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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 とりあえずズボンをはきポロシャツに袖を通す。確かに絶好の海水浴日和である。誠はしばらく呆然と外の景色を眺めていた。
 島田達を追いかけようと誠がドアに向かうその時、ドアをノックする音が聞こえた。ベルボーイか何かだろう。そう思いながら誠はそのまま扉を開いた。
「よう!」 
 要が立っている。いかにも当たり前とでも言うように。昨日のバーで見たようなどこかやさぐれたいつも通りの要。
「西園寺さん?」 
 視線がつい派手なアロハシャツの大きく開いた胸のほうに向かう。
「何だ?アタシじゃまずいのか?」 
 いつもの難癖をつけるような感じで誠をにらみつけてくる。気まぐれな彼女らしい態度に誠の顔にはつい笑顔が出ていた。
「別にそう言うわけじゃあ無いんですけど……」 
 誠は廊下へ出て周りを見渡した。同部屋のアイシャやカウラの姿は見えない。
「西園寺さんだけですか?」 
 明らかにその言葉に不機嫌になる要。
「テメエ、アタシはカウラやアイシャのおまけじゃねえよ。連中は先に上で朝飯食ってるはずだ。アタシ等も行くぞ」 
 そう言うと要は振り向きもせずにエレベータルームに歩き出す。仕方なく誠も彼女に続く。廊下から見えるホテルの中庭。はるか先には山々が見える。保安隊の本部が置かれている豊川の街はあの山の向こうだ。そんなことを考えながら黙って歩き続ける要の後ろををついていく。
「昨日はすいません」 
 きっと何かとんでもないことでもしている可能性がある。そう思ってとりあえず誠は謝ることにした。
「は?」 
 振り返って立ち止まった要の顔は誠の言いたいことが理解できないと言うような表情だった。
「きっと飲みすぎて何か……」
 そこまで誠が言うと要は静かに笑いを浮かべていた。そして首を横に振りながら誠の左肩に手を乗せる。 
「意外としっかりアタシの部屋まで送ってくれてただろ?もしかして、記憶飛んでるか?」 
 エレベータが到着する。要は誠の顔を見つめている。こう言う時に笑顔でも浮かべてくれれば気が楽になるのだが、要にはそんな芸当を期待できない。
「ええ、島田先輩達が言うにはかなりぶっ飛んでたみたいで……」 
「ふうん……そうか……」 
 要が珍しく落ち込んだような顔をした。とりあえず彼女の前ではそれほど粗相をしていなかったことが分かりほっとする誠。だが明らかに要は誠の記憶が飛んでいたことが残念だと言うように静かにうなだれる。
「まあ、いいか」 
 自分に言い聞かせるように一人つぶやく要。扉が開き、落ち着いた趣のある廊下が広がっている。要は知り尽くしているようにそのまま廊下を早足で歩いた。
 観葉植物越しにレストランらしい部屋が目に入ってきた。要はボーイに軽く手を上げてそのまま誠を引き連れて、日本庭園が広がる窓際のテーブルに向かった。
「あー!要ちゃん、誠君と一緒に来てるー!」 
 甲高い叫び声。その先にはデザートのメロンの皿を手に持ったシャムがいた。
「騒ぐな!バーカ!」 
 要がやり返す。隣のテーブルで味噌汁をすすっていたカウラとアイシャは、二人が一緒に入ってきたのが信じられないと言った調子で口を中途半端に広げながら見つめてきた。
「そこの二人!アタシがこいつを連れてるとなんか不都合でもあるのか?」 
 要がそう叫ぶと、二人はゆっくりと首を横に振った。誠は窓際の席を占領した要の正面に座らざるを得なくなった。
「なるほどねえ、アサリの味噌汁とアジの干物。まるっきり親父の趣味じゃねえか」 
 メニュー表を手にとって西園寺がつぶやく。
「旨いわよここのアジ。さすが西園寺大公家のご用達のホテルよね」 
 そう言って味噌汁の中のアサリの身を探すアイシャ。カウラは黙って味付け海苔でご飯を包んで口に運んでいる。二人をチラッと眺めた後、誠は外の景色を見た。
 日本庭園の向こう側に広がるのは東和海。その数千キロ先には地球圏や遼州各国の利権が入り乱れ内戦が続いているべルルカン大陸がある。
「なに見てるんだ?」 
 ウェイターが運んできた朝食を受け取りながら、要はそう切り出した。
「いえ、ちょっと気になることがあって」 
「なんだ?」 
 要は早速、アジの干物にしょうゆをたらしながら尋ねる。
「第四小隊のことですけど」 
 その言葉に要は目も向けずに頷いて見せた。
「ああ、知ってるよ。アメちゃんが仕切るんだろ?それがどうかしたか?」 
 どうでもいいことのように要はあっさりとそう言った後、味噌汁の椀を取ってすすり込んだ。
「でもなんでですか?隊長はアメリカじゃあ凶悪テロリスト扱いされているって……」 
 そんな誠の言葉に正面切って呆れ果てたと言う表情を浮かべる要。その視線に誠は言うんじゃなかったというような後悔の念にとらわれた。
「単純だねえ。確かに遼南内戦で叔父貴がアメちゃんとガチでやりあったのは有名な話だ。当時は目が飛び出すような賞金賭けて叔父貴のこと追いまわしてたけどな」 
 要はそう言うと今度は茶碗を手に取り、タクワンをおかずに白米を口に運ぶ。
「状況はいつでも変わる。叔父貴が6月クーデターで遼南の実権を掌握してから最初に手をつけたのはアメリカとの関係改善だ。在位中に3度、つまり一年に一回はアメリカを訪問している。向こうだって下手に出ている相手を無碍にすることは出来ねえ。昨日の敵は今日の友。アタシ等兵隊さんの業界じゃよくあることさ」 
 そう言うと要はようやく本命のアジをつつき始めた。
「それよりそんな話切り出すなんて……会ったのか?アメリカの兵隊さんにでも」 
 里芋の煮物を器用につかんで口に放り込みながら要が不思議そうな目で誠を見る。
「昨日、風呂場で会いました」 
 誠のその言葉に、隣のテーブルのアイシャが突然噴出した。
「なんでオメエが噴出すんだよ!」 
 変わらない目つきで今度はアイシャを見つめる要。アイシャは慌てて立てかけてあったペーパータオルを何枚も取り出してテーブルの掃除を始める。
「腐った脳みそが動き出したんだろ」 
 淡々とメロンを食べ続けるカウラ。その表情はいつものメロン好きな彼女らしい至福のひと時のように見えた。
「カウラ、知ってんだな、第四小隊の面子」 
 ようやく理解したと言うように要がカウラに話題を振る。
「おとといの部隊長会議で書類には目を通した。小隊長として当然の職務だ」 
 それだけ言うと、なぜか慎重にメロンをスプーンですくう。
「なんだよ、アタシだけのけ者か?」 
 すねたように外の庭園に視界を移す要。
「あの誠ちゃん……」 
 テーブルの掃除を済ませたアイシャの目つき。何を期待しているのかは良くわかった。
「すいませんアイシャさん。お望みの展開にはなっていないので」 
 アイシャが目を輝かせて見つめてきたので、つい誠はそんなことを口走っていた。彼女の思惑通りにロナルドとくんずほぐれつになって見せてやるほど誠はお人よしではない。
「まあ、誠ちゃんはシャイだから。そのうち目くるめく男同士の……」 
「遠慮します!」 
 さすがにこれが限界だったので、語気を荒げてそう言うと誠は味噌汁を口の中に流し込んだ。
「でも男同士で裸だったら……」