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遼州戦記 保安隊日乗

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「安心しろ。法術の本格使用は初めてなんだ。ただ寝てるだけだ」 
 サラミソーセージを咥えたヨハンの巨大な顔がモニターに映る。
「なら安心ね。私が救援に向かいましょうか?」 
 アイシャは淡々とそう言った。
「オメエは来るな。カウラ!手を貸せ」 
 それだけ言うと、要は漂っている誠機にカウラと共に寄り添う。 
「それよりカウラちゃん。海って何の話?」 
 あっけらかんとたずねるアイシャ。急に顔を赤らめ俯くカウラ。 
「海だ?カウラ!いつそんな約束したんだ!」 
 噛み付く要。さらに『那珂』の制御室からのシャムの映像が届いた。 
「カウラちゃん!海行くの?ずっこいなー」 
「誠の奴も命知らずだねえ。本当に菰田のアホに殺されんぞ」 
 整備班控え室からの通信に島田の声が響く。
「妬いてるの?要ちゃん?」 
 妙に余裕のある態度のアイシャ。その猫なで声が肩を震わせながら怒りを抑えている要と言う火に油を注いだ。
「うるせえ!誰がこんな役立たず!」 
「助けてもらってそれはないんじゃない?それに今回の出動で彼もエースよ。しかもはじめての実戦でこの戦果は役立たずとは言えないんじゃないの?」 
 当然のことを言っているに過ぎないのだが、要には無性に腹が立つ言葉に聞こえた。大きく深呼吸を三回ほどして落ち着くと、とりあえずアイシャの言葉は無視することに決めた。
「去年も行ったとこ行こうよ!」 
 能天気なシャムが口を開く。
「良いですねえ。吉田少佐はどうします?」 
 不必要に軽い調子で島田が吉田に尋ねた。
「俺は、絶・対・行かない!」 
「またルアー代わりに簀巻きにして海を引き回されると思ってるんですか?」 
 パーラが突っ込む。
「島田とシャムと西園寺が行かないってのなら考えてやっても良いが?」 
 ようやくシステムの完全制圧が終わり吉田の顔が画面に映った。
「ひどいよ!俊平!一緒に行ってくれなきゃ嫌だよ!」 
 シャムが慌てて叫ぶ。
「誰がなんと言おうと行かないからな!それとシャムのスクール水着と一緒に歩くのは俺のプライドが許さん」 
「言うねえ。まあ安心しな、今回の件の事後処理で夏一杯は吉田には休暇の許可は出すつもりねえから」 
 部下達のじゃれ合うさまを見ながら、嵯峨は満足げにタバコを取り出した。
「この船は禁煙のようですが」 
 そんな嵯峨の行動を制するマリアが居た。



