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遼州戦記 保安隊日乗 2

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「つまり、正体不明の資金がどこかに流れ込んでいるって言う訳?確かに胡州の公安憲兵隊が近藤中佐の公然組織名義でプールされていた資金があまりに少ないのには私も唖然としたけど」 
 嵯峨はタバコを灰皿に押し付けてもみ消すと、次はボールペンで頭を掻き始める。
「その……ねえ。ディスクを見てもらえればわかるけど、あくまで現時点の話ですから。金は天下の回り物。つかめる範囲での新しい情報が入ったら連絡させてもらいますよ」 
 そう言うと嵯峨は立ち上がった。
「それでさあ……秀美さん。上手い蕎麦屋があってね、これから暇なら昼飯くらい……」 
 揉み手でもしかねない態度の変化。秀美はいつもそんな豹変する嵯峨に振り回されてきた。
「残念だけど、これから会議なのよ。『彼女』の件で」 
 そう言うと秀美は悪戯っぽい笑みを浮かべる。嵯峨の笑みが『彼女』と言う言葉を聞くと一瞬だけ残念そうな表情に変わるのを吉田は見逃さなかった。
「良いじゃないの、あいつのことは。それよりここまで足を伸ばしてもらうなんてことはそうないんだからさあ」 
 食い下がる嵯峨だが、秀美は手にしたバッグを一度開いて中身を確認すると背筋を伸ばして嵯峨を見つめる。
「また今度にしましょう。彼女ったら結構まめなのよね。どこかの誰かさんとは大違い」 
 秀美はそう言うと親しげな笑みを浮かべて部屋を出て行く。 
「笑うなよ吉田……」 
 振られた嵯峨を見て笑う吉田に情けない顔を晒す嵯峨だった。


