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遼州戦記 保安隊日乗

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 遠くを見るような目をするカウラ。今年もドラフト上位指名が確実な強力打線が武器の菱川重工豊川相手に投げる自分の姿を想像している誠。
「また投げるのか?」 
 カウラは静かにたずねた。
「肩はまだ完全では無いですが、行ける所まで行くつもりですよ」 
「そうか」 
 ボールを誠の手から受け取ると、カウラは何度かシュートの握りをして見せた。眺めの白い肌の光る右手の指が描かれた線の上に並んでいる。
「少し疲れた。もう大丈夫だから帰って良いぞ。西園寺が心配する」 
 そう言うとカウラはそのままボールの握りを何度か確かめた後、横になった。誠は静かに立ち上がり、ドアのところで立ち止まる。
「お休みなさい」 
「ああ」 
 優しく返すカウラ。誠はそのまま部屋を出た。廊下が妙に薄暗く感じる。エレベータが上がってきていたが、構わずハンガーに向かうボタンを押した。
 エレベータが開くとそこには要、アイシャ、サラ、島田、そしてリアナが乗っていた。
「あのー。何してるんですか?」 
 少しばかり呆れて誠は口走っていた。
「アタシは・・・その、なんだ、何と言ったらいいか・・・アイシャが暴走しないようについてきたんだ」 
 うつむいて言葉を搾り出す要。
「なんか吉田少佐が言うにはエロスな展開になってるって事だったけど、違うみたいね」 
 アイシャがそう言うと要がその顔を睨みつける。サラと島田はなぜか二人してシャム特製の、原材料不明のジャーキーを食べながら缶ビールを飲んでいる。
「吉田少佐が覗いてたんですか?」 
「まあこの船の監視カメラはすべて吉田君の脳につながってるから変なことしないほうが身のためよ」 
 リアナは久々に多数のギャラリーの前で電波な演歌を披露できて満足そうな顔をしていた。
「そう言えばカウラ大丈夫?」 
 サラがはじめてカウラを気遣うと言う真っ当な発言をした。
「馬鹿じゃねえの?アイツのは演技だよ」 
 そう言うと要はラム酒瓶をラッパ飲みする。
「知ってたんですか?」 
 一口酒を飲み、ようやく落ち着いた要に尋ねる誠。
「まあな。あのくらいで潰れるタマじゃねえよカウラは。それに吉田の馬鹿の覗き趣味もわかってるはずだ。どうせ人畜無害な世間話でもしてたんだろ」 
「その割にはアタシやお姉さんを殆ど拉致みたいにして引っ張ってきたじゃない」 
「アイシャ!外に出て真空遊泳でもして来い!もちろん生身でな!」 
「助けて!先生!」 
 機会があるとまとわりついてくると言うアイシャの行動パターンも読めてきたが、一応上官であると言うところから黙って彼女に抱きつかれる誠。
 顔を上げれば要が今にも襲い掛かってきそうな顔をして肩を震わせている。
「じゃあ行きましょうよ。お鍋のお肉硬くなっちゃうとシャムちゃんに悪いでしょ」 
 そう既婚者らしく場を仕切って、リアナがハンガーへのエレベータのボタンを押す。
「でもなあ、神前」 
 缶ビールを飲み干した島田が心配そうに呟く。
「あの吉田少佐の事だ、画像加工して菰田のアホを焚き付けるかもしれないな」 
「それ、ありそうね。私もそれもらおうかしら。いいネタになるかもしれないし」 
「アイシャちゃん駄目よ。私から吉田君には伝えておくから」 
 にこやかにしている割に、リアナの言葉が何となく恐ろしく感じて全員が吉田のこれから起きるだろう不幸を哀れんでいた。
「カウラちゃん大丈夫だった?」 
 ハンガーのある階で止まったエレベータが開くと、シャムとパーラが待ち構えていた。
「ああ、アイツはそう簡単にくたばらねえよ。シャムまだ肉あるか?」 
 そう言いながら、一向に誠から離れようとしないアイシャを要が引き剥がした。
「何かが足りないな」 
 要は誠からアイシャを引き剥がしてそう言った。
「何が足りないの?」 
 急に後ろで声を聞いて要は明華に気がついた。
「またあんた仕掛けをして神前を潰す算段でもしてるんでしょ?」 
「姐御。酷いですよ!アタシだってそんな何度も同じ事しませんし、リアナお姉さんがいたら何かしてたらすぐにばれるじゃないですか」 
「そうよ。あんまり度を過ごした羽目の外しかたは社会人失格よ!」 
 誇らしげに言うリアナだが、その場の全員が何時もの電波演歌リサイタルを経験しているので、無性に突っ込みを入れたくなるのをようやくのところで我慢していた。
「それはそうと肉食べないと損よ」 
 そう言うと明華は吉田が一人でなぜか豆腐ばかりを放り込んでいる鍋の方に向かう。
「シャム。どんだけ肉食った?」 
 要が恐る恐るそう言うと、シャムは後ろめたそうなしぐさをした。
「無えじゃねえか!シャム!全部喰っちまったのか?」 
「だって煮すぎたら硬くなっちゃうよ!」 
「馬鹿!全部突っ込む必要なんて無いんだよ!こいつの分ぐらい残しておけよ!」 
 親指で誠の事を指差しながら要がシャムを怒鳴りつける。
「怒鳴るなよ。おい、俺達そんなに喰わねえから、こっから取れや」 
 嵯峨がそう言うと肉と野菜が半分ぐらい残った皿を指差す。 
「シャム。お前がもってこい」 
「了解!」 
 シャムはパシリの様に嵯峨から皿を受け取ってくる。
「いいか、シャム。こいつは神前のものだ。お前はあまったのを喰え」 
「うん、わかった!」 
 そう言いながら誠が具材を入れるのを必要以上に熱心に見つめるシャム。 
「ナンバルゲニア中尉。食べますか?」 
 その視線に負けてつい口を滑らす誠。
「駄目だ。こいつは散々食い散らかしてるんだ。全部、神前が喰え」 
 要はそう言うと誠と一緒に具材を空の鍋に入れていく。
「私も駄目?」 
 さりげなくアイシャがそう口を挟むが、殺気を帯びた要の視線に退散する。
「もう春菊とかはいけるんじゃないか。取ってやろうか?」 
 正直、そんな態度の要は信じられなかった。誠はまじまじと要の顔を見つめる。
「あのな。お前殆ど喰ってないだろ?」 
 誠はとりあえず自分の皿を渡す。
「もう肉も行けるだろ」 
 そう言うと要はせっせと煮えた具材を誠の皿に盛り分けた。
「じゃあ失礼して。いただきます」 
 誠は肉を拾いポン酢につけて口に入れる。独特の獣臭さの後、濃い肉の味が口に広がる。そして次々と肉を放り込むとさらにその味が口に滞留して気分が晴れるような感覚に襲われた。しかし、その後ろでは西を呼びつけた島田と要とサラ、パーラがなにやらひそひそ話を始めていた。とりあえず要が怒るだろうと読んで、誠は知らぬふりで鍋に明らかに入れすぎの豆腐をつまんでいた。
「ちょっとしたショーが見れるかもな」 
 同じくなぜか豆腐を突いている吉田がそう誠に呟きかけた。
「ショーですか?」 
 誠がぼんやりと繰り返す。アイシャはと言えばシャムの猫耳を取り外して自分につけたりして遊んでいる。
「クラウゼ大尉。よろしいですか?」 
 西が日本酒の瓶を持ってアイシャに話しかける。
「西キュン!なあに?お姉さんに質問か何か?」 
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直