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遼州戦記 保安隊日乗

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「わらしは!見過ごせないのれす!誠君がタレ目オッパイの下僕におちれ行くをの見過ごせないのれす!ですから大佐殿!」 
 また急にカウラは直立不動の姿勢をとる。
「だからなあに?」 
 さすがに飽きてきたのか、投げやりに明華がたずねる。
「こういう状況で何をするべきか、それをおしえれいららきたいのれす!誠!わらしはなにをしららいいのら!」 
 また仰向けにひっくり返りそうになったカウラを支える誠。その誠の頭をぽかぽかとこぶしで殴るカウラ。呆れるものの、次のカウラの絡み酒の標的になる事を恐れて退散するタイミングを計っているパーラ、サラ、島田。誠の沈黙に苛立っている要とアイシャ。 
「そりゃあ、愛って奴じゃねえの?」 
 ボソッと呟いた嵯峨。その場にいた誰もが嵯峨の顔を見る。つまらない事を言ったなあ、と言う表情を作る嵯峨。他人の振りをする明石。そして、また直立不動の姿でかかとを鳴らして敬礼したカウラに全員の視線が集中した。
「サラ!サラ=グリファン少尉!」 
「ハイ!大尉殿!」 
 その場にいた誰もがカウラに絡まれることが決定したサラに哀れみの視線を投げた。特に島田は彼女を助けに行けない自分の非才を嘆いているような顔をした。
「愛ろはなんなろれす?サラ。おしえれもらうしら、ないろれす?」 
 もはや何を言っているか分からないが、サラは危険を感じて逃げようとした。
「カウラさん休みましょう!さあこっちに来て」 
 誠はサラに絡もうとするカウラを両腕で抱え込んだ。
「もっろするのら!もっろするのら!」 
 次第にアルコールのめぐりが良くなったようで、間接をしならせながらカウラが叫ぶ。
「ちょっと神前。もう駄目そうだから部屋まで送ってあげなさいよ」 
 見かねて明華がそう言った。
「アタシが運ぼうか?それとももっと人呼ぶか?」 
「そうよね私も手伝うわ。それとそこのソン軍曹!ラビン伍長!」 
 要とアイシャが動き出す。技術部と警備部のカウラファンクラブ、通称『ヒンヌー教』の信者二人が救援に駆けつける。
「あんた等!出なくていいの!神前少尉!あなたが送りなさい」 
 技術部の守護神、明華の一喝に静まる一同。
「そうらのな!タレ目おっぱいとふりょひはひっこんれるのな!誠!いくろな!」 
 そう言うと壊れたように笑い始めるカウラ。
 誠は彼女を背負って、そのまま宴会場であるハンガーを後にした。誰も居ない通路を出てエレベータを待つ二人。
「大丈夫ですか?カウラさん」 
「ああ、大丈夫だ」 
 カウラがうって変わった静かな口調に驚かされる誠。
「半年前はアイシャがあのような醜態をさらす事が多くてな。それを真似ただけだ」 
「じゃあ酒は飲んでなかったのですか?」 
 あっけに取られて誠が叫んだ。
「飲んだ事は飲んだが、この程度で理性が飛ぶほど柔じゃない。来たぞ、エレベータ」 
 カウラを背負ったまま誠はエレベータに乗り込む。
「それじゃあ何であんな芝居を?」 
 そうたずねる誠だが、カウラは黙って答えようとはしなかった。
 二人だけの空間。時がゆっくりと流れる。僅かなカウラの胸のふくらみが誠の背中にも分かった。
「何でだろうな。私にも分からん。ただ要やアイシャを見るお前を見ていたらあんな芝居をしてみたくなった」 
 すねたような調子でカウラがそう言った。エレベータは居住区に到着する。
「しばらく休ませてくれ。やはり酔いが回ってきた」 
 やはりそれほど酒の強くない人造人間のカウラはエレベータの隣のソファーを指差して言った。
「そうですね、下ろしますよ」 
 誠はそう言うとカウラをソファーに座らせた。
 静かだった。この艦の運行はすべて吉田の構築したシステムで稼動している。作戦中で無ければすべての運行は人の手の介在無しで可能だ。誰一人いない廊下。機関員もハンガーで偽キリスト像を演じている槍田以外はすべてトレーニングルームで明華が与えた課題を正座してやっている所だろう。
「悪いな。私につき合わせてしまって。これで好きなのを飲んでくれ」 
 カウラはそう言うと誠にカードを渡す。
「カウラさんはスポーツ飲料か何かでいいですか?」 
「任せる」 
 そう言うと大きく肩で息をするカウラ。強がっていても、明らかに飲みすぎているのは誠でもわかった。休憩所のジュースの自販機にカードを入れた誠。
「怒らないんだな。嘘をついたのに」 
 スポーツ飲料のボタンを押し、缶を機械から取り出す誠を眺めながらカウラが言った。
「別に怒る理由も無いですから」 
 そう言うと誠は缶をカウラに手渡す。
「本当にそうなのか?お前のための宴会だ。それに西園寺やアイシャもお前がいないと寂しいだろう」 
 コーヒーの缶を取り出している誠に、カウラはそう言った。振り返ったその先の緑の瞳には、困ったような、悲しいような、感情と言うものにどう接したらいいのかわからないと言う気持ちが映っているように誠には見えた。
「カウラさんも放っておけないですから」 
「そうか、『放っておけない』か」 
 カウラは誠の言葉を繰り返すと静かに缶に口をつけた。カウラの肩が揺れる。アルコールは確実にまわっている。だが誠の前では毅然として見せようとしているのが感じられる。その姿が本当なのか、先程の自分で演技と言った壊れたカウラが本物なのか、誠は図りかねていた。
「やはり、どうも気分が良くない。誠、肩を貸してくれ」 
 飲み終わった缶を誠に手渡しながら、カウラは誠にそう言った。
「判りました、大丈夫ですか?」 
「大丈夫だ」 
 そうは言うもののかなり足元はおぼつかない。誠はカウラに肩を貸すとゆっくりと廊下をカウラの部屋に向かい歩く。
 静まり返った廊下。二人の他に人の気配はまるで無い。上級士官用の個室。そこに着くとカウラはキーを開けた。
「大丈夫ですか?」 
「すまない。ベッドまで連れて行ってくれ」 
 カウラは何時もは白く透き通る肌を赤く染めながら誠にそう頼んだ。やはりカウラの部屋は士官用だけあり誠のそれより一回り大きい。室内には飾りなどは無く、それゆえに見た目以上に広く感じた。
「とりあえずここでいい」 
 カウラはそう言うとベッドの上に腰掛けた。誠は事務用の椅子に座った。机の上には野球のボールが置かれている。そこには何本か指を当てる基準にするように線が引かれていた。
「これで練習しているんですか」 
 とりあえず切り出す話題が見つからない誠は、ボールを手に当てながらそう言った。
「アンダースローだとコントロールが命綱だからな。それに初めて2年だ。基礎体力には自信があるが技術的にはまだまだだ」 
「この握り。シンカーですね」 
 誠がボールを握って見せると、カウラは少しばかり寂しい笑顔を浮かべた。
「ライズボールとストレートとシュートじゃあ菱川重工豊川には勝負にならないからな。春は二回で八点取られてKOだ」 
 誠がボールの握りを確かめている様を見て、カウラは寂しそうに呟いた。
「あそこはそのまま春の都市対抗で決勝まで行ったんですよね。まあ東都電力に負けましたけど」 
「保安隊は予選は同じブロックだからな。三回戦くらいに当たるようになっている」 
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直