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遼州戦記 保安隊日乗 2

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遼州戦記 保安隊日乗 2


 保安隊海へ行く 1


「海に行く事になったんで!」 
 澄んだ女性の声が部屋に響いた。
 いつものように保安隊実働部隊の詰め所で、投球練習中にボールをぶつけた警邏用車両の修理費の請求書を書いていた神前誠曹長。声を発したのは紺色の長い髪と、ワイシャツに銀のラインが入った東和陸軍佐官用夏服の女性。保安隊一の自他とも認めるオタク、運用艦『高雄』の操舵長、アイシャ・クラウゼ少佐がドアを開けて立っていた。
「それよりアイシャ。お前、艦長研修終わったのか?」 
 そう突っ込んだのは誠の隣のデスクの主だった。保安隊実働部隊第二小隊、西園寺要大尉が肩の辺りの髪の毛を気にしながら呆れたようにつぶやく。半袖の夏季士官夏用勤務服から伸びている腕には、人工皮膚の結合部がはっきりと見えて、彼女がサイボーグであることを示していた。
 何時もの事とは言え、突然のアイシャの発言。それを挑発する要の言葉は同じ第二小隊所属の下士官である誠をさらに混乱させるに十分だった。
「終わったわよ!そして先程、隊長室で『高雄』副長を拝命しました!」 
 そう言うと手にしていたバッグを開く。あまりのことに呆然としていた第二小隊の小隊長、カウラ・ベルガー大尉が緑のポニーテールを冷房の空気の中になびかせて立ち上がる。ニヤニヤ笑いながらそのそばまで行ったアイシャが取り出した辞令をカウラに見せつけた。
「ようやく空席が埋まったということか。アイシャの判断は的確だ。特に問題にはならないだろう」 
 カウラは喜んでいいのか呆れるべきなのか判断しかねたような困った表情でアイシャの得意顔を見つめる。しかしすぐさまアイシャがニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくるのでカウラは少しばかり腰が引けていた。
「カウラちゃん!あなた『近藤事件』の時、誠ちゃんに『一緒に海に行って!』て言ってたそうじゃないの」 
 アイシャの一言は実働部隊の他の隊員の耳も刺激することになった。
「それは……」 
 カウラは口ごもる。誠は冷や汗をかきながら机に伏せた。
 先月、配属になったばかりの誠はすぐに実戦を経験することになった。
 遼州星系第四惑星を領有する国家、胡州帝国での国権派の首魁、近藤忠久中佐によるクーデター未遂事件。保安隊隊長、嵯峨惟基特務大佐の奇襲作戦において数に勝る決起軍を撃破したその戦いを思い出して、誠はカウラの呆然とアイシャを見つめている顔を眺めた。
 そして気丈な性格、それでいてどこかはかなげで、目を離せばどこかへ消えてしまいそうな印象のある彼女との約束。思い出すと恥ずかしくてどこかに消えてしまいたいような気分になる。
 自分の机の上でキャッチャーミットをいじっている保安隊副長、明石清海中佐はそのまま立ち上がった。システム統括の吉田俊平少佐はそれを見ると一緒に出来るだけ会話に参加しないように部屋の隅へと移動した。二人ともアイシャの妄想話を勝手に広められた被害者である。東和国防省の女性職員の間では明石はハードゲイ、吉田もスーパーサディストでロリコンと言う根も葉もない噂が広まっている。
 実働部隊部隊長にして第一小隊隊長の肩書きも、精鋭保安隊第一小隊の電子戦のプロフェッショナルの技量も彼女の前では無意味だった。アイシャの『腐った』視線でこれ以上悪名をとどろかせたくないのが二人の本音なのは逃げてく二人を見ている誠にも痛いほど良くわかった。
