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遼州戦記 保安隊日乗 2

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「あんまり叔父貴に力が集まるのが面白くねえんだろうな、上の連中は。第三小隊の隊長は楓の奴だろ?それに法術捜査局が来月立ち上げだ。その主席捜査官が……」 
 そこまで言うと要はにんまりと笑って西と一緒に島田をとっちめはじめたサラを見ながら笑顔を浮かべる。
「嵯峨茜弁護士。ですか」 
 誠はそう言うと気分を整理しようとハンガーを覗き込んだ。パラソルを抱えたキムがおそろいの南国風の絵柄のTシャツ姿のエダと共に現れる。早速、小走りで島田達に近づいて仲裁を始めるキム。だが島田は頑として折れようとしないようだった。
「まあ近藤事件は叔父貴が独断で仕掛けたところがあったからな。どこの軍や司法機関も法術と言う存在を意識した組織改革を行っているところだ。人材が欲しけりゃ自分で探せってことなんだろうよ。予算のかかるうちみたいなところに金や人材を出すならもう一山二山実績を上げてからにしろってことなんだろうよ」 
 要はそう言うとタバコを口に持っていく。ようやく止める位置をめぐる島田と西の争いが決着が付いたようで島田はそのまま窓を閉めてハンドルを離してバスから降りようとしていた。
「で、第四小隊の情報は掴んでるわけ?」 
 こつりと後頭部を小突かれて思わず要がつんのめる。
「って!何しやがる!」 
 要の後頭部を突いたのは『萌え』とプリントされたピンクのTシャツを着ているアイシャだった。隣にはお腹の辺りが開いた大胆な服を着ているパーラがスイカを抱えている。
「そう言うオメエはどうなんだ?」 
 後頭部をさすりながらアイシャを見上げる要だが、アイシャは余裕たっぷりに口を開く。
「そうねえ、遼南の米軍基地から輸送艦が一隻、新港に入ったらしいわよ。積荷はM10グラント」 
 頷いているカウラを見るとアイシャは話を続けた。
「M10は05式と互角にやれるとアメリカ軍が大見得を切った機体よね。それをわざわざウチの運用艦『高雄』の母港に運ぶってことは……」 
 相変わらずもったいぶって言葉を選ぶアイシャ。その態度が要を苛立たせている。
「第四小隊の面子の身元はアメちゃん……か。目的はうちの持っている神前や叔父貴の法術シュミレーションのデータとその運用ノウハウの確立とでも言うところか?」 
 苦々しいと言うようにタバコをふかしながら要はそう言うと大きく伸びをした。
「アメリカ軍?そんな。なんで地球圏から遼州同盟機構に……」
 誠はきょとんとして要達を見つめる。当然のように呆れはてた視線を投げてくる女性陣。 
「馬鹿だな神前の。現状で法術適性の持ち主が圧倒的多数居住するのは遼州星系だ。アメちゃんがそこに目をつけないはずが無いだろ?それにアメリカ本国でも遼州系の移民による法術犯罪が相当数発生しているのは事実だからな。これまでは情報管制と上層部からの圧力で抑えられたが、それも限界が来たってことだ」 
 要はバスを見上げながらそう言って手にしたポーチからサングラスを取り出してかける。
「それだけじゃ無いだろうな。法術の軍事技術利用の研究が一番進んでいるのもアメリカだ。当然、東和の法術技術開発には関心がある。合法的にそれを監視できると言うところで同盟内部の譲り合いで空いた第四小隊の椅子を手に入れられるならそれもいいと思ったんだろ」 
 カウラはそう言うと足元の大き目のバッグを持ち上げた。
「はいこれ!」 
