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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 突然のリアナの声、誠がアイシャに目をやるとその後ろには笑顔のリアナが立って居た。ほんわかしたその表情。一応、同じ人造兵士であるカウラを見て、もう一度リアナを見ると不思議な気分になる誠だった。そしてアイシャが仕切る小旅行がどれほど破天荒な展開を迎えることになるのかと思いをめぐらしたが、すぐにそれが無駄だと悟った。
 とりあえず流されろ。あとはどうにかなる。誠の中で悟りきった声が聞こえた。
「それより隊長は?」 
 リアナが不安そうに幹事を勝手に引き受けているアイシャに聞いた。
「ああ、隊長は留守番するって話です。何でも新しい部隊設立の打ち合わせで手が離せないとか」 
 アイシャの言葉に少しばかり残念と言う表情になるリアナ。
「それじゃあ……シャムちゃんは小夏ちゃんに連絡した?」 
「うん!ちゃんと予定空けてもらってるよ!」 
 小学生が軍服着ているようにしか見えないシャムは元気良くそう答えた。シャムとリアナのやり取りはいつ見ても小学校の先生と生徒のそれだ。そう思いながら誠は頬の筋肉が緩んでいくのを感じていた。
「それで先生。相談なんだけど……」 
 アイシャが誠が座っている椅子に向かって歩いてくる。いつものように黙っていれば保安隊屈指の美貌の持ち主である彼女に迫られて誠は動揺していた。
「あのー、アイシャさん。僕の事『先生』て呼ぶの止めてくれませんか?」 
 誠のと言えば部隊内での評価は野球部のピッチャーであり漫画を描けると言うことにある。大学時代にも野球部でエースを務める傍ら、東都理科大の漫画サークルでそれなりに知られていたことはいい思い出だ。しかし同人誌の買い手にアイシャ本人が居た事は部隊配属まで知らなかった。こちらは下士官、アイシャは佐官。さすがに『先生』呼ばわりは気が引けた。
「それじゃあ誠ちゃん。お願いがあるんだけど」 
 誠ちゃん。そう呼んだ時に要とカウラが気に障ったとでも言う様な視線を投げる。アイシャはそれを無視すると、誠の手を握りしめた。
「あ、え、その。なんでしょうか?」 
 針のムシロ。明石、吉田、島田の男性陣は明らかにざまあみろというような顔をしている。
「実はね……いい水着が無いのよ。お願いだから……一緒に買うの付き合ってくれる?」 
 突然のアイシャの言葉に誠はただ呆然と彼女の切れる様な鋭い視線に戸惑うだけだった。
「おいおい。オメエ去年はシャムとお揃いの着てなかったか?」 
 タレ目の要がそう突っ込みを入れる。隣でカウラが頷いている。どちらもアイシャの態度にあからさまな敵意を見ることが出来た。誠は動揺も隠すことが出来なくなってつい、汗が流れているわけでもないのに左手で額を拭っていた。
「シャムさんと同じって……?」 
 誠はシャムのほうを見る。そして彼女の笑顔を見るとすぐにその答えが予想できた。
「やっぱりスクール水着にキャップは欠かせないでしょう!」 
 予想通りのシャムの反応。確かに身長138cmに幼児体型のシャムには似合うだろう。だが恥ずかしそうに視線を落とすアイシャ。均整の取れた女性らしいアイシャが着るのは少し無理があるように誠でも思ってしまう。
「オメエ等、一緒に地元の餓鬼と砂の城でも作ってろ。アタシは……」 
 誠を眺めていた要がカウラの方を向いた。そして満足げな笑みを浮かべながらその平らな胸を見つめる。カウラはその視線に気づいて慌てて自分のコンプレックスの源である胸を隠した。
「なんだ、西園寺。私は何も言っていないぞ……」 
 そう静かに言ってはいるが、カウラのこめかみが動いている。いつもはクールなカウラが動揺する姿に目が行きそうになる誠だが、さすがに上司のコンプレックスを刺激する趣味は無かった。そして同時に部屋の空気がいつものだれた調子に落ち込んでいくのを感じていた。
 誠が部隊に配属されてから一月強、ここがかなり変わった部隊である事は分かっていた。保安隊は同盟司法局直系の機動部隊である。司法執行機関として大規模テロ対策、紛争阻止、治安出動を目的とする実力部隊。それに見合う技術を求められる部隊である以上、遼州星系同盟所属の各国からの選りすぐりが呼ばれているという名目にはなっている。
 しかし、それほどの人物なら加盟国の軍や警察が簡単に手放すわけも無い。同盟司法局と言う新参の、役割自体が謎だった部隊に優秀な人材を提供するほどお人よしの組織などありえない。
 結果個性のある人物ばかりが群がって奇妙な組織が出来上がった。それが遼州保安隊だった。まったくその人選には明らかに『当世一の奇人』と呼ばれる保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐の威光が反映しているとしか誠には思えなかった。
 そんな事を誠が考えている間にも、要とアイシャの漫才は続いていた。
「それじゃああなたも来ればいいんじゃない?」 
「おお!上等じゃねえか!神前!終わったら付き合え」 
 ヒートアップして売り言葉に買い言葉、おそらくいつも通りアイシャの挑発に乗った要が後先考えずに受けて立ったのだろう。
「西園寺の。勝手に決めんな。野球部の練習は……」 
「黙れ!タコ!」 
 くちばしを挟んだ明石をあっさり蹴散らす要。剃りあげられた頭と無骨なサングラス。そして2メートルを優に超える巨漢の明石の迫力にも要が屈しないのはいつもの光景だった。
「じゃあパーラの車で行きましょ!いいわねパーラ?」 
 8人乗りの四駆に乗っているパーラはこういう時はいつでも貧乏くじである。『不幸といえばパーラさん』。これは保安隊の隊員誰もが静かに口伝えている言葉である。
「じゃあ私も行こう」 
 要の挑発的な視線を胸に何度も喰らっていたカウラが立ち上がった。
「おい、洗濯板に何つける気だ?シャムとお揃いのスク水でも着てる方が似合ってるぞ」 
 豊かな胸を見せ付けて笑い飛ばす要。睨み返すカウラ。どうやら水着を買いに行くかどうかで揉めていたらしいとわかると、誠は呆れた顔で要達を見ている自分に気づいた。そこでとりあえずいつもと同じようにゆっくりと立ち上がって二人の間に立つ。
「分かりましたから、喧嘩は止めてくださいよ」 
 どうせ何を言っても要とカウラとアイシャである。誠の意見が通るわけも無い。だがとっとと収拾しろと言うような目で吉田ににらまれ続けるのに耐えるほど誠の神経は太くは無かった。そしてなんとなく場が落ち着いてきたところで思いついた疑問を一番聞きやすいリアナに聞いてみることにした。
「こんなに一斉に休んで大丈夫なんですか?」 
 白い髪と青い目。普通に生まれた人間とは区別をつけるために遺伝子を操作された存在。だと言うのに穏やかな人間らしい表情で、後輩達のやり取りをほほえましく感じて見守っている。そんなリアナが誠に目を向けた。
「知ってるでしょ?『近藤事件』での独断専行が同盟会議で問題になってるのよ。まあ結果として東都ルートと呼ばれる武器と麻薬の密輸ルートを潰す事ができて、なおかつ胡州の同盟支持政権が安定したのは良かったんだけど……。やっぱり隊長流の強引な手口が問題になったわけ。まあいつものことなんだけどねえ」 
「そうだったんですか」 
 誠が簡単に納得したのを要が睨みつける。