 今日から僕は 29


「ここは?」 
 頭痛とめまいを感じながら、誠は眼前の痩せた眼鏡の医師、ドム・ヘン・タン大尉の浅黒い顔を見た。
「起きましたよ、大佐。神前君、しばらくは安静にしている方がいいと思うんですが……」 
 ドム大尉。管理部医療班の班長兼軍医である彼が見上げた先には、嵯峨がついたての隙間から入り口の方を見ている姿があった。
『起きたって!』 
 つぶやくのはあわてた調子の要。
『騒ぐな西園寺。一応ここは病室だ』
 落ち着いた調子を装うのに必死なカウラの言葉が聞こえてくる。 
『そうだよ!静かにしないと!』 
 今度はシャムの声だが、無理をして声を小さくしているのでまるで風邪を引いているようにも聞こえる。
『それより海の話。アタシは今月から来月の頭まで艦長研修があるから、それが終わってからってことで』
 小さい声だがアイシャは明らかに誠にも話し声が聞こえるように話していた。 
『またコミケの売り子押し付けるつもりね』 
 サラの驚きながらも抑えた台詞。
『私は行かないわよ!』 
 呆れた調子のパーラ。
『俺も呼ばれるの?もしかして』
 今度はまるで声を小さくするつもりはないというような島田の声が響く。嵯峨はそんな様子を注意するわけでもなく、とりあえず誠に向き直る。 
「まあ、初めてってのは何でも大変なものだ。ドクター。なんか問題点とかありました?」 
 外の騒動に笑顔を浮かべながら嵯峨は小柄なドムに声をかけた。
「特にないですね。多少の緊張状態から来る神経衰弱が見られる他は健康そのものですな。出来ればヨハンにも見習わせたいくらいですね。特に中性脂肪の数値とか」 
 朗らかにドムはそう言うと席を立った。所帯持ちと言うこともあり、シンと並んで落ち着いた雰囲気の小柄な医師はそう言って苦笑いを浮かべた。
「それと、やはりもう自室に戻るべきかもしれないね。あの連中がなだれ込んでくる前に」 
 そうドムが言ったとたんに病室のドアが開いた。
「なんだ、元気そうじゃないか」 
 ドムと入れ替わりに入ってくる要達。皆笑顔で上体を起こした格好の誠を見つめた。
「とりあえず差し入れ」 
 と言うと要が飲みかけのラム酒のビンを突き出してくる。 
「間接キッス狙いね!」 
「馬鹿野郎!んな訳ねえだろ!たまたま他にやるもんがねえからだな!その……なんだ……」
 おずおずと下を向く要。してやったりのシャム。
「馬鹿は良いとして、本当に大丈夫か?」 
 要とカウラがそう言うと誠の背に手を当てて、起き上がろうとする誠を支える。バランスが少し崩れて、誠の顔とカウラの顔が数センチの距離で止まる。カウラのシャワーの後の石鹸の残り香が誠には心地よく感じられた。
 しかし、すぐさまアイシャのニヤついた顔を見つけた誠は、それをごまかすようにカウラの手を借りてベッドから降りた。
「行きは時間がかかったのに帰りは亜空間転移かよ。まったく同盟法はどうなってるのかねえ」 
 二人のやり取りより、放心でもしているかのような雰囲気で彼らを見つめている嵯峨を気にしながら要はあてこするように言った。それと同時に凛とした声が医務室に響いた。
「主賓が来なくちゃ始まらないじゃないの!」 
 誠のいる医務室には来客が多い。今度は明華、リアナ、マリアの登場である。
「明華ちゃん。もうちょっと小さな声で!」 
 リアナに指摘され、入り口に門番のように立っているドムに白い目で見られて照れるように頭に手をやる明華。
「神経衰弱とは、少したるんでいるんじゃないのか?」 
 青いベレーに金の髪が映えるマリアが笑顔でそう突っ込む。
「そうか。じゃあ室内戦闘用訓練のカリキュラムでも作ってくれるのか?」 
 嵯峨もさすがにこの時ばかりはニヤつきながらマリアに仕事を押し付ける。そんな嵯峨の冗談は鋭いマリアの視線で黙殺された。
「ドクター!それじゃあ先行ってるんで!今回の主役はお前らだ!なんとシャムが先月取って来た猪肉が200kgもある!」 
 叫ぶ嵯峨。驚嘆する一同。腰に手を当て無い胸を張るシャムの頭には猫耳が踊っている。
「牡丹鍋だ!」 
 島田が叫んだ。 
「豆腐あるの?豆腐」 
「アイシャ。オメエ、頭も腐ってりゃ、好きなものまで腐ってるんだな」 
「なによ!豆腐は感じは腐ると書いても腐っているわけじゃ・・・」 
「クラウゼ大尉!西園寺中尉!」 
『ハイ!大佐殿』 
 明華の声にわざとらしく大げさに敬礼する二人。
「以上二名はガスコンロ等の物資をハンガーに運搬する指揮を執ること!ナンバルゲニア中尉!ラビロフ中尉!グリファン少尉!島田曹長!」 
『ハイ!』 
「以上は会場の設営の指揮を担当!以上!かかれ!」 
『了解!』 
 全員が小走りで医務室を飛び出していく。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直