 保安隊海へ行く 8

 続く松の並木。瓦屋根の張り出す土産屋が続く海べりの道を抜けてバスは進む。誠は逆流する胃液を腹の中に押し戻した。
「だらしねえなあ!もうすぐ着くんだから大丈夫だよ」 
 要は青ざめた誠を見ながらジンの瓶をあおる。
 出発してすぐにリアナのリサイタルが始まり、その電波演歌で頭をやられないように酒の瓶が車内に回された。冊子を作ってまで綱紀粛正につとめたアイシャもさすがに参ってビールを飲み始めると、バスの中はもはや無法地帯状態になっていた。
 昼飯時には、しらふなのは運転していた島田、黙ってウーロン茶を飲みながらヘッドホンでラジオを聴いていたカウラ、そして家村親子だけだった。ドライブインで午後はカウラが運転を続けている。島田は隣で電波演歌を聞かされ続けて後ろの席で倒れていた。
「もうすぐ着くから大丈夫よ」 
 脂汗を流している誠に声をかけるアイシャ。繁華街を抜けたところで街道を外れ、バスは山道に入り込んだ。
 ブロック作りの道のもたらす振動で、誠はまた胃袋がひっくり返るような感覚に包まれる。
「吐く時はこれにお願いね」 
 パーラがビニール袋を誠に手渡す。
「大丈夫ですよ。これくらい」 
 とりあえず強がっている誠だが、口の中は胃液の酸が充満し、舌が苦味で一杯になる。
「見えたぞ!」 
 よたよたと起き上がった島田が外を指差す。瀟洒な建物が誠の目に入った。
「結構、凄いホテルですね」 
「まあな。親父がここのオーナーの知り合いで、結構無理が聞くからな」 
 起き上がって勇壮な姿のホテルを見上げる誠に要はポツリと呟いた。
「いつも要のおかげで宿の心配しなくて済むから感謝してるのよ」 
 言葉に重みが感じられない口調でアイシャが立ち上がる。バスが静かに正面玄関に乗り入れた。
「ハイ!到着」 
 そのアイシャの言葉で半分死にかけていた乗員は息を吹き返した。シャムと小夏が素早くバスの窓から飛び降りる。誠もようやく振動が収まった事もあって、ゆっくり立ち上がると通路を歩き始めた。
「肩貸そうか?」 
 要がそう言うが無理やり余裕の笑みを作った誠は首を横に振ってそのまま歩き続ける。
「お疲れ様です、カウラさん」 
「お前よりはましだ」 
 同情するような目で誠を眺めてカウラはそう言った。誠は彼女に見えているだろう青い顔を想像して一人で笑顔を浮かべていた。
「いらっしゃいませ」 
 誠がようやく地面の感覚を掴んだ目の前で、支配人と思しき恰幅のいい老人が頭を下げていた。思わず驚いてのけぞりそうになる。
「行くぞ、神前」 
 誠の手を引いてぞんざいにその前を通過しようとする要。こういうことには慣れているのだろう、別に何も思っていないというように建物の中に入る。そこにはロビーの豪華な装飾を見上げて黙って立ち尽くすシャムと小夏の姿があった。
「おい、外道!お前……」 
 しばらく言葉をかみ締めてうつむく小夏。要はめんどくさそうに小夏の前で立ち止まる。
「実は結構凄い奴なんだな」 
 小夏は感心したようにそう呟いた。それに誠が不思議そうな視線を送っていると、要はそのままカウンターに向かおうとする。
「ちょっと待ってなアタシの部屋の鍵……」 
「待ったー!」 
 突然観葉植物の陰からアイシャ乱入である。手にしたキーを誠に渡す。
「ドサクサまぎれに同衾しようなんて不埒な考えは持たない事ね!」 
 しばらくぽかんとアイシャを見つめている要。そして彼女は自分の手が誠の左手を握っていることに気づく。ゆっくり手を離す。そしてアイシャが言った言葉をもぐもぐと小さく反芻しているのが誠にも見えた。
 瞬時に顔が赤くなっていく。
「だっだっだ!……誰が同衾だ!誰が!」 
 タレ目を吊り上げて抗議する要。
「同衾?何?」 
 シャムと小夏はじっと要の顔を覗き込む。二人とも『同衾』と言う言葉の意味を理解していないことに気づいて苦笑いを浮かべるカウラ。
「そう言いつつどさくさにまぎれて自分専用の部屋に先生を連れ込もうとしたのは誰かしらね?」
 得意げに腕を組むアイシャ。彼女の手には誠のに渡された大きな文鎮のようなものが付いた鍵とは違う小さな鍵が握られている。 
「その言い方ねえだろ?アタシの部屋がこのホテルじゃ一番眺めがいいんだ。もうそろそろ夕陽も沈むころだしな……」 
 そう言ってようやく自分のしようとしていたことがわかったと言うようにうつむく要。
「そう思って部屋割りは私とカウラが要ちゃんの部屋に泊まる事にしたの」 
 得意げなアイシャ。さすがにこれには要も言葉を荒げた。
「勝手に決めるな!馬鹿野郎!あれはアタシの部屋だ!」 
「上官命令よ!部下のものは私のもの、私のものは私のものよ!」 
「やるか!テメエ!」 
 にらみ合う要とアイシャ。シャムと小夏は既にアイシャから鍵を受け取って、春子と共にエレベータールームに消えていった。他のメンバーも隣で仕切っているサラとパーラから鍵を受け取って順次、奥へ歩いていく。
「二人とも大人気ないですよ……」 
 こわごわ話しかける誠。すぐに要とアイシャの怒りは見事にそちらに飛び火した。
「オメエがしっかりしねえのが悪いんだよ!」 
「誠ちゃん!言ってやりなさいよ!暴力女は嫌いだって!」 
 立ち尽くす誠。誠と同部屋に割り振られて鍵がないと部屋に入れない島田とキムがその有様を遠巻きに見ている。助けを求めるように誠が二人を見ても、二人はロビーに飾られた彫刻の下でぼそぼそとガラにもない芸術談義を始めるだけだった。
「わかりましたよ。幹事さんには逆らえませんよ」 
 明らかに不服そうにアイシャから鍵を受け取った要が去っていく。
「このままで済むかねえ」