「実はね、これは先週のコミケの慰労会も兼ねてるわけよ」 
「ほんならワシは無関係なんとちゃうやろか?」 
 明石が小声でつぶやくが、アイシャの視線が自分に向いていることを感じるとすぐミットをなでているだけのように振舞う。
「じゃあ、実働部隊は全員参加でいいわね!」 
 そう言うとアイシャは部屋の隅に固まっている二人を見つめる。
「俺は行かんぞ!」 
 叫んだのは吉田だった。
 悪戯好きで知られる彼がこんなにうろたえているのはなぜだろう。誠は不思議に思った。
「えー!俊平行かないの!」 
 アイシャの後ろから顔を出したのは、小柄を通り越して幼く見える第一小隊のナンバルゲニア・シャムラード中尉だった。見かけは子供、言動は幼児な彼女だが、東和軍の教本にも名前が乗っているエースとして遼南内戦を戦い抜いたパイロットである。シミュレータを一回やればそのことが嫌でもわかる。誠もそんなことを味わった口だった。
「シャム、お前な。去年お前らが俺に何をしたか覚えているのか?」 
 珍しく真剣な眼差しの吉田。好奇心に駆られて誠は彼を見つめる。
「なんだ。ただ簀巻きにしてクルーザーで引き回しただけでしょ?」 
「まああれだ、オメエの体は軍用義体だからな。ちゃんと酸素吸入用のポンプもつけてやったじゃねえか」
 アイシャは誠も驚くようなことを言い、要は明らかに時々見せるサディスティックな表情を浮かべている。保安隊は常識が通用しないところだ。そのことは誠も配属されて一ヶ月と少し居るだけだがよくわかっていた。
 先週はアイシャが仕切っている『遼州保安隊アニメーション研究会』の活動の一環として、コミケに行ってきたばかりだった。彼も中学時代からイラストを書いたりフィギュアを作ったりしている関係上毎年行っている。
 だがテンションが上がって暴走するシャムと、責任者の癖に自分のコレクションのため行方不明になるアイシャに手を焼いた大変なイベントだった。しかも扱っているのはアイシャがシナリオを書いた18禁のボーイズラブストーリーである。さすがに男が主人公の漫画は書きたくないと土下座をして、今度映画化になる魔法少女アニメの二次創作で許してもらった誠だが、売り子役はきっちり押し付けられたのを思い出す。
「クラウゼ少佐。技術部と警備部と管理部。参加希望者決まりましたけど」 
 メモ帳を片手に入ってくるのは技術部整備班長、島田正人技術准尉だった。アイシャは彼の手からすぐにその手帳をひったくる。
「ふうん、姐御達は行かないのね。つまんないの。お姉さんは行くのになあ」 
 ページをめくりながらアイシャが本当につまらなそうな顔をしていた。
 姐御達とは技術部部長許明華大佐と警備部部長マリア・シュバーキナ少佐のことである。そしてお姉さんとは運用艦『高雄』艦長、鈴木リアナ中佐のことだ。隊員すべてがこの微妙な分類をしている理由も今の誠にはよくわかっていた。
 シャムと同じく遼南内戦ではパイロットと整備班主任を兼ねて参加した明華。常に上から視線で誠を見てくる彼女は苦手と言うわけではないが怖い存在だった。外惑星の政治的混乱状況の中、非正規部隊の指揮官として死地を越えてきたマリア。二人とも纏う空気は『姐御』と言う言葉にぴったりだった。
 一方、誠が子供の頃の大戦の末期に製造された人造兵士の初期生産型として戦争に投入されて生き残った過去を持つリアナ。そんな非情な過去をもつ身だと言うのに、まるでそんな雰囲気も無くひたすら演歌を愛してやまないおっとりしたリアナはまさに『お姉さん』だった。
『ああ、やっぱりリアナさんは来るんだなあ』
 誠はぼんやりとリアナの音程の外れた演歌を思い出しながら天井を見上げた。
「私は健一君と一緒に行くわよ。ちゃんと席、用意しといてね!」