遼州戦記 保安隊日乗
「酷いよねえ。神前君って三人の心をもてあそんで」
「そう言うなよ。戻ったら菰田さんにつけ狙われるんだから。それまで楽しんでろよ」
「新入りの分際で!」
周りのブリッジクルーの女性陣、技術部の男性部員からブーイングが起きる。
「黙れー!」
瞬間湯沸かし器、要が大声で怒鳴りつける。
「じゃあ、行くとするか。西園寺、アイシャ。ついて来い。大丈夫か誠。一人で立てるか?」
誠はすさまじく居辛い雰囲気と、明らかに批判的なギャラリーの視線に耐えながらエレベータに乗り込む。
「それにしても初出撃でエースってすごいわよねえ。これじゃあさっきのニュースも当然よね」
「何があった?」
相変わらず機嫌の悪い要がアイシャに問いただす。
「同盟会議なんだけど。そこで先生みたいな法術師の軍の前線任務からの引き上げが決まったのよ。アメリカ、中国、ロシアはこれに同調する動きを見せているわ。まああんなの見せられたらさもありなんというところかしら」
「その三国は既にこの状況を予想していた。言って見れば当事者みたいなものだからなその動きは当然だ。しかし他の国が黙っていないだろうな」
カウラはヨハンの話を聞きある程度予想したその政治的な結末を淡々と受け入れた。
「一番頭にきてるのはアラブ連盟ね。西モスリムが同盟会議の声明文に連名で名を連ねているものだから、クライアントとしては騙されたとでも言うつもりでしょう。金は出したのに何でこんなおいしい情報をよこさなかったのか・・・ってね。それとフランスとドイツが黙殺を宣言したし、インド、ブラジル、南アフリカ、イスラエルもヨーロッパ諸国の動きに同調するみたいよ」
「まるで核兵器開発時の地球のパワーゲームみたいだな。もっとも今度のは下手な核兵器よりも製造が簡単で、持ち運ぶも何も足が生えてて勝手に歩き回るからな」
アイシャの解説を聞いて、要はようやく冷静に現状分析を始めた。難しい顔の要。同じく複雑な表情のカウラ。
「でも……こいつがか?」
そう言うと要はまじまじと誠の顔を眺める。
『先輩達はエロいって言うけど、要さんのタレ目もかわいいものだな』
不謹慎にも誠はそう思う。さらにマリアと並ぶ胸のボリュームに自然と視線が流れる。
「アタシもさあ。実際、間近で見てて凄いなあと驚いたんだけど。こうしてみるとただの草野球マニアのオタクじゃん」
「オタクなのは先生の趣味を知ってるからでしょ?」
「まあそうなんだけど。こいつが叔父貴と同類?信じられねえよなあ」
要はさらにじろじろと誠の全身を観察し始める。
「西園寺!イヤラシイ目で誠を見るな!」
「誰がイヤラシイ目で見てるって?お前がそう見てるからアタシも同じ目で見てると妄想するんだろ?」
苛立つカウラ、かわす要。
「ついたわよ!」
ハンガーへ続く廊下が見える。宴会場の設営に動き回る各部隊員。
「ヒーローが来たぞ!」
椅子を並べる指示を出していたキムの一言に、会場であるハンガーが一斉にわく。ハンガーのクレーンにはいつものように機関長槍田大尉がしっかりと吊るされている。
「ええタイミングじゃった。飲み会か?ワシも西園寺の親父さんから土産もろうてきたけ。西園寺!ラム一ケースあるがどうする?」
「タコ!アタシのは誰にもやらん!まあ誠にならあげても良いかも知れねえがな」
「来たわね!神前少尉はそこに座って!」
上座らしく明華、リアナ、吉田、マリアが腰掛けているテーブルに引かれていく誠。
「アタシ等はどうするんだよ!」
「要ちゃんたちは隣に座れば良いじゃない。シャムちゃん!シャムちゃんも隣ね!」
「お姉さんありがと!」
いつものように猫耳をつけたシャムは隣の鍋を占拠する。
「お前遠慮しろよ。今回はメインは神前なんだからな!」
要がその驚異的食欲の持ち主シャムを牽制する。だが全員がそれが無駄だろうと分かっていた。
「肉が来たぞ!誰か手伝えよ!」
炊事班が手に肉と野菜を持ちながら、嵯峨を先頭に現れた。
「技術部員!全員食材及び酒類の配置にかかれ!」
明華の一言で、つなぎ姿の整備員が一斉に動きだす。
「吉田!ここは多めの奴くれよ!」
箸で小皿を叩いて待っているシャムを横目に要は叫んでいた。
「沸騰したら入れろ!」
要はさっそく肉のほとんどを土鍋の中に放り込む。
「だしは良いのか?」
不安そうに尋ねるカウラ。
「そう言えば、昆布は?」
シャムは明らかに自分の行動を後悔している顔の要に尋ねる。
「いざとなったらあそこからもらえば?」
アイシャが指差した先では昆布をぐつぐつ土鍋で煮込んでいる嵯峨と、横で酒に燗をしている明石がいた。
「正確な判断力に欠けて、感情に流される。要の悪いところよね」
こちらもだしをとっている明華は、淡々とにんじんを土鍋の底に並べ始める。
「うるせえ!腹に入れば同じだ!」
怒鳴る要。呆れるカウラ。そして早速、要の鍋を見限って他の鍋への襲撃を考え始めたアイシャ。ぜんぜん分かっていないシャム。
「まあ良いじゃないですか。ビール回ってますか」
誠がなだめるように顔を出したので少しばかり怒りを沈めた要が缶ビールを受け取る。
「私ももらおうか?」
カウラのその言葉。周りの空気が凍りついた。
「おい、大丈夫なのか?」
さすがの要も尋ねる。
「何があったんです?」
コップを配りにきた島田が変な空気を読めずにそう尋ねる。
「カウラちゃんがね、ビール飲むって」
「まさかー。そんなわけないじゃないですか!ねえ。いつものウーロン茶運ばせますから」
「いや、ビールをもらおう」
カウラのその言葉に島田の動きも止まった。
「大丈夫か?オマエ。なんか悪いものでも喰ったのか?それとも……」
睨む先、要の視線の先には誠がいた。
「僕は何もしてないですよ!」
「だろうな。テメエにそんな度胸は無いだろうし」
「まあ飲めるんじゃないの?基礎代謝とかは私達はほぼ同じスペックで製造されているから」
乾杯の音頭も聞かずに飲み始めているアイシャがそう言う。
「アイシャちゃん!ちゃんと待たなきゃだめよ。隊長!乾杯の音頭、お願いします。って隊長と明石さん!何してるんですか!」
リアナのその声に周りのものが嵯峨のテーブルを見ると。既に二人は熱燗を手酌でやっていた。
「すまん。明華頼むわ」
やる気がなさそうに嵯峨は明華に丸投げした。
「じゃあ失礼して」
明華が回りに普通の声で挨拶する。
「総員注目!」
大声で島田が叫ぶと、土鍋を前にしてじゃれ付いていた隊員達が明華に向き直る。
「保安隊隊員諸君!今回の作戦の終了を成功として迎える事ができたのは、貴君等の奮闘努力の賜物であると感じ入っている!決して安易とは言えない状況下にあって、常に最善を尽くした諸君等の働きは特筆に価するものである!私は諸君等の奮闘に敬意を、そして驚愕の念を禁じえない!」
「いつもの事ながら上手いねえ」
はきはきとした口調で隊員に訓示する明華を眺める要。
「西園寺さん。普通これは隊長の台詞じゃないんですか?」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直