 突然パーラとサラの後ろから現われたアイシャがガリ版刷りの小冊子を誠、要、カウラの三人に手渡す。手にした冊子に明らかに不審そうな表情を浮かべる要。
「今時わら半紙で、ガリ版刷りって……これ!僕の描いた『魔法少女エリーS』のミルキーじゃないですか!」 
「なんだそりゃ?」 
 要は誠の描いたイラストが表紙にある冊子を眺めている。そしてすぐにサングラスの上の眉をぴくぴくと振るわせ始めた。一生懸命爆笑を堪えている。そんな様子に苦笑いを浮かべる誠。
「そうよ。あえて空気キャラを表紙に使う事で内容への関心を呼び起こすと言う……」 
「暇だな貴様は」 
 呆れるカウラ。誠もその絵の上に踊る『うみのしおり』と言う文字を放心したように見つめていた。
「そう言や、アメちゃんの何軍だ?陸軍は叔父貴に遺恨が残っとるし、海兵隊はM10グラント配備してねえだろ?空軍?海軍?宇宙軍?」 
 出来るだけ冊子のことには触れたくないと言うように要が話題を変えてアイシャに顔を向ける。自分の自信作が無視されているのに気が触ったようで頬を引きつらせているアイシャ。
「ああ、海軍だって話みたいよ。遼南の南都州の基地と言えばアメリカ海軍の遼州最大の拠点だから当然じゃないの?それより要!」
 三人の中で一番『美人』と言う言葉が似合うと誠自身は思っているアイシャの瞳が鋭く要を見つめる。  
「なんだよ、おっかねえ顔して」 
 さすがの要もびっくりして携帯灰皿に吸殻を押し込んでいた手を止める。
「あなたはちゃんとこの冊子を読んで、理解してからバスに乗るのよ。これは上官からの命令よ!わかった?」 
「なんだよ!この前の件で佐官に昇格したからって……」 
 愚痴る要をアイシャが一睨みした。だがじりじりとアイシャは要に顔を近づけてくる。
「わあったよ!読めばいいんだろ!読めば!」 
 根負けした要は一人で先にバスの入り口に向かった。手荷物がやけに少なく、他の隊員が荷物の積み込みの順番を待っているのを横目に見ながら歩いていく。
「よろしい。じゃあちょっと他のみんなにも配ってくるわ」 
 アイシャが背を向ける。要はそれを見てすばやく誠達のところに戻ってきた。そして子供みたいに石を投げる振りをする。
「餓鬼か?お前は?」 
 呆れるカウラ。
「ったく!あの馬鹿!腹が立つぜ。これ、絵を描いたの神前か?」 
 表紙を眺めながら要が呟く。
「ええ、そうですけど……何か?」 
 サングラスを少しずらしてタレ目で誠を見上げてくる要の視線に誠は少したじろいだ。
「っ、別にな。じゃあ読むか」 
 要はそうポツリとつぶやくと手の中の冊子を開く。それを横目で見ながらカウラは要の手にあわせるように冊子を開いた。冊子を開くと、そこにはあまり上手くないアイシャの挿絵が踊っている。しばらく荷物の積み込み口でサラと雑談していたアイシャが戻ってきたのが誠にも見えた。手に冊子を握っていた要だがそれを察してアイシャを一瞥する。
「なに?」
「いや別に……」
 再び冊子のページをめくった要の表情が曇る。
「何々?バスでの飲酒は禁止?これパス。運転中のバスでは立ち歩かない?これもパス。休憩中のパーキングでは必ず早めにトイレに行くこと?まあこれはいいんじゃねえの?」 
 苦笑いを浮かべながら冊子のページをめくる要。
「アンケートじゃないのよ!それは絶対遵守事項!」 
 腰に両手をあてて怒鳴りつけるアイシャ。思わずサングラスを落としそうになりながら要が冊子を地面に叩きつけた。
「やってられるか!ったくつまんねえことばかりはりきりやがって!」
 そんな要を見ながらカウラが冊子を拾った。にらみつけてくるアイシャと関わるのが面倒だと言うよな表情の要はそれを受け取ると抱えていたポーチにねじこむ。