付ける仕事があった。すでにキムは荷物の片づけを終えて、景色を見るべくベランダにいた。島田は入り口のそばで屈伸をしている。
「早くしろよー!」 
 サングラスをかけた島田が上目遣いに誠をにらむ。誠はそそくさと隣の和室に入ると、かけてあった儀礼服をバックに突っ込んだ。
「それだけか?荷物」 
「ええ、とりあえず一泊ですから」 
 そう言うとジッパーを閉めてバッグを小脇に抱えた。大型のリュックを背負って島田が立ち上がる。
「おい!キム!行くぞ」 
 ガラスをたたいて島田がキムを呼んだ。赤とオレンジが基調の派手なアロハを着たキムがガラスを開けて自分の旅行かばんを指差した。
「暑いなあ、さすがに。ビールでも飲みたい気分だな」 
「止してくれよ。お前、帰りの運転手じゃねえか」 
 島田はそう言うとキムにバッグを渡す。
「それにしてもいい天気だな」 
 誠は島田の言葉に釣られて大きな窓に目を向けた。水平線ははっきりと靄もなく見える。そらの青はその上に広がり、太陽がそのすべてに等しく日差しを振りまいている。
「よしっと」 
 窓の前で再び屈伸をした島田。彼が履いているのはビーチサンダル。
「もしかしてプライベートビーチとかですか?」 
 ホテルの裏の、時期にしては閑散としているように見える浜辺を見た誠がつぶやく。
「いや、アイシャのおばさんが『プライベートビーチなど邪道だ!』とか言って隣の一般海水浴場に行くんだと」 
「誰がおばさんよ!誰が!」 
 いきなりドアが開いて胸だけを隠しているように見える大胆な格好をしたアイシャが怒鳴り込んできた。彼女はそのまま島田の耳をつまみ上げる。
「痛い!痛いですよ!鍵がかかってるでしょ?どうやって入ったんですか?」 
 島田がそう言う後ろから、一枚のカードを持った要が入ってくる。 
「一応、このホテルの名義はアタシだからな。当然マスターキーも持ってるわけだ」 
「聞いてないっすよ!」 
 島田の驚く顔を見て満足げに頷く要。涙目になりかけた島田を離したアイシャが誠の手をつかんで引っ張った。誠はとりあえず要の機嫌がよくなっていることに気づいてほっと胸を撫で下ろす。
「さあ先生!行きましょうね!」 
 紺色の長い髪をなびかせながら誠を引っ張って廊下に出るアイシャ。廊下には遠慮がちにアイシャの荷物を持たされている淡い緑色のキャミソールを着たカウラがやれやれと言ったように二人を眺めていた。
「んじゃー行くぞ!」 
 要が手を振ると皆はエレベータルームに向かった。
「西園寺さん。この絵、本物ですか?」 
 明らかにこの集団が通るにはふさわしくない瀟洒な廊下。そこにかけてある一枚の絵画。印象派、ということしか誠には分からない絵を指して要に尋ねた。要はまったく絵を見ることはしない。
「ああ、モネの睡蓮な。模写に決まってるだろ」 
「そうですよね」 
「本物は実家だ」 
 それだけ言って立ち去る要。あまりにも自然で当然のように振舞う要にただ呆然とする誠だった。
「本物持ってるの?要ちゃん」 
 思わずアイシャが突っ込む。要はめんどくさそうに額に乗っけていたサングラスを鼻にかける。
「親父が9歳誕生日にプレゼントだってくれたのがあるぜ。アタシは印象派は趣味じゃねえけどな」
 開いたエレベータの扉に入る。感心したように要を見つめるアイシャと島田。カウラは意味がわからないと言うように首をひねりながら誠を見つめている。
「さすがにお嬢様ねえ。昨日の格好も伊達じゃないってことね」 
 アイシャが独り言のようにつぶやくと、要は彼女をにらみつけた。
「怖い顔しないでよ。別に他意はないんだから」 
 笑ってごまかすアイシャ。島田は両手で計算をしている。誠にはつぶやいている内容からして、実物のモネの睡蓮の値段でも推理しているように見えた。扉が開き、エレベータルームを抜けたところで、先頭を歩いていた要の足が止まった。
「これは奇遇ですね」 
 立っていたのはアメリカ海軍の夏服を着たロナルド、岡部、そして初めて見るみる浅黒い肌の将校と、長いブロンドの髪をなびかせている眼鏡の女性の将校だった。
「こいつか?昨日、誠が見たって言う……」 
 失礼なのをわかっていて要がロナルド達を指差す。
「そう言うことなら話は早い。西園寺中尉、お初にお目にかかります。私は……」 
 ロナルドの言葉に要のタレ目がすぐに殺気を帯びる。その迫力に思わずロナルドは口を噤んでしまった。
「おい!誰が中尉だ!アタシは大尉だ!」