遼州戦記 保安隊日乗 2
「それにしても今回は少ないよな、参加者。技術部は島田のアホとキム、ソン、西、吉川、金子、遠藤。警備部はヤコブ、イワノフ、ボルクマン。管理部は菰田、服部、立川。それとお姉さんの旦那か」
要はアイシャの冊子を誠に押し付けると男性陣を指折り数えた。
「暇そうな連中だな」
それを聞いたカウラもそう続ける。そこで要はサングラスを下げて、下から見上げるようにカウラに近づく。何事かと構えるカウラの正面に満面の笑みの要がいた。
「菰田、ソン、ヤコブが来るのはお前目当てなんだろ?ちゃんと絞めて行けよ」
『ヒンヌー教徒』三人の名前を聞いてカウラの表情が曇る。
「つまらない事は言わない方がいいぞ。口は災いの元だからな」
カウラはその話をしたくは無いと言うようにあっさり答えた。
「神前!荷物積むの手伝え!」
とても実働部隊の備品とは思えない量のパーティーグッズを荷物置き場に押し込んでいる島田が叫んだ。
「じゃあな、アタシ等乗ってるから」
そう言うと島田に見入られて身動き取れない誠を置いてバスに乗り込む要とカウラ。
「スイカはここに入れると割れるんじゃないですか?」
誠はパーラから島田が受け取ろうとしているスイカを見てそう言った。
「じゃあシャムちゃんに見つからないように隠しておくわね」
パーラはそう言うとそのままボストンバッグを誠に渡してバスに乗り込む。
「パラソルは折れるかな?」
「大丈夫なんじゃないですか?奥のほうに突っ込んでおけば」
誠と島田はバスに乗り込んでいく面々から荷物を受け取りつつ、それを床面の下の荷物置き場に突っ込む。
「正人!アイス買ってきたけど食べる?」
荷物置き場が一杯になった時、備品の自転車に乗って買出しに行っていたサラが二本のアイスキャンディーを島田達に手渡す。彼は受け取った二本のキャンディーを誠に見せた。
「悪いね。神前、どっち食う?」
「じゃあ小豆の方で」
いつの間にかかいた汗を拭いながら三人で一息つく。
「なるほどねえ。この前、姐御からM10の仕様書渡されて、どっからこんな最新機の情報手に入れたか聞こうと思ったんだが、ウチで動かすのか。整備のシフト考え直さないとまずいよなあ」
ソーダ味のアイスキャンディーを口にしながら島田が呟く。
「しかし、M10なら採用国は同盟加盟国でも何カ国かあるから大丈夫なんじゃないですか?運用の問題点とかのノウハウなら吉田さんに頼めば調べてくれるでしょうし」
表面に氷が張り付いて味のしないアイスバー。失敗したかなと思いながら、小豆色のバーを口にねじ込む誠。
「別に吉田さんに頼まんでも俺も聞いてるよM10の運用の注意点くらい。海兵隊が採用しなかったのは初めて導入したアメリカ海軍での評判があまり芳しくなかったからだって話だぞ。関節部の駆動部品のメンテが面倒でね。交換に一癖あって正直、俺もどうかなあって思ってたんだよ。まあA4にバージョンアップしてその部分はかなり改善されたって言う話だけど、05に比べるとかなり手のかかる代物みたいだな、まあ実物を拝まないことには判断はつかないけどな」
そう言うと島田は解けて手にかかろうとするアイスに手を焼いてそのままがぶりと先から食いついた。
「そうなんですか……」
誠は島田の話を聞きながら伸びをする。その視線にバスの中で手招きしている要の姿を見つけた。
「島田の旦那ー!」
窓を開けようとする島田を待っていた誠に向けて叫ぶ声が聞こえて振り向いた。オリーブ色のTシャツにジーンズの小夏、桜色の日傘を手にする紫の和服の春子がハンガーから出てバスに向かってきていた。
「俺も旦那に昇格か」
窓を開けると照れるように笑う島田。整備班員の統率を買われていた島田は技術部部長の明華の推薦で准尉に昇進していた。笑顔でバスに駆け寄って来た小夏を迎える。
「師匠はもう中ですか?」
バスの先頭を指差す小夏。誠は周りを見回すが、自分と島田以外は全員バスに乗っていることに気づいて苦笑いを浮かべた。
「そうみたいだな。それにしてもお前も少しは女らしくしろよ」
いつ見ても男の子のように見える小夏を島田はからかってみせる。
「それはグリファン少尉みたいにしろってことですか?」
にやける小夏。サラとのことを弄られてムッとする島田。
「下らないこと言ってないでとっとと乗れ!」
柄にもなく照れている島田と笑顔の春子が誠の目に入る。誠はそれを暖かく見守るとそのまま。春子のかばんと小夏のリュックを荷物置き場に押し込んでロックをかける。
「じゃあ全員そろったわけだ。行くか?」
誠は島田の言葉で春子を連れてバスの前を回ってバスに乗り込む。
「神前!こことって有るからな!」
バスの窓から要が身を乗り出している。誠はしかたなくそのままバスに乗り込むと奥の方へと歩き出した。
「ここだ。座れ」
イカの燻製を咥えながら、もう既にウィスキーの小瓶を手にして飲み始めている要の隣に席を占める。通路を隔てて隣は不機嫌そうに要をにらみつけるアイシャ。そして窓際に二人の動向を静かに見守るカウラが座っている。
「オメエも喰うか?」
燻製を差し出す要にしかたなく受け取る誠。
「行くのは永峰海岸ですか。随分ありますよね、ここからだと」
運用艦『高雄』の停泊先が東に150kmの新港。それに対して永峰は南の戸蔵半島の付け根のリゾート地である。渋滞とかのことを計算に入れれば今から出ても着くのは夕方になる。
「いいじゃない。着いたら温泉が待ってるのよ」
アイシャがそこでニヤリと笑う。大体彼女が笑うときは何かあるので冷や汗が流れるのを感じる誠。
「まさか混浴じゃないですよね?」
誠は何となくそう言ってみた。それに答えるつもりはまるで無いというようにじっと笑顔を保ち続けるアイシャ。
「まあなんだ。アタシの顔が利くところだからな」
この要の一言で混浴の浴場があることは誠にも想像ができた。
「何かたくらんでますね、西園寺さん」
誠は恐る恐る要を見る。いかにもたくらんでいますというように要は満面の笑みを浮かべていた。
保安隊海へ行く 7
「若者達はいいねえ」
隊長席でのんびりとタバコをふかしながら、嵯峨は窓を開けて身を乗り出すようにして通用門に向かうバスを眺めていた。
「吉田の。お前も行けばよかったのに。あの明石や明華も有給取ってるんだ、そのうち騒がしくなったら遊びにも行けなくなるぜ」
振り向いた嵯峨の一言に吉田はめんどくさそうに口を開く。
「確かにそうなんですが……」
吉田はソファーに腰掛け、隣に立っている司法警察と同規格の制服を着た女性を見やった。黒いセミロングの髪の女性は、胸の前で手を組みながら嵯峨の様子を覗っている。
「安城(あんじょう)さん、とりあえず腰掛けたら……」
嵯峨は窓のサッシに寄りかかりながら笑顔でそう言って見せるが、同じようにやわらかい笑顔を浮かべながら安城秀美少佐はそれを断った。
「服が汚れるから止めておくわ」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作家名:橋本 直