遼州戦記 保安隊日乗
「僕とカウラさんはなにを?」
残された誠とカウラはベッドに腰掛けながら待っていた。
「ああ、あんた等は主賓でしょ?ただ待ってりゃいいのよ。マリアとリアナは飲み物の手配お願い。それと隊長!」
急に呼ばれてビクンと立ち上がった嵯峨。禁煙の医務室にもかかわらず、その手からタバコが一本落ちる。明華はそのタバコを踏み潰した。悲しそうにそれを見送る嵯峨。
「隊長には私品の酒類の供出を求めたいのですが」
不気味な笑みを浮かべる明華。おずおずと頷く嵯峨。
「じゃあ神前君、カウラ。行くわよ」
そう言いながら、明華の口元には笑みがあった。
「うるせえなあ、うちの小姑は」
嵯峨がぼそりと呟くが、明華が一睨みすると、肩をすぼめて自室へと向かった。
「隊長でも許大佐にはかなわないんですね」
残された誠はカウラに向かって微笑みかける。
「そうだな。技術部の面々には逆らわない方がいいぞ。アサルト・モジュール乗りなら当然のことだろ?まあ愛機と一緒に慣らし運転の途中でスクラップにされたいなら別だが」
カウラはそう言って笑いかけた。こんな素敵な笑顔も出来るんだ。誠はその笑みに答えるようにして立ち上がる。
「病人でも無い者が医務室に居るのは感心しないよ。さっさと出てきな!」
そんな光景を目の当たりにして居心地の悪さを感じたのか、ドムは苦々しげにそう言った。
「それではドクター失礼します」
「おうおう!出てけ、出てけ!」
二人は医務室を出て食堂へつながる廊下を歩く。技術部員がコンロやテーブルを持って走る。警備部員がビールや焼酎を台車に乗せて行きかう。
「何でこんな用意が良いんですか?」
次々と出てくる宴会用品に呆れながら誠がカウラに尋ねた。
「いいんじゃないのか?たまに楽しむのも」
カウラは笑顔を保ったままで、脇をすり抜ける技術部員の不思議そうな視線を見送っていた。
「そう言えば機関班の人は見ないのですが、何ででしょう」
「ああ、あいつ等か?以前、許大佐の逆鱗に触れてな。今でも大佐の前での飲酒は禁止されている。さらに班長の槍田大尉はこういう時は逆さ磔にされる決まりになってる」
「はあ、そうなんですか」
今日は理性を保って脱ぐのはやめよう。そう心に深く誓う誠。
「土鍋、あるだけ持ってこい!そこ!しゃべってる暇あったらテーブル運ぶの手伝え!」
エレベータの所では島田が部下達を指揮していた。
「島田先輩!」
「おう、ちょっと待てよ。とりあえず設営やってるところだから。そこの自販機でジュースでも買ってろ!俺は奢らないがな!」
そう言ってまた作業に戻る島田。
「そうだな、誠。少し休んでいくか?」
カウラが自分の名前の方を呼んでくれた。少しばかりその言葉が頭の中を回転する。
「どうした?」
不思議そうに見つめるカウラ。
「そうですね。ははは、とりあえず座りましょう」
そう言うと頭をかきながら誠はソファーに腰掛けた。
「何を飲む?コーラで良いか?」
「炭酸苦手なんで、コーヒー。出来ればブラックで」
カウラは自分のカードを取り出すとコーヒーを選んだ。ガタガタと音を立てて落ちるコーヒー。
「熱いぞ、気をつけろ」
そう言うとカウラは缶コーヒーを誠に手渡した。
「どうだ?ここの居心地は」
野菜ジュースを取り出し口から出しながらカウラがそう尋ねた。彼女が言うここ。編成されてまだ二年と言う司法実力部隊。彼女も東和軍に所属していた経歴がある以上、同じように嵯峨の強烈な個性に染まった保安隊に戸惑ったこともあるのだろう。
「いつもこんな感じですか?」
誠は隣に座ったカウラの緑の髪を見ながら缶コーヒーを啜る。
「甲二種出動は、部隊創設以来二回目だ。ほとんどは東都警察の特殊部隊の増援、同盟加盟国の会議時の警備の応援、災害時の治安出動などが多いな。もっとも、最近は東都警察の縄張り意識が強くなってきて、あちらの人手が足りないと言うことでネズミ捕りの応援や路駐の摘発なんてことしかしないこともある」
そう言いながら野菜ジュースのふたを開けるカウラ。エレベータはひっきりなしに食堂とハンガーの間を往復し続ける。
「何してんだ?お前って……カウラ!」
コンロを抱えた要に見つかった二人。誠は思わず要から目をそらした。
「カウラ……テメエ、また何か企んでるな?」
「私が何を企んでいると言うんだ?」
「だってそうじゃないか。人がこうして汗を流して宴会の準備をしているのに……」
「それは許大佐の指示だろ?」
「う……」
腐っても軍と同等の指揮命令系統である。上官の名前を出されたら逆らえるはずも無い。
「それにまだ誠の体調は本調子ではない、小隊長として彼を見守る義務がある」
筋が通っているものの何故か納得できない、そんな表情を浮かべる要。
「それとも何か?代わってもらいたいとでも言うのか?理由によっては聞いてやらんこともないぞ?」
カウラの一言。要の顔が急に赤くなる。
「馬鹿野郎!何でアタシがそんなことしなきゃならねえんだ!」
「そうか。じゃあ消えろ」
淡々と要をあしらうカウラに、要はさらに切れそうになる。
「西園寺さん!後ろがつかえてるんですけど」
誠が出撃時に対応した幼い顔の二等兵、西高志(にしたかし)がいつ切れてもおかしくないとでも言うような表情の要に声をかける。
「うるせえ!ジャリ!これ持ってハンガー行け!」
既に椅子を持っている上に要からコンロを持たされてよろける西。隣の兵長が気を利かせてコンロを受け取ってエレベータに乗り込む。
「おい、カウラ!前からオメエのことが気に入らなかったんだけどな。今回のことで分かったよ。アタシはテメエのことが気にくわねえ!」
「ほう。同感だな。私も西園寺の態度が非常に劣悪であると言う認識を持っているわけだが」
「面白れえじゃねえか!勝負はなんにする?飲み比べじゃあアタシが勝つのは決まってるから止めといてやるよ」
「そういう風にすぐ熱くなって喧嘩を売る隊員は私の小隊には不要だ。ちょうどまもなく胡州の領域を通過する。そのまま実家に帰っておとなしくしてろ」
「何だと!」
いつでも殴りかかれると言う状態で叫び続ける要、それを受け流しつつ明らかに反撃の機会を覗うカウラ。誠は自分が原因である以上どうにかすべきだと思ってはいたが、ニヤつきながら遠巻きに見ている技術部員とブリッジクルーの生暖かい視線を感じながら黙り込んでいた。
「はいはーい!どいてくださいよ!先生。お席のほうが出来ましたのでご案内します!」
そこにいつの間にか現れて、誠をさらっていこうとするのはアイシャだった。
「おい!いつの間にわいたんだ!」
「卑怯者!誠の担当は私だ!」
要とカウラが飄然と現れたアイシャに噛み付く。
「だって二人ともこれから決闘するんでしょ?じゃあ先生はお邪魔じゃない。だからこうして迎えに来てあげたってわけ」
『そんな理屈が通用するか!』
二人は大声でエレベータに向かおうとするアイシャを怒鳴りつける。
「クラウゼ大尉!三人で連れてってやったらどうです?」
「西園寺さん!良いじゃないですか!」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直