遼州戦記 保安隊日乗
「わかったよ!隊長さん。ちゃんと指揮頼むぜ」
要は口元を緩めながら目的地点へと機体を向ける。
「敵戦力出撃!数22!作戦地点に向け速度200にて進行中!」
サラからの伝言。カウラは表情を曇らせる。
「火龍22機か。アタシ一人でで潰せると思うが、ボス。どう読む?」
「西園寺。保安隊の出撃規約も見ていないようだな。現出動政令では敵の発砲がない限りこちらから仕掛けることはできない。防衛予定地点の制圧を最優先として展開」
「はいはい分かりましたよ!距離1200……ってなんだか観測無人機が山ほどあるぞ。どうする?」
要のその声にカウラは少し悩んだ。
「観測機は外で待ってる諸外国の艦隊のものだ。無視しろ」
「ギャラリーは大切にしろってことか。分かった。とりあえず制圧を最優先に進行する!」
要はそう言うと、ようやく後ろにへばりつこうとしていた誠の機体を振り切って加速をかけた。
「敵機確認!なんだ?幼稚園の遠足か?隊長さんよ、今なら食おうと思えば全部食えるぜ」
要が不敵に笑う。
「何度も同じこと言わせるな!速やかに目標宙域を占拠!敵の動きの観測は続けろ!」
冷静に、冷静に。誠はそればかり考えていた。左腰部に結構な質量のサーベルを吊り下げているというのに、バランスも崩さず進む誠の機体。
「敵艦からさらに14機発進!」
サラからの通達。誠は自然と手に汗をかいていた。
「あと二十秒で目標宙域!ここまで撃ってこないってことは見えてねえのか?」
「火龍のセンサー類は一世代前の物だ。こちらは最新のステルス機。そう簡単に見つかるようでは開発した菱川の技術部も泣くだろ?」
「言えてるな。おい新入り!初めての出撃の感想はどうだ?」
要もカウラも軽口を続ける。誠は話そうとするが、口の中が乾いて声が出ない。
「そう緊張することねえだろ?それに今のうちだぜ、死んだらしゃべれなくなるからな!」
サイボーグ用の口元だけが見えるヘルメットの下でニヤついている要。
『まあこんなもんさ、初陣なんざ。落ち着いてカウラのご機嫌とってるうちに終わってるよ』
思念通話で慰める要だが、誠はまだ手の先の感覚が無くなっていくように感じていた。
「目標地点確保!これ以上の増援は無い模様!」
要がすばやく機を回転させ、向かってくる敵部隊に照準をあわせる。
「3番機、作戦宙域到着!指示を!」
「中央の艦船の残骸の陰に回れ、西園寺!敵との距離は!」
「距離二千!速度変わらず!」
『おい!新入り。度胸試しやるか』
カウラに報告しながら要の考えが、誠の頭に流れ込んだ。
『度胸試しって……』
『胡州軍の伝統で火龍の250mm磁力砲は銃身が暖まらないと照準がずれるようになってる。あのフォーメーションの組み方はど素人が乗ってる証拠だ。馬鹿正直にオートでロックオンしておお外れやるのは間違いない。そこでだ。』
『僕に突っ込めってことですか?』
要はヘルメットの下に笑みを作った。
『別にこりゃ命令じゃないし、お前の根性次第ってところで』
『分かりました!行きますよ!』
「三番機!吶喊(とっかん)します!」
そう叫ぶと誠はサーベルを抜いて敵中へと機体を進ませた。
「西園寺!煽ったな!」
「アタシも出るぜ!新米に死なれちゃあ気分悪いしな!」
デブリから出て誠機の後に続く要。また渋々その後に続くカウラ。
「撃ってきました!」
誠が叫ぶ。
「下がれ!新入り!」
逆噴射で飛びのく誠機の手前まで要が突撃を行う。
「自殺志願者め!地獄の片道切符だ!受け取んな!」
要はそう叫ぶとチェーンガンを発砲した。円形に並べられた九本の銃身が回転し、厚い弾幕を形成する。その高初速の弾丸は4機の火龍の装甲をダンボール同然に貫き、爆散させる。
「たった四機か」
「西園寺!発砲許可は出していないぞ!弾幕でセンサーが利かない!各機現状で待機!」
「馬鹿!止まったら食われるぞ!」
「馬鹿は貴様だ!センサー感度最大!やられた!6機が迂回して目標地点に向かっている!」
「僕がやります!」
暴走する要を押さえきれないカウラを見て、誠は急加速して目標地点到達を目指す敵機を追う。
「死ぬんじゃねえぞ!ってこっちも手一杯か!」
「誰のせいだ!」
「誰のせいとか言ってる場合か?とりあえずこいつは用済みだな!」
要はそう言うとチェーンガンを捨てて、背中に装着されたライフルを構える。
「敵は、6機。編隊がちゃんとできてる!」
誠は追っている敵機を観察した。
「神前少尉!貴様が追っているのが敵の本命だ!やれるか?」
「カウラ!テメエが援護しろ!ここはアタシが支える!」
その言葉にカウラは誠機を追って進んだ。
『接近しないと!接近しないと!』
誠はひたすらに敵編隊に直進する。すると三機が方向を変え、誠機に向き直った。
「干渉空間形成!」
そう叫ぶと同時に敵が磁力砲を連射し始めた。誠機の前に銀色の切削空間が形成され、火龍のリニアレールガンの徹甲弾はすべてがその中に吸い込まれる。
「行ける!」
誠はそう言うと再び敵機を追い始めた。
「神前少尉!ここから狙撃する。照準補助頼む!」
カウラはそう言うと主火器、ロングレンジ重力派砲を構える。
「分かりました!足はこっちの方が速いですから!」
そう言うと誠はさらに機体を急加速させる。
『間に合え!間に合え!』
火力重視の設計の火龍との距離は次第に詰まる。自動送信機能により敵機のデータは瞬時にカウラ機の下に届いた。
「右から落とす!」
カウラはそう言うと発砲した。最右翼の敵機の腰部に着弾。瞬時にエンジンが爆発し、その隣の機も巻き込まれる。
「次!」
カウラは今度は左翼の機体に照準をあわせる。
「追いつきます!」
「馬鹿!やれるものか!」
「やって見せます!」
距離を詰め、サーベルの範囲に敵機を捕らえた誠は火龍の胴体に思い切りそれを突きたてた。白く光を放つサーベルは、まっすぐに敵機の胸部を貫き、さらに頭部を切り裂いた。
『うわー!!』
一瞬だが、誠の脳内に敵兵の断末魔の声が響いた。
誠の体が硬直した。
死に行く敵兵の恐怖。それが誠の頭の中をかき回していく。
『止まるな!死ぬぞ!』
カウラのその思念通話が無ければ、誠の方が最期を迎えていたかもしれない。先頭を行っていた三機編隊の一機が引き返して誠機に有線誘導型ミサイルを発射した。
『干渉空間展開!』
ミサイルは誠の手前に展開された、銀色の空間に飲まれた。
「ぼさっとするな!後、三機だ!」
カウラの怒号がヘルメットにこだまする。
「了解!」
自らを奮い立てるために大声で叫ぶ誠。急加速をかける誠機に、慌てふためく敵。
『左の機体を叩く!残りは頼んだぞ!』
思念通話を閉じたカウラがライフルを構える。
「一気に潰す!」
誠は自分に言い聞かせるようにして、真ん中に立つ背を向けた敵機に襲い掛かった。
『さっきの感覚。死んでいく敵兵の意識が逆流した?』
誠は肩で息をしながらそう考えた。すべての敵の放ったミサイルが干渉空間に接触して爆発を始める。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直