朧木君の非日常生活(5)
「こっちに来い。納屋に捕らえておる」
そう言いながら天狗は、一人で歩き始めた。
信じやがった。案外あっさりしているもんだな。
すると蜻蛉さんが、また静かな笑みを浮かべながら静かな声で語りかけてきた。
「なんだ。朧木くん、知らないのかい? 天狗は伝承で人間に騙され負けているんだ。人間が偽りを語り、天狗が真実を語ってね。まさに伝承通りさ。滑稽だね。神――堕ちるとはまさにこのことだよ」
神をも騙す、詐欺師。
そんな伝承があったとしても堂々と偽りを語れるのは蜻蛉さんくらいなものだろう。
俺には、無理だ。
「けどね、朧木くん。ここからが本番さ。始まりにして既にクライマックスだよ」
そう、それは俺にも分かっていた。
蜻蛉さんが天狗を騙した時点で気付いていた。
あまりにも無謀な賭け。
あまりにも無策な賭け。
たった一人の少女の為に、二人の命をかけた賭け。
「神隠しから脱出だね」
そう、もしくは天狗からの逃亡。
鬼火ちゃんを納屋から救出し、逃げる。
逃げるための手段なんて考えていない。もし逃亡に失敗し、捕まってしまったら――死、だ。
「朧木くんは、話が早くて助かるよ。さすがいざという時は頭の回転が速い」
それは蜻蛉さんも人に言えないだろう。
時折、この人はニートとは思えない知識、頭の回転の速さを見せる。
さっきだってそうだ。
一瞬で、神を騙した。
作品名:朧木君の非日常生活(5) 作家